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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第二章 五、二日月の夜(一)


     **


 ――その日の夜。


 古代種の少女は、疲労で眠りについたままだった。帰り着いてすぐに大公に抱えられ、自室のベッドに運ばれてから微動だにしていない。その側にはアメリアが椅子に座り、じっと神経を張り巡らせていた。大公の指示で、武装して寝ずの番をしている。彼女は暗殺術を仕込まれた経歴があるので、最も適しているからだった。もちろん、部屋の外には十人からなる護衛騎士が、いつでも突入出来るように、そして、誰も通さないように待機している。


 月明かりは頼りにならない程度で、薄い二日月(ふつかづき)は闇の中に閉じてしまう寸前のようだった。雲が多く、星はほとんど見えない。それは、暗殺を実行するには絶好の時で、夜目の利く者にはとても都合が良い。新月では明りが必要でメリットが無く、こうした曇り空の薄い月の頃が良いのだった。



 それを警戒して、彼はこれ以上無い程の警備を()いていた。

「抜かりはないな?」

「はっ」



 大公の声に、側近の騎士達が静かに頷いた。屋敷の一階フロアは、簡易的な指揮所になっていたが明りは点けていない。目を慣らしておかなくては、不利になるからだった。侍女達にはアメリアを除いて全員自室に待機させ、一歩たりとも出ないように伝えてある。



 配置した兵は三百余り。本来、騎士を屋敷に三百も置く事などしない。だが今夜は違った。

「おそらく、本当の仕掛けはこれからだ。絶対に油断するな。どんな犠牲を払ってでも、エラを守り抜け。良いな」



 大公は、エラ達が森林街道で襲撃を受けたと報告を受けて、すぐに動いていた。よもや、道中で襲われる可能性は二割もあるまい、と考えていたが、悪い予想が現実のものとなると、今夜必ずまた来ると読み、屋敷には普段の五倍を配置した。



 深夜を過ぎ、街そのものが寝静まる頃。何事もなくとも、不穏な様子であるように感じる時間帯。見通しの悪い街中では、たとえ屋敷の屋上からでも、せいぜい敷地の仕切り壁が見える程度だった。薄暗い二日月の夜では尚更、見通しは期待しない方が良い。



「まだ……来ませんね」

 明りの無い一階フロアで、側近の一人が小さく呟いた。

「ワシが暗殺に動くなら、夜明け前だな」



 夜更けまでは、誰もが警戒し続けられる。だが、交代無しで夜通しの警戒となると、夜明け前は緊張と疲労が相まって、限界が来る者も出る。その隙を狙うというものだ。

 だが、大公の屋敷を守るという要職に就いている騎士は、その程度の体力の者はいない。それも、連日襲われても良いように、この数を少なくとも三度、ローテーション出来るだけの兵力を持っている。四度目まであるとしても、初日の者達は回復しきっている。



「相手が見えぬというのが、ちとやりにくいな。上手く痕跡を消しておる」

 エラ達を襲撃した者達は、一見すると貴族派の手の者だった。しかし、そうと分かる連中を使うメリットが無い。後で、お前達がやったのだと証拠と共に責めれば、家ごと潰せるのだ。それを分かって公爵家にケンカを売る馬鹿は、さすがに居ないだろうと大公は考えていた。



「他国の報告は、相違ないのだな?」

 諜報活動にも余念がない彼は、近隣国の情報は全て揃えている。今の所、戦争を仕掛けるような準備は、どの国にも無いという報告だった。



「はい。定期的に監視も送っていますが、諜報員の様子も特に問題ありません」

「ふむ……ならば今ではないが、この先の布石という事か」

 今はまだ健在の厳冬将軍も、いずれは寿命で死ぬ。しかし、その後継を育てているとなれば、芽が出る前に消しておきたいのだろう。彼はそう読んでいた。



 ならば、敵は国内よりは国外の可能性が高い。国内の貴族派であれば、別に殺さずともメンツを潰す方法から取るだろう。威厳の無い後継者ならば、無視して置けば済むのだから。

 だが、この国を取りたい他国ならばどうだ。厳冬将軍の後継というのは、その名だけでも面倒だ。将軍が死ぬまで、後継になる者を殺してしまえば……最大の脅威は、そのシンボルは近いうちに無くなる。そこから戦争を仕掛ければ良い。



「寿命だけは、どうにもならんからなぁ」

 そう遠くない未来を、彼は少し憂いた。

 死ぬ覚悟などとうの昔にしているが、エラの……大切な娘の笑顔を、もっと見ていたいと思っていた。後継にならずとも、娘には幸せになってほしい。そればかりが気掛かりだった。



 ――感傷に浸りかけたが、彼は何かに感付いた。


「さて、そろそろか」

 秋になれば、時間によって顕著な変化がある。日が昇るその少し前に、一層気温が下がるのだ。肌で感じる空気に、少し冷たい温度の中に隠した殺気を、大公は感じ取っていた。



「来るぞ。これは驚いたな。ただの暗殺ではない! 襲撃だ!」

 一階フロアは、大公の(げき)によって全員の目の色が変わった。すかさず伝令が笛を鳴らす。『突撃に備えよ』という、緊急の笛の音。ピィーというけたたましく鋭い音が鳴り響いた。



 屋敷の外の騎士達は、笛の音を聞いた瞬間に全員が抜剣した。弓隊はすでに数本の矢を手に、第一射を構えている。最前列の盾槍隊は、体よりも大きな分厚い木の板を地面に起こし、飛び道具の防御と突進の隙間を無くしている。屋上でも、同じように弓隊が全方位に気を配っていた。



「乱戦に紛れた暗殺者を見逃すなよ!」

 暗闇に近い状態での乱戦では、それを見つけるのは非常に難しい。屋敷に近付けないようにしなければ危ういだろう。



『敵襲! 正面!』

 その知らせに続き、屋敷の正面だけでなく、時計周りに右側面、後方、左側面のそれぞれが、敵襲を告げた。


 屋敷を中心に広がる庭は、五十メートル幅はある。その先に敷地を分ける外壁があるが、防壁のように使えるほどの厚みや頑強さはない。それをよじ登り、敵がわらわらと走って来ているのだった。それを迎え撃つ。

 暗闇での戦闘では音が頼りになるため、騎士達は余計な声を上げない。雄叫びは自分が奮い立つためには良いが、見えにくい状況では邪魔になるからだ。音が目の代わりなのだ。



『弓隊、斉射!』

 屋上から、指揮を任されている者が号令をかけた。同時に、それを伝える鐘のカンカンという音が数回鳴った。詰まった距離で矢を射るため、前衛が下手に動くと誤射されるから動かず屈んでおけ。というお知らせだ。



 屋上と地面の両方、さらには窓からも射かけると、敵の半数以上が矢に倒れたように見えた。暗闇の中でよく当てた方だと言えるが、その実は同一横方向に少しずつ角度を変えて斉射しただけだった。何かに弾かれた気配もなく、敵は防具らしき物を着けていないようだった。残りの半数は、単純に矢が来なかったか、前に居た仲間が身代わりになっただけだった。避けようともせず、盾を前にかざしながら突進するわけでもなく、ただただ、武器を手に前へと猛進する。



 闇の中、人型の群れが勢いまかせに迫りくる不気味さに、普通ならたじろいだかもしれない。

 ――だが、大公の騎士達はそんなもので怯むはずもなく。事態は案外あっけなく終わりそうだった。



「なんだ、こいつらは」

 屋敷から出た大公は、あまりの無様な戦闘に呆れていた。


 闇に慣れた目で確認すると、姿こそ暗殺者の様相のように黒ずくめだが、剣や鈍器などの武器しか装備していない。忍び込む事を優先し過ぎたのか、革鎧を着ている者がせいぜい数える程度。あとは黒いだけの普通の布服なのだ。夜目の利く者も数人しか居ないのだろう。つまずいてコケている者、同士討ちをする者。とにかく酷い有様だった。



 それを、盾槍部隊が大盾で弾き、槍で突く。数任せにすり抜けた敵を、後ろの味方が刺す。こんな単純な繰り返しで、死体の山が積みあがっていく。断末魔か、雄叫びか、屋敷に近付いた敵達は、手に持つ武器で攻撃するよりも声を上げる事を優先しているように見えた。



「人を使い捨てとしか思っておらんのか」

 数は多く見えたが、それでも正面だけなら五十程度だろうか。屋敷の全方位で同じ数だとして、二百から二百五十で攻めて来たという感じだろう。



「お前達! 油断して命を落とすなよ!」

 相手が弱いと思った瞬間に、不測の一撃を貰って死ぬ事がある。そんな事は百も承知だったとしても、次々と敵を倒していると、油断と言う名の死神がそっと後ろに立つのだ。



 その死神を振り払うために、大公はげきを飛ばした。騎士達にとって、大公の指示ほど恐ろしいものはない。それに背いた行動をすれば後でどれだけキツイ鍛錬を課されるか分かったものではないからだ。伝令も、「油断大敵」の合図の、ブォーという低い音の笛を短く吹いた。



「将軍、さすがに少し変です」

 側近の一人が、大公の隣で観察していてそう言った。

「そうだな。さすがに数を使ってエラを狙うにしても、これでは近付けまい」

「狙いが他にあるのでは。こいつらの声の出し方も変です。意図的に注意を向けさせています」

「確かに、気になってはいる」



 大公は考えた。こちらの防衛に隙は無い。無いが、何かを見落としているような気がする。

 例えば。近付くための襲撃ではなく、本命の敵はこれ以前から屋敷のどこかに潜んでいたら――。



「――いかん! エラの部屋に急ぐぞ!」

 身を翻した姿も見えないほど、大公は疾風のように屋敷の中へと走り抜けていた。獰猛な虎ほど、するりとした動きで目では追いにくい。慌てて側近達も彼を追う。



「ワシとした事が……」

 敵の襲撃開始から、すでに十分は過ぎている。敵が声を出し始めてからでも、五分近い。



 エラの部屋の前には護衛騎士を十人待機させているが、それは部屋の外なのだ。敵に窓から侵入されていたら、アメリアがすぐに声を出したとしても、リビングを抜けて寝室に到達出来るまで六秒は掛かるだろう。本物の暗殺者が相手ならば、アメリアでは歯が立たない。エラであっても……敵が一人とは限らない。あの剣があるが、当たらなければ意味はないのだ。攻撃を回避された瞬間までは、防いではくれまい。



 階段を風のように駆け上がりながらも、大公の胸中は不安ばかりが膨らんでいた。

「……無事でいてくれよ。二人とも」



沢山の人に読んで頂けたら良いなと思いながら、読みやすいように工夫しているつもりで書いています。

いつも駄文なのに、お読み頂きありがとうございます。

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