第二章 四、期待以上(五)
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ミリアの――ノイシュ家のお茶会は、夏が終わって秋に差し掛かった頃に開催された。プールに入れないなら、わざわざ暑い夏場にするのも。という気遣いからだった。
ノイシュ家は、王都から南東にある河川と沿岸一帯を治める辺境伯だ。それなりの領土と軍事力を持つ。それも海戦を得意とする家で、昔は外洋から来る海賊や他国からの侵略を防いだ名家だ。海洋貿易も行う一大都市。それを治めているのがノイシュ家だ。
意外と近く、馬車でも少し早く走らせれば三時間程で着く。ただ、間に森林の一帯があり、そこだけが一種の難所になっている。王都からもノイシュ領からも程良く近いそこは、ともかく犯罪者が居座りやすい環境で盗賊団が住処にしている。討伐隊を出しても、上手く逃げられて殲滅出来ていない。仮にその時は殲滅出来ても、また色々な人間が流れてくる。終わらないのだ。
そんな所には行ってはならん。と言われるのかと思っていたが、意外と好感触で楽しんで来いとお義父様に言われた。という事は、行く頃には盗賊団を掃討するつもりなのだろう。だから王都から出る事を許可するのだ。ただ、それでもわたしの箱馬車は、四十騎の重騎兵を伴っての軍事作戦みたいな一団になるらしいが。彼らは、全身金属鎧なのは騎士だけではない。アドレー家の重騎兵と言えば、馬も全身に金属鎧を着けているのだ。見た目は馬の形をした鎧の置き物で、じっとしていると、まさかそれが動くとは思わない。その重量に耐えるため、重騎兵の馬はひと際大きい種類のようだ。
そんな仰々しい一大作戦となってしまったが、見ないフリ知らないフリをすれば、ミリア達に会える楽しい遠足だ。……だけど実際問題、それなりの部隊を伴わないと隣の都市にさえ安全に移動できないのは、この世界の荒廃ぶりを表している。ミリアが王都に来た時も、何かしら大げさな事になっていたのだろう。
ルシア夫人とルミーナは王都に住む貴族だから、今回はアドレー家が主導して護送する形になった。もちろん、各家からも護衛の騎士はそれぞれ随伴するようだから、割と大部隊になった。ただ、両家は通常の規模の十騎ずつを付けるのみで、四十騎もの重騎兵を付けるお義父様は、その親バカぶりを呆れられたようだ。しかし、この一大作戦の取りまとめの会議に、両家がアドレー家に訪れた際、わたしを見て妙に納得していたと噂好きの侍女達から聞いた。
そして、いざ当日。
待ちに待った日でもあるし、こんな大作戦になった事を憂う日でもある。とはいえ、これは世界の情勢が悪いのであって、平和なら何も気にする必要はなかったのだから。そう思って、気にしない事にした。そうとでも思わないと、事あるごとに引け目を感じてしまう。
ルシア夫人は、聞かされてはいたようだが実際の部隊を見て唖然としていて、ルミーナはあまり見ない物々しさに興奮した様子で楽しんでいた。
「あなたって、大公様に溺愛されているのね。あの日はケンカしたと言っていたけど、随分と仲良くなったのねぇ」
ルミーナは興奮冷めやらぬ状態で、同席したわたしの専用馬車の小窓を覗きながらそう言った。
「私も、重騎兵を見たのは初めてじゃないけど……アドレー家のは全く別物ね。あんなに大きな鎧の馬が動いているのって、恐ろしいわね。私が敵ならすぐに逃げ出すわ」
「そう! そうよね。それが味方だっていうのだから、こんなに心強いものはないわ!」
ルシア夫人の言葉にルミーナが答える。何にしても、満足して頂けたなら嬉しくはある。
「私は、毎回こうだと思うと、色んな人に迷惑かけちゃうって引け目がありますけどね……でも、そういうものだと思って楽しむ事にしました」
「そうよ! 楽しみなさい! お陰で今回の移動には、街の商人達も随伴して護衛料無しで移動出来る。って言って喜んでいるわ。街の人にも貢献しているのだから、胸を張りなさいな」
ルミーナにそう言われて、少し気持ちが楽になった。
「ありがとう。そう思うようにするね」
「そうよ。毎回こうすれば、街の人も安心なんだろうけどもね」
そうか、定期便などというものも無いのだ。ルミーナのこの言葉に、はっとした。国か領主が、無償でするにはコストが重いのだろうけども、何か工夫すれば出来そうではある。今度お義父様に相談してみようと思った。
そんな会話をしながら、お茶会よりも先に始まった女子会は道中止まる事なく……また外の様子を見ないままにミリアの家に着いてしまった。
「あぁ……見たかったのに、話に夢中になって忘れてた……」
落ち込むわたしを、ルシア夫人もルミーナもおなかを抱えて笑っていた。
「帰りは、ちゃんと窓を見るように教えてあげるわ。話に夢中になっていなければね」
ルシア夫人は、慰めなのかフラグなのか、そんな事を笑いながら言っていた。
四人集まったお茶会は、見事に盛り上がった。
ノイシュ家の庭は、アドレー家よりも遥かに大きかった。そんな印象だけで、綺麗だった花々も見事な庭園造りも、目にしたはずなのに三人の笑顔ばかりが記憶に残っている。結局は話に夢中で、楽しかったという事しか覚えていない。頂戴した剣のお披露目は、ルミーナがとても興味を示してくれた。突然の恋バナに、何もない自分に話が向いたのも、気恥ずかしいけれど盛り上がった。色々な話で、本当に瞬く間に時間が過ぎた。
秋は日が暮れるのも早く、森林を明るいうちに抜けたいという事だったので、お開きは本当に早いように感じた。ミリアが来てくれた時は、もしかして王都の宿か何かに一泊してから帰ったのだろうか。
帰路の中で思い出していたのは、ミリアが同い年で、成人の儀でもまた会える事と、もし泊まるのであればアドレー家に泊まれないか聞いてみる。という約束だった。
それと、成人の儀は王族派には辛い場だという話だ。王族派はミリアの家のように、辺境伯である事が多くて、成人パーティくらいの事では王都に来ないらしい。それが許される良好な関係があるという良い面と、パーティにはその分、貴族派ばかりだから絡まれやすいという悪い面が出るという事なのだ。王族派は少数しか参加しないから、この時とばかりに嫌がらせを受けるのだとか。それは特に、成人の儀の当事者が最も狙われると。つまり、ミリアとわたしが的になりに行く場だと脅されて、内心はすでに憂鬱だ。
「もうすぐ森林を抜けるかしら」
ルシア夫人が、そう言って小窓を覗こうとした時だった。
――ガタガタ、ガタン! という強い振動と共に、馬車が急に止まった。進行方向に向いて座っていたルシア夫人とルミーナが、わたしの方につんのめってしまった。正面の夫人は受け止めたけれど、ルミーナは……自力で受け身を取って、こちらの座席に丸くなって背を打っていた。
馬も何頭かが嘶いている。喧噪も聞こえる。
「敵襲! 抜剣せよ! 戦闘態勢! 数で押されているが、怯むなよ!」
辺りに響き渡る号令と、そのすぐさま後にガツ、カツン、という何かが馬車に当たる音がする。
「ここに居れば大丈夫です。鋼の板金で作られていますから」
二人をなだめつつ、外の様子に聞き耳を立てる。二人もそのつもりで、一切口を開かずに、お互いに目で相槌をうった。
どうやら森林街道の、左右の森から矢を射かけられている。正面突破が出来ないように拒馬があるようで、だから急制動を掛けてまで止まったのだ。馬の進行を止めるための、突起だらけの障害物。そこらにある木から容易に作れる上に、馬の進行を妨げるに十分な性能を発揮する、小賢しくて厄介な物だ。拒馬の手前にはさらに、密集陣形を取った盾槍の部隊が居るらしい。後方からも騎馬兵が追って来ていて、すでに後方は戦闘状態のようだ。
「馬車を守れ! お嬢様方に傷ひとつつけてはならんぞ!」
重騎兵長が指示を出すが、左右の敵弓隊への対処が出来ないで居る。前からは襲って来ないのが幸いだが、それは敵同士で誤射しないためのもので、こちらにメリットは無い。時間だけが過ぎて、後方から崩されたらお仕舞いだ。それに、二人の随伴は普通の騎兵だったから、矢も脅威だ。お義父様の騎士達が無事でも、二人の騎士達は無事では済まない。
「ちょっと、上に出るので手伝ってください」
自分では届かない天井の梯子を、ルシア夫人に下ろしてもらった。しかし、手は掛かっても、足を掛けるために体を引き上げる腕力が無い。
「ごめんなさい。ルミーナ、足を掛けさせて」
この緊急時に、低身長のせいでもたつく自分に腹が立つ。
「分かったわ!」と、勢いのある返事をもらって遠慮なくその背に足を乗せた。今日はヒールではなく、ブーツを履いて行けと言ったお義父様に、感謝しなくては。
(こうなる事まで予測していた?)
厳冬将軍の読みは、神懸かり的だと聞いていたけども。
「二人は絶対に出ないでくださいね」
そう言い残して、箱馬車の屋根に上がった。
箱馬車の上は、案外立ちやすかった。格子入りのガラス天井を閉めて辺りを見渡すと、後ろからの敵は抑えているが、左右から飛んでくる矢が邪魔になっている。重騎兵だからあまり問題はなさそうだが、馬車を守るために動けずにいる。
(わたしのせいで、じれったい戦闘を強いられてる。わたしが枷になってる)
私が斬り込んだ所で、鎧の無い状態では弓の的になってしまう。けど、この馬車なら矢は弾いているし、これを的にして引き付ければ、皆はもっと動けるはず。
そう考えてわたしは剣を抜き、天に掲げて注意を引くように叫んだ。
「皆さん! 馬車は丈夫だから、弓隊を倒しに行ってください! 私は中に――」
――カンッ。
「わっ」
剣が勝手に動いて、飛んできた矢を防いだ。
(ような気がする)
――カカン。
「えぇ?」
やはり、勝手に動く。後ろでさえ、わたしの体が邪魔にならないようにするりと抜けて、矢を弾く。
これは……。
(この剣を加工出来たのって、もしかして、科学者が何かした? こちらにメッセージを飛ばせるくらいだから、そういう事?)
『ジドウゲイゲキモード、キンキュウシドウチュウ。システムオールグリーン』
そうだと言わんばかりに、機械音声のそれらしい声が聞こえた。
(絶対にわざと、古臭い音声にしたんだ)
でも、ならば……この場で敵の注意を引き付けても問題ない。
「あなた達! ……」
勢いに任せて上から敵に呼びかけたものの、何を言おうか迷ってしまった。
(殺したくない……けど、数が多過ぎて、有利なのだから引いてくれないはず……だとしたら、引いてくれと言った所で聞く耳は持たないよね)
結局の所、こちらが無事に生き抜こうと思ったら、敵を殺めるしか方法がないのだ。
「ごめんなさいね!」
聞こえただろう敵の騎兵数人が、ガクっと肩をすかされていた。多数だと余裕のあるやつも居る。
その間も、剣は勝手に矢を防いでいる。
『ジドウシャゲキモード。タイチュウキョリコウゲキ、シャゲキマデイチ、ゼロ』
「は?」
剣先が、勝手に右手の林に向いたと思いきや、青白い光線が一瞬、まさしく光った。手元が僅かに動きながら数回、それは続いた。そして剣は反転して、左の林にも同じように光線を放った。
『ゴバクカイヒノタメセンメツフノウ。ゼロジホウコウノコウゲキニイコウ、シャゲキマデイチ、ゼロ』
光線が、進行方向の密集陣に向いた。それは二秒ほど横に薙いで終わった。
『ジドウセントウモードニイコウデキマセン。チュウキョリコウゲキノセンメツヲユウセンシテクダサイ』
「は……ははは」
『チュウキョリコウゲキノセンメツヲユウセンシテクダサイ』
「わかったってば。……皆さん! あとは敵弓隊の殲滅に集中してください。ここは私が対処します!」
――カンッ。カカン。
未だ残っている敵弓隊から、定期的に矢が届く。それを剣が勝手に処理をしている。
後ろからの敵騎馬隊は、ほとんど制圧し終わったようだ。あと三人程が残っているのは、手練れだ。こちらの重騎兵三組を相手に見事に立ち回っている。
『キンキョリセイミツシャゲキマデイチ、ゼロ』
「あっ」
青白い光がピカピカと伸びた瞬間には、手練れの三人はずるりと落馬してあっけなく終わった。
『チュウキョリセイミツシャゲキマデニ、イチ、ゼロ』
「あぁ……」
残っていた敵弓隊を、さらに数人撃った。
『コンセンチュウ、ジドウセントウモード。トツゲキシテクダサイ』
「もういいよ……こちらの騎士が制圧するから」
戦闘もなにも、一方的な虐殺みたいな感じになってしまった。感慨も何も無い、圧倒的な武器で終わらせてしまった。
「武人の矜持も何も、あったもんじゃない」
一人言は、肉を焦がした臭いの秋風に流されていった。
『セントウシュウリョウヲカクニン』
(こんな兵器だったの? 剣だと思っていたのに)
ガラスのような透明な剣身には、複雑な幾何学模様が光っている。そしてそれは、暫くもしないうちに消えた。
「エラ様、あれは何だったのですか? 光の線が伸びたと思ったら、瞬く間に敵が死んでいきましたが……」
重騎兵長が、半ば呆然とした声で聞いた。
「えーっと、えっとね。何でしょうね?」
「はぁ……神の御業のようですね。その、緘口令を布いておきましょう。大公だけには報告いたしますが、よろしいですか?」
「ありがとう。助かります。そのようにしてください」
無事に切り抜けられたのは良かったけれど、まさかの顛末に、少し呆然としている。目にした者は全員同じだろう。何が起きたか分からないけれど、快勝した。実感も何もあったものではない。でも、無事だった。
「良かった。そうなんだけど、いや、うん。無事で良かったんだ」
そう言い聞かせるように、とりあえずの納得をして馬車の中に戻った。
「ただいま。なんとかなったみたいです」
「そうなのね。その割には、歓声も聞こえないけど……外は大変な状況なの?」
ルミーナは戦闘後の雰囲気が重い事を気にしていた。ルシア夫人は、そういうものなのかなという風で、無事な事にほっとしていた。
「少し、疲れちゃった。ちょっと横になるけど、失礼しますね」
わたしの疲れた顔を見て、二人は頷いて了承してくれた。
わたしが苛立っていたからかもしれない。その後の馬車の中は静かで、誰も口を開かなかった。何に苛ついているのだろうか。皆無事だったし、二人の騎士達もかすり傷程度だったらしいのに。こちらは誰も死ななかった。良い事なのに。
科学者を思い出した事と、そのやりように腹が立った? でも、そのお陰で無事でいる。剣と、せいぜい弓矢しかない世界に、科学兵器を持ち込んだから? でも、昔にはもっと多くの、大量破壊兵器もあっただろう世界だ。
(分からない。何か、思い違いをしてしまっているのかも……)
固く閉じた瞼は、屋敷に着くころには静かな呼吸と共に落ち着いていた。後、ほんの一時間。後それだけの時間が無事ならば……楽しいだけの一日だったのに。
二人にお別れの挨拶もせずに、嫌な夢を見ながら寝入ってしまっていたらしい。二人も少しショックだったのだろう。緊迫した表情ではなかったけども、憔悴した様子であったと報告を受けた。慰めて帰してあげるべきだったのに。自分もショックを受けて、しかもふて寝してしまうなんて。
「エラ様、立てますか?」
屋敷の玄関。馬車の中に半身を入れて、心配そうにフィナが迎えてくれた。お義父様は、無事であると報告を受けて顔には出していないが、心配と怒りで血が沸騰している事だろう。
「うん、へいき……」
とは言ったものの、なぜか腰が抜けたように体が動かない。
「全然平気じゃないじゃないですか。あ……」
お義父様が、すかさず抱えに来てくれた。
「無事で何よりだった。疲れたろう。部屋まで運んでやろう」
優しい言葉だけど、その声は少し震えていた。
「ご心配、おかけしてすみません」
焦点がいまいち合わず、お義父様の顔らしき所に向かって言った。
「良い。お前はよくやったのだ。ゆっくり休みなさい」
わたしは安心したのか、そのまま眠ってしまったようだった。
お読みいただき、本当にありがとうございます。
次話も楽しみに思って頂けると嬉しいです。




