第二章 三、得たもの(三)
お茶会から一週間が過ぎた。
本当ならこの一週間は街に出て、買い物や食事を楽しんだり、街の様子を直接見る機会を設けるはずだった。
だが、暗殺事件が尾を引いていて、お義父様が屋敷から出る事を禁じてしまったのだ。
フィナにボーナスをあげたい。という訴えは、今の手持ちの宝飾からではなくて、自分で買ったものをあげなさいと言われた。
(それなのに、街に出られないなんて)
薄々はダメなんだろうとも思っていたが、護衛を増やしてなら出られるかも、と思っていた。七割くらいは。
「街に行きたかった……お茶会が楽しかった分、退屈……」
朝の決まった身支度の中、フィナに髪を梳かれながらぼんやりと鏡を見ながら、うっかり呟いてしまった。
「あ……すみません。私のせいで……」
アメリアは深く頭を下げながら謝った。
「あ~! 違うの! ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃなくて、本当に。あぁ、きっとこんなに時間を持て余す事が無かったから、退屈な気がしただけでやるべき事は沢山あったかな。うん、訓練とか、後でアメリアに付き合ってもらおうかなぁ」
ファルミノに居た時は、寝る時間をギリギリ確保できるかどうかのスケジュールだったのに、こちらではかなり緩やかな過ごし方をしている。
お茶会までは落ち込んでいて丁度良かったが、色々と落ち着いたら今度は暇を感じるようになったのだ。
それは、別にアメリアのせいではない。暗殺を計画した真犯人が一番悪いのだから。
「私が、エラさまを襲ったのですから、私のせいです」
だが、本人を前にして、とんだ失言をしてしまった。アメリアは俯いてしまって、顔を上げようとしない。
「ちょ、ちょっと、それは違うって言ったでしょ? どうせアメリアがしなくても、他の誰かが襲いに来たわ。私が襲撃されるのは変わらなかったし、外出禁止令も出てたはずよ。そうでしょ? ねぇ、フィナもアメリアに何か言ってよ」
それまでフィナは、特に気にせずに髪を梳き進めていたが手を止めた。
「そういう所は、やっぱり子供なのね」と言うと、アメリアの頭をポンポンと優しく叩いて続けた。
鏡越しに見るその姿は、職場の先輩と言うよりは姉のようだった。
「アメリア。あなたは苦手な作法も言葉遣いも、一生懸命覚えようとしているし雑務も人一倍頑張ってる。失敗も多いけどね。だけど、その姿勢は他の侍女達も買っているし、私も同じよ。してしまった事はずっと反省していたらいいわ、って思うけど、エラ様にお見せするのは落ち込んだ姿ではないでしょ? どうしても苦しくなっちゃうなら、ちゃんとエラ様に確認すればいいのよ。そうですよね、エラ様」
「えっ? そ、そうよ。悪気があって言うなら、もっと意地悪してるんだから。それとも……私にイジワル、されたいの~?」
そう言って、アメリアにおいでと手招きをした。アメリアは不思議そうにしながらも、わたしの側におずおずと来て、不安そうにこちらを見ている。
「もっと側に寄って。それから、しゃがんで頂戴」
何を想像しているのか、アメリアはきゅっと目を瞑り、少し怯えたようにしながらしゃがんだ。
もしかすると、元居た所では、こう言われるとぶたれたりしていたのだろうか。
この反応を見て、胸がきゅうと苦しくなった。
「そんなに怯えないで。酷い事なんてしないわ。あなたを撫でたかっただけ。怖がらせちゃって、ごめんね」
光が透けるような細くてふわふわとした金髪を、そっと撫でた。
アメリアは一瞬ビクッとしたが、大人しくしている。
「あなたの髪って、ふわふわで柔らかくて気持ちいいのね。触ったことはないけど、子猫みたい。あなたも子猫みたいだし、きっと大人になったらツヤツヤでツルツルの髪になると思う」
そんな事を言いながら、ふわり、ふわりとアメリアの頭を撫でた。
アメリアは次第に緊張が解けたようで、わたしのふとももに少しだけ頭を預けるようになった。
覚悟は一端の騎士のような事を言うのに、わたしとの距離はまだまだ遠かったのだ。
(そんな風に、素っ気なくしてしまっていたのかな)
「ごめんね。不安にさせてたんだね。アメリアはきっと見習いだろうからって、頼み事はほとんどフィナにしていたから、余計に距離を感じさせちゃったのかな。お仕事出来るようになったら、アメリアにもいっぱいお願いするからね。それまでは、こうして甘えてくれていいよ」
本当なら、まだまだ親に甘えながら生活している年頃なのだと、今更ながら思い出していた。
年は十か十一だと聞いていた。聞いていたのに、彼女の振舞いに誤魔化されて大人に近いように錯覚してしまっていた。
もう、わたしの側に居るから安心してもらえるのだと、そういう勘違いもしていたのだ。
「いつでも、甘えていいから。フィナにも撫でてもらうといいよ。ね、フィナ」
「しょうがないですねぇ。お仕事や作法がちゃんと出来たら、ご褒美に撫でてあげてもいいです」
そんな事を言っていると、アメリアは肩を震わせていた。
そうして、堪えきれずにすすり泣きをしながら、「ありがとうございます……」と、何度か繰り返した。
「ああっ、ちょっとアメリア! 泣くなら私の方で泣きなさい! エラ様のドレスに鼻水付けてないでしょうねっ!」
冷静なフィナは、素早くハンカチを取り出すとアメリアの顔を無造作に覆った。
むぐっ。という声が聞こえたが、フィナはお構いなしに顔を引き剥がすようにして、わたしのドレスをチェックした。
撫でてくれる時のあの優しい手と、同じ手なのだろうかと見入ってしまう程にぞんざいな扱いだった。
「あぁよかった。汚れていませんね」
「あの、お顔、離してあげて……」
フィナは意外と、というか、わたし以外には割と粗雑に扱う節があるなと思っていたが、やはりそういう感じだったのだと得心した。
「あぁ」というフィナの、関心のなさそうな声にアメリアが非難する。
「いつもフィナ先輩って、こうなんですから! 首が取れちゃったらどうするんですか!」
「あらぁ、こんな事で取れたりしないわ。大げさなんだから」
「将軍もフィナ先輩も、怖い……」
「よく言ったわね、アメリア? あなた、いいつけ守らずにつまみ食いしてる事、エラ様に言っちゃおうかしら」
フフン。といういたずらな笑みを浮かべて、フィナはまるで姉妹喧嘩のように言い合いを始めた。
「あ~っ! それもう言っちゃってるじゃないですか! 何で言うんですかぁ!」
フィナに言い寄るために、勢いよくアメリアは立ちあがった。
それでも身長差が埋まる事はないが、いくらかは顔の距離が縮まった。
「あなたが逞しく生きてるって事をお伝えするためよ? エラ様の前でだけ殊勝な態度とってるって、いつも笑いそうなのを我慢してるんだから」
「エラさまは特別なんです~だ!」
二人は、お互いにべーっと舌を出して、プイッとそっぽを向いた。
(案外、楽しくやっているなら良かった)
「えーっと……仲良くね? アメリアはおなかが減るなら、ごはん増やしてもらおうか?」
「はい!」と元気よく返事をするアメリアに、フィナは呆れた口調で言った。
「ただでさえモリモリ食べてるのに、それ以上は太り出すわよ?」
「うっ……」
どうやら、食事も沢山食べさせてもらえているようだ。
「フフフ。アメリアも良くしてもらってるんだね。ちょっと安心した」
アメリアは照れてしまって、両手で顔を覆って下を向いてしまった。
そういう仕草も、年頃の女の子だなと思った。
(今回の姉妹ゲンカは、フィナの勝ちだね)
朝の平和な時間は、アメリアを迎えてさらに愛おしい時間に変わったのだった。
お読みくださってありがとうございます。
読んで頂いている人が少しずつ増えていっているようで、喜んでいます。ありがとうございます。
楽しんで頂けるように、頑張ります。




