第二章 四、期待以上(三)
「誰?」
そう聞くと「アメリアです。朝食のお時間ですよぅ」と言って、少し慌ただしく扉を開けて入ってきた。柔らかそうな金髪のポニーテールも、忙しそうにふわふわと揺れている。
「お食事の時間が過ぎてもいらっしゃらないので、呼びに来たんです。フィナ先輩……も居るじゃないですか! 何してるんですか~!」
朝食の事をすっかり忘れていた。
「あぁ~……ごめんねアメリア。でも、ちょうどいいから、ちょっとこっちに来て」
アメリアにもプレゼントを渡したいので、側に呼んだ。
「え、な、何ですか? 一緒に怒られる事するのはイヤですよ?」
何を想像したのか、そんな不安を口にしながらも、彼女は素直に従った。
「少し目を閉じててね」
「えぇ~? 怖い事しないでくださいね?」
フィナと私を交互に見ながら、悪い予感はしないと思ったのだろう。アメリアはぎゅっと目を閉じた。
「大丈夫、だいじょうぶ」
さっきと同じ鏡台の引き出しから、アメリア用のちょっとしたものを取り出した。これは幸いにもというか、買った時に梱包されなかった。店内の鏡で自分に合わせて選んでいたので、その場で着けると思われたからだろう。
「ちょっと頭に触るわよ~」
アメリアの金髪に似合うだろうと、買ったのは小さな髪留めだ。緩い二重のアーチの上をネコが走っているデザインの、縁だけをプラチナで模ったシンプルなものだ。遠めに見ると文字のようにも見える。そういう中抜きの造りなので、綺麗な金髪によく馴染むだろうと思った。可愛いデザインの髪留めだが上品なので、アメリアがもっと大人になるまで着けても似合うはずだ。
「わ、私の頭に、何してるんですか……」
人の髪に着けるのは意外と難しくて、結局フィナに着けてもらった。
「アハハ。目を開けてもいいよ。頑張ってるみたいだから、ご褒美のプレゼント」
ポニーテールだったので、前髪の後れ毛を整えるように着けてある。
「えっ、これって……頂けるんですか?」
プラチナの光沢が、彼女の金髪の艶をひときわ輝かせているように見える。少し陰りのある蒼い瞳も、キラキラしている。
「うん。気に入ってくれると嬉しいな」
「可愛いじゃない。あなたに良く似合ってる。ほら、エラ様にきちんとお礼を」
わたしとフィナの視線を、鏡越しに受けながらも目が髪留めに釘付けになっている。その姿は、大きな目を輝かせて何かに集中している子猫のようだ。そして、色々な角度でひとしきり確認して、気が済んだのか、アメリアは向き直ってぺこりとお辞儀をした。
「かわいい……嬉しいです。可愛い! 大切にします。ありがとうございます!」
「フフフ。どういたしまして」
彼女の満面の笑みは、こちらの方が嬉しくなるほどにきらきらとしていた。
朝食には随分遅れてしまって、忙しいお義父様はさすがに先に食べてしまっていた。「何をしとるんだか」と少し寂しそうだったと侍女から聞いて、謝るついでと言っては何だが、後で色々と話を聞いてもらおうと思った。
アメリアはまた、雑務に戻っていった。覚える事が沢山で大変だそうだが、皆優しいから頑張れると言っていた。
仕事の後はフィナが所作を教えていて、たまに、わたしを相手にお茶を入れる練習をさせたりもしている。練習台をわたしにしたのは、アメリアの顔を見る時間が格段に減ったからだ。せっかく無事だった子猫ちゃんの姿を見る事が出来ないのは、やっぱり寂しい。
仕事に勤しむアメリアを見送った後は、一人で自室のソファに座っていた。
「エラ様、お手紙が三通届いております」
部屋には、扉をノックするだけで入っても良い事にしたので、フィナはいつの間にかソファの前に立っていた。剣を見ながら、複数相手の戦い方を想像していた時だったので、集中し過ぎていたのか、ノックの音にも気付かなかった。
彼女にはお義父様に話をするための時間を取りついでもらっていて、その結果と共に、手紙を持ってきてくれた。
「わっ。え、手紙? 私に?」
フィナには気を許しているせいか、急に目の前に立っていてもあまり驚かなくなった。さすがに寝室には、返事を待ってもらう事にしているが。それでもケースバイケースだ。起きない時はその限りではない。
「はい、お茶会の時のご令嬢方からですよ」
という事は、お礼か次のお誘いか、そんな所だろうか。
「すぐにお返事されますか?」
「うん。……あ、そうだ。書いてる間に、お庭から三本、花を摘んで来て。今一番綺麗に咲いてるのを。それで、何かうんちくみたいなのを庭師に聞いておいて欲しい」
一瞬、首を傾げたフィナだったが、すぐにピンときたようだった。
「添えてお返事なさるんですね。ええ、良いのを選んできます」
「ありがとう。お願いね」
わたしは素直な気持ちを添えるのが苦手だと思うから、何か他のもので代用出来ないか考えていたのだ。花束は意味が込められ過ぎて恐ろしいけど、一本添えるだけなら、少しお洒落な感じがしないかなという……苦肉の策ではあるけれど。フィナが納得して行ってくれたという事は、悪い案ではなさそうだ。
「さて、お手紙の内容は……」
色っぽかったルシア夫人は、お礼の手紙だ。ミリアの家でお茶会をする時も、時間が許せば参加するという旨だった。達筆で、淡々と述べているようで気遣いの言葉や次に会えるのが楽しみだという、こちらを慮る言葉があちこちに入っている。
年の近かったミリアは、お礼とお詫び、そしてお茶会のお誘いという長い手紙だった。どうやら、水温が低くなるのが例年よりも早くて、プールには入れないという事だった。そのお詫びと、せめてお茶会をするのでご招待します。という、とても几帳面で丁寧な内容のものだった。年が近いのに、字がとても綺麗だ。
ルミーナは近況を書いてくれている。そして、ミリアのプールの話をすでに聞いているようで、来年のお楽しみね。という旨と、お茶会にはくるわよね? と、わたしが来る事を疑わない言葉に、彼女らしさが表れていて楽しい内容だった。
「手紙って、良いものだなぁ」
人から手紙を貰ったのは、これが初めてだ。初めての手紙がこんなに楽しく、嬉しい内容のものだと、手紙好きな人間になりそうだ。心の底から、すぐに返事を書きたいと思うなんて自分でも想像しなかった事だ。
二年間の教育の中で、字の練習もみっちりと入っていたし、宿題も大量にあったという苦い思い出だが、勉強させてくれて良かったと本当に思う。でないと、手紙の返事を書こうにも字が気になって後回しにしていたかもしれない。
三人への返事には、お義父様の計らいで国王から剣を頂戴した事や、三人に早く会いたいという旨を綴って封をした。香り付き封蝋の、独特の蝋と花の香りが部屋に少し籠る。花というのは、色々なシーンで役立つのだなと考えながら、フィナが戻るのを待っていた。自分で行けば良かったかなと思ったけれど、少しでも早く返事を出したいと思った時に、手分けしてもらおうと頭の中で決まってしまったのだ。
「お待たせしました」
コンコンコン。と、今度はノックの音が聞こえた。フィナは、中央が黄色で花びらの先に行くほど濃い赤になっている花を三本、手にしていた。
「花言葉は、深まる友情。だそうですよ」
日持ちが良く、丈夫で移動にも耐えられる花で、友人に宛てる手紙に添えるにはぴったりだ、という事らしい。庭師にわざわざ聞いて選んでくれたのだ。
「フィナ、本当にありがとう」
きちんとお礼を述べて、そして、早速に花を紐で留めた。
「これで落ちないかな?」
「……大丈夫そうですね」
そんな会話をしながら、完成した手紙をフィナに預けると、行動の早い彼女はすぐに手紙を持って出ていった。令嬢ともなると、手紙を出すという、たったそれだけの事まで侍女がしてくれるのだ。お屋敷の一階の、配達用のカゴに入れるだけだ。そのくらい自分で階段を降りればいいのだが、それも侍女の仕事を取ってしまうらしい。
こういう事に慣れてしまうと、ダメになりそうだと思う。でも、お義父様を見ていると、そのほんの少しの時間も惜しいようだ。つまり、わたしもいつかそうなるのだ。
(本来は、忙しい人のためのものなんだよね……)
そう思いながら、とりあえず今は。と思って、剣を抱きしめてソファに――ソファの大きさの割り合いを超えた量の――クッションの山に埋もれた。
いつもお読み頂きありがとうございます。
少しでも読みやすくなるように、頑張っていきますのでよろしくお願いします。




