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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第二章 四、期待以上(一)


 ――剣!

(剣は? なんで寝ちゃったんだ!)


 かなり眠った感覚がある。肌身離さずに居ようと思ったのに、お風呂に持って入った後の記憶がない。

 ベッドから飛び跳ねるように半身を起こし、辺りを見回した。だけどまだ夜明け前で、部屋は真っ暗でほとんど見えない。



「どうしよう……」

 お風呂で寝落ちしたなら、フィナが運んでくれたのではと思った。普通なら、ベッドに立て掛けるだろうか。それとも枕元に置くだろうか。フィナなら、わたしが望むようにしようと考えてくれたはずだ。



 ところが、慌て過ぎて分からなかっただけで、ずっと手に持っている事に気が付いた。

(自分で持ってた……)



 何ならずっと、剣に意識を通したままだった。うっすらと、淡い青色に光る鞘と、白く光る剣の柄が、まくれた夏物のブランケットから顔を出している。

(だから重さが無かったんだ)



 ほとんど自分の体と変わらない感覚だから、持っているという自覚ではなく、自分の手や腕そのものなのだ。

(寝ぼけてると、分からなくなっちゃうんだ……)



 ほっと胸をなで下ろすと、おなかが減ってきた。そういえば、夕食前にお風呂に入ったから、寝てしまって食べていない。

「……まぁ、いっか」



 真っ暗な部屋から手探りで出て、見張りの騎士に空腹を伝えて……などと考えると、我慢しようということに落ち着いた。


 暗闇の中でもぼんやり光る剣を見ながら、喜びのニヤケ笑いがこぼれる。でも、この剣の欠点も考えなくては使いこなせるようにはならない。そう思って、色んなシチュエーションを考えてみる事にした。



(剣の光は辺りを照らせる程ではないし……奇襲する事を考えると、これを持っていると走ったり隠れたり出来ないな)

 意識を通さなければ、本来は三キロを超えているように感じる。棒の時よりも長いから、他の白煌硬金が足されているのだろう。その重さを、この体で腰に下げて走り回るのは無理がある。



(切れ味に酔いしれていたけど、不利な場面も出て来るんだ)

 そんな事をぼんやりと考えながら、この剣の可能性も、あれこれと想像していた。


 動きをイメージすると、即座に剣が反応して自動で動いてくれている感覚。そこは、自分の体とも違う感触のものだ。

(そういえば……棒だった時に、念動だと仮定して動かしていたっけ)



 アニメのようだと感動したまま、未だに、誰にも見せていない。

(もっと、アニメとかマンガとか、そういう感じの事が出来ないかな……)

 でも、たぶん……出来る。なぜかは分からないけど、この剣の反応を体感すれば、誰もが出来ると感じるはずだ。もはや、今から起こる事を期待して、手が震えている。



(心も、震えてる……)

 鞘から、ゆっくりと剣を抜いた。そして真っ直ぐ縦に構えて、そーっと手を開いた。

 剣は手の平に触れたまま、浮いている。



(……だよね? それだけじゃなくて、動けるんだよね?)

 心中で剣に語りかけた。

 そのまま、浮遊マジックをイメージしながら、手を離していく。



(だよね? 知ってる。キミの事、きっとそうだって思ってた)

 国王の前で技を披露した時から、この剣は特別だと思っていた。


 剣は、目の前で切っ先を真上にしたまま、何かに吊られているように静止している。落ちるそぶりなどなく、不安定に揺れる事もなく、まるで意思を持ってそこに浮いて居るようだ。そのまま動かしたくなったけれど、天蓋やベッドを切ってはいけないので少し離してみた。そのくらいなら、問題なく移動できた。



(ふぅ……。岩切流の型。月牙の表と裏)

 少し緊張したが、その技のイメージの通りに、剣は大きな弧を描いて中空を斬り下ろし、そして斬り上げた。白い光の残滓(ざんし)が、本当に三日月の弧のようだ。

(速度も刃の返しも、申し分ない)



 どのくらい離れても、大丈夫なのだろう。意外なほど近い距離でパタリと落ちて貰っては、武器を放り投げた愚か者と変わらない。限界の距離を知る必要がある。

 とりあえず扉まで、五メートルくらいだろうか。このくらいは融通してもらわないと、うかうかと放して使えない。



 切っ先を真下に向け、扉に向かうイメージをした。剣はスーッと音もなく移動して、中空で停止している。この距離なら問題なさそうだ。そして、戻そうと思うや否や、目の前まで滑るように戻ってきた。



(……切っ先は上の方が良かった)

 あやうく、ブランケットを切ってしまう所だった。薄いそれが切れるという事は、その下にある自分の足も切れてしまっただろう。体には絶対に刃を当てないように、常にそういうイメージをしておかないと危ないなと思った。



(あとは……どのくらい無茶な動きが出来るのかな? プロペラみたいに回転するとか)

 もう一度ベッドから離し、イメージすると一瞬で目に見えないくらいの速さでブゥウンと音を立てて回転した。そして、止めたいと思った瞬間にはピタリと静止した。さっきから驚き通しで、逆に冷静になってしまっている自分が居る。



(回転させて飛ばせば、無敵なのでは……)

 問題は、コントロール出来る距離だ。近いうちに、外で試す必要がある。


「そうだ。奪われた時に相手を崩す動きも出来るかな」

 テコの原理や人間の反射を利用した『崩し』は、単純なようでいて細かく小さな、複雑に織り交ぜた動きを必要とする。剣を持ってみて、自分に技を掛けるように動かしてみようと思った。



「うっ」

 そう思って剣を手に取った瞬間、じいちゃんに掛けられたような鋭い動きで、剣に腕を極められ、一瞬で崩されてしまった。

(わたしより上手くない?)



 イメージだから、一番良い動きが出来るようだ。それに、自分の体が邪魔になるという制限が、剣だけの状態だと無いのだ。

「これなら、起きてる時なら絶対に奪われる事はないよね。わたしが死ななければ」



 意識さえあれば、自分が縛られていても剣だけで敵を倒せるだろう。鋼の鎧を紙のように切り裂く切れ味と、手を放してもイメージ通りに浮遊するそれは、一種の使い魔のようだ。

(この子、凄すぎる……)



 鞘は動かせるほどではなかったので、手にした鞘に剣を誘導して納めた。そして、胸の谷間にぎゅっと抱きしめた。

「夢じゃ、ないよね? 強さへの願望で、凄い剣を貰ったせいで夢を見てるとか……」

 ありえない話ではない。そう思って、頬をつねってみた。



(いや。自分で痛いほどつねるって、無理だ……こんなに可愛い顔に何かあったらどうする)

 頬をふにふにとつまみながら、自分に痛みを与える事は止めようと思った。


 剣が念動で動くのは夢だとしても、剣がある事は夢ではない。それだけで良いような気がした。そのくらい、この剣が自分のものになった事が、嬉しくて仕方がないのだ。



 ともかく、仕組みはよく分からないけれど、意識が――念動が伝わる速度と、それに対する反応が増加した。という事なのだろう。棒だった時と違うのは、総量と、どのくらいの温度で加熱されたのか分からないけど、火が入った事だ。そう考えると、総量の増加よりも、火が入った事が一番の理由だろうと思う。



 これで同じような鎧があれば……と思ったが、集中が切れた瞬間に重さで身動き出来なくなってしまう。実際に無い物の事を考えても意味はないが、あっても無くても実戦で使えるか分からないものは投入できない。



(戦うにしても……一対一なら負けなくとも、戦争のように混戦だと危なっかしいなぁ)

 身を守るための防具は必須だけど、この体では金属鎧は重すぎる。となると、いざという時には、わたしがあまり役に立たないのは変わらないという事だ。無双して戦場を駆け抜けるなんて、現実離れしている事がよく分かる。横と後ろが味方で埋め尽くされているなら、前方を切り開く事は出来るだろうけども。



(それでも、わたしを守るための兵が居て、わたしが突っ込めばその人達も危険に晒す事になる)

「結局……今のままじゃ、ダメだ」

 いざ強力な剣を手にしても、自分が非力な事には変わりない。あまり、調子に乗らない事だなと、しみじみと思った。



 ……この剣は、お義父様の親心だ。武器をねだるわたしのために、国王への貸しをいくつか帳消しにしてまで、わたしの願いを叶えようとしてくれた愛情だ。わたしの身を守る一助にと考えてくれた、護身の剣だろう。それを、調子に乗って戦えるつもりになっては本末転倒だ。



 わたしに出来る事として模索するのは、一人で戦ってどうこう出来うる次元の話ではないのだ。強さが必要なら、ガラディオのような猛者を後継に選んでいただろう。リリアナを、とも考えた事があるとお義父様は言っていた。つまり、もっと視野を広げて大局を見極める能力こそが、お義父様の求めるものだろう。



(力が手に入るまで、それに気付けなかったなんて……)

「あぁ、でも、最悪の場合として、顔採用だったり……しないよね?」

 有能な婿を迎え入れるための、エサとして。



(……そんなはずは……ないとも言い切れないかもしれない。でも、そういう面が含まれていたとしても……ここまで大切にしてもらってきたのだから――)

「――自分としても、使えるものは何でも使ってもらおうじゃないか」

 なりふり構わず。それくらいじゃないと、いけないのかもしれない。



 そう思ったのは、お城での茶会の、国王の様子からだ。

 古代種は、絶滅したからではなくて、古代の技術に深く関わっているからそう呼ばれる。


「科学者から何か聞いていないか」と言う国王の形相は、切羽詰まる様子を隠そうともしていなかった。そこから察するに、今は平和そのものだけど、いつそれが崩れてもおかしくない状況だという事だ。お義父様が厳冬将軍と呼ばれるくらいには戦争があったし、これからも起こる可能性が高いという事だろう。



(現代史は、割と安定した感じだと教わったけど……状況が変わりつつあるのかもしれない)

 もしくは、食料事情が良くないとかで、古代の生産技術に繋がらないかという想いなのかもしれないが。



 とにかく、この古代種という特性を、もっと知らなくてはいけない。それが、わたしに出来て、わたしが皆の役に立てる唯一の事だ。

 ……自分の状況はどうだろうか。普通に考えると、公爵家を継ぐためならば、このまま王都でお義父様の補佐をしながら仕事を覚えて……リリアナの元へは、もう帰れないかもしれない。



 そう思うと、胸が締め付けられるようだった。ぎゅう……と、胸の奥を長く掴まれるような痛み。

(そうだ。リリアナは以前、この古代種という存在が役に立つから、いつか一緒に何かを探して回るのに付いて来て欲しいと、言っていたっけ)


 あれはたぶん、古代の技術が眠っている場所に見当を付けているのだろう。ならば、リリアナの元に帰る方が、皆の役に立つのだろうか。



 かといって、お義父様とも離れたくない。いつか政略結婚をする事になるならば、お義父様みたいな人がいい。そう思うくらいには、本当に信頼して尊敬していて、側に居たいと思ってしまっている。

「…………頭がパンクしそう」



 今後の進路と……皆にプレゼントも渡したい。自分で稼ぐ方法も相談しないと。

 ――忘れそうになっていたが、成人の儀にも備えないといけない。目下、そのために王都に来たのだ。



(考える事が一気に増えた……)

覚える事が落ち着いたと思ったら、考え事が積もっていく。

「――もっかい寝よう」



 朝を知らせる陽光が、カーテン越しでもはっきりと分かる程に差してはいたが。胸に抱いたままの剣をそのままに、ころんと横向きに寝転んだ。ふとももでも挟み込めば、ひとまず安心だと思いながら。


(少しだけでも、頭を休められたらいいんだ……)


お読み頂き、ありがとうございます。


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