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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第二章 三、得たもの(二)


 重い体を引きずるように、そして、フィナに手を引いてもらいながら自室の寝室に入った。


(ようやく休める――)


 ――と思った時に、大事な事を忘れていたのを思い出した。


 色々とあり過ぎて、実際にはパニックだったのだ。



「アメリア。ちょっと来て」


 死んだと思い込んでいたこの子が、無事だった。


 お義父様の気まぐれか、計算の上でかは分からない。


 それでも生きているし、わたしの付き人になった事実が、本当に嬉しかった。



「は、はい」


 おずおずと、少し怯えたように近寄るアメリア。


「せっかく再会したのに、私はパニックになってきちんと挨拶もしていなかったよね」


 アメリアの身長はわたしとあまり変わらない。


 少し影のある蒼い目をじっと見て、今ようやく湧き上がってきた喜びを全身で表した。



「ひゃっ、エ、エラ様?」


 強く抱きしめて、頬を寄せて「よかった」と耳元で呟いた。


「エラ様……エラ様のお陰です。ありがとうございます」


 熱いものが頬を伝う。アメリアはわたしより先に泣いた。


 そう、この涙はつられて流れ落ちたのだ。



「しんじゃったと思ってた。私のせいで、苦しい思いをさせてから殺されてしまったって。酷い苦痛を与えてしまったって……ごめんね。生きててよかった。ごめんね」


 アメリアはあの時、今にも殺される恐怖を目の前にしたまま、何時間も過ごした。


 こんなに小さな子が、これまで常に死ぬ覚悟で生きていたのに、そんな辛い思いをしていた子を、最後の最後まで苦しめてしまったと思って、謝っても謝りきれないと思っていた。



「怖かったよね、ごめんね」


 アメリアは、ぐっと堪えながら泣いている。


「おとう様に恐ろしい事を言われたら、わたしに言ってね。それから、私の代わりに死んだりしないで。絶対だよ?」


 首を横に振ったアメリアは、「それはお約束できません」と言った。



「どうして? もう私の付き人なんだから、おとう様の言う事なんて気にしなくていいんだから」


 そう言うと、アメリアはわたしを引き剥がして、力の籠った目で見つめている。


「将軍様の言いつけだからじゃ、ないからです。私は、私を救ってくれたエラ様のためにこの命を使いたいんです。私の意思は、エラ様とて曲げられませんよ?」


 まだ幼い無邪気な笑顔なのに、アメリアは大人のような事を言う。



「……ダメだってば」


 アメリアの気迫に()されたのか、何も言い返せなかった。立場を利用して、ダメだとしか言えなかった。



「エラ様の、そのお気持ちだけで十分ですよ」


 とんでもない事を平然と言いながら、幸せそうに笑うアメリア。


「……もういい。アメリアには最初から敵わないんだね」


 拗ねたわけではないが、そんな風に見えてしまったかもしれない。



 それを黙って見ていたフィナは、まるで子供をあやす様にわたしの手を握った。


「さぁ、少しお休みください。今日は本当にお疲れでしょうから」


 促されてベッドに横になった。


「私の方がダダこねてるみたいなのは、ちょっと納得いかない……」


 フィナとアメリアを一瞥してから、くるりと寝返りをうってふて寝した。



「夕食の時にお呼びに参りますね」


 フィナがそう言って、二人は寝室を出た。


 隣のソファの部屋で、二人も少し休めるだろうか。


 などと思っていると、少し甲高い声で「エラ様の拗ねたお顔も可愛いが過ぎて、倒れちゃうかと思いました!」と、アメリアがはしゃいでいるのが聞こえた。


(何しても可愛いとか、わたしはどれだけ……)



 いつもの事だと流しかけたが、少しおかしいなと感じた。


 これまでも、違和感はあった。


 ここまで皆が好いてくれたり、良くしてくれるのは何故なのかと。


 今となっては公爵令嬢だし、嫌でも良くしてくれるのかもしれない。


 でも、最初はどうしてだっただろうか。古代種だから拾ってもらって、看病してくれた?


 そう、いつもこうして、偶然や状況の流れが、そのようになっても不思議とまでは言えないような、妙な理由が付属していて違和感がいつの間にか消えてしまっていた。



(でもやっぱり、何か人を惑わすような力があるとしか思えない)


 ここまで都合よく物事が進むだろうか。


(最初の街道での時も、ガラディオには間違いなく殺気を向けられていた。あれは間違いない)


 剣もほぼ抜いていた。わたしがガラディオなら、街道に居る行き倒れなどという面倒事でしかない人間など、適当に理由をつけて殺していたかもしれない。



 リリアナとシロエの、献身的な看病もだ。


 いわばあの屋敷のトップとその付き人が、あんなに構って大切にしてくれるだろうか。普通ならありえない。


 貴族の養子入りを決めてくれた事も、その婚約の事で取り乱した時の対応も、どれほど古代種が貴重なのか目的があるのかは分からないが、あそこまでしてくれないはずだ。


 助けた事を恩に着せて、何とでも出来たはずだ。



 貴族教育を受けて、お義父様のやり方を垣間見た今だから分かる。


(貴族は本来、一筋縄ではいかない)


 善意だけで動けるものではないし、動かないのが基本だ。


 メリットとデメリットを常に考える生き物だ。


 リリアナやシロエ、あの屋敷の人達の優しさや関係性を否定する気はないが、でもあれは、家族のような関係性がすでに築かれているからだ。


 拾われてきた人間がいきなりその輪の中に入って、全員から同じように好かれるなど考えられない。



(考えれば考えるほど、都合が良すぎる)


 特に、危機に扮した時が怪しい。


 最初は……ガラディオに次の瞬間には殺されるかもしれないと思った時、「たすけてくれ」と願った。


 そうしたらいつの間にか、厚遇で看病されていた。



 貴族入りで婚約の話で倒れた時も、「受け入れられない」と強く反発した。


 直近なら、間違いなく殺されたと思ったアメリアが、生きていた事だ。


 お義父様は一切の迷いなく、剣を振り下ろすつもりだったはずだ。


(殺さないでほしいと、泣き叫んでいた)




 激情に駆られた時や、命の危機に瀕した時。そんな時ほど都合よく状況が転がっている。


 ――なぜそうなったのかという結果に対して、それらしい理由が付いて回るから、気付けなかった。


(自分自身までもが、微かな違和感さえ抱けないくらいに――)




 ――人の心の底に、大切な存在だと刷り込む力。




 ほぼ間違いない。だが、そう言い聞かせないといけないほど、違和感はすぐさま消えてしまう。


 気付けそうになっても、そのとっかかりさえ自然な流れのように思えてしまう。


(これほど恐ろしい力があるだろうか。にわかに信じ難くて、ともすればまた記憶から失われてしまいそうだ)



 記憶操作などというレベルではない。洗脳など児戯に等しい。


 これが、周囲の人間全てに影響があるのだから、皆が『オレ』を大切にしたいと思い、疑わないわけだ。


『わたし』と、言い換えるようになったのも、この力の影響を受けているのかもしれない。



(じゃあ、その目的は何だ?)


 生きるための本能みたいなものだろうか。


 そのためには、自我さえその術に()めていく。


(……そんなの、誰も太刀打ち出来ないじゃないか)


 考え過ぎだろうか。


 ただ……これが一番厄介な事で、自分に都合が良い事ばかりなのだから問題は……無い。



(それこそが問題だ……なんて哲学じみた事は思わないが)


 重要な事だと感じているのに、上手く考えられなくなる。


 いつの間にか問題の無い事として、気になった事を認識できなくなってしまう。



 結局は、上手く行き過ぎて不安になっているだけで、問題が無さそうな所が逆に気持ち悪いだけなのかもしれない。


 いつか、対価はどこかで、支払わされるのではと。



 だが、もしも力があるとしてそれが上手く機能し続けるなら、ここで生きていく不安は……考えなくても良いという所に落ち着いてしまう。


(そういう風に考えてしまうのが、やっぱり問題のように思うのに)


 もっと頭が良ければ、何か深いところまで気付いたり出来たのかもしれない。


 だが、疲れのせいで睡魔にも襲われて、これ以上の成果が得られる事は無かった。





「エラさま~! 夕食の時間ですよ~」


 アメリアが起こしてくれたらしい。十五分くらいだろうか。


 程良い眠りの余韻と、すぐに動ける体の感覚とで、良い睡眠だったと感じる。


 何か考え事をしていた気もするが、あまり覚えていない。



(そういえば、人に対してどの程度甘えられるものか、受け入れてもらえるのかをテストしてみようかな)


 お茶会では、三人共が上手く人に甘えて息抜きをしていると言っていた。


 今になって興味が湧くのだから、タイミングが悪い。あの時に深堀りして聞いておけばよかった。



(みっともないのは嫌だからなぁ……)


 手探りで甘えるには、少々ハードルが高いだろうか。


「エラさまってば」


 アメリアに甘えるのも、何か違う。この子には甘えて欲しいのだ。



「……うん、起きたよ。起きるから、ちょっと待ってね」


 ベッドから降りて歩こうとした瞬間、思っているよりも足に力が入らずに、よろめいてアメリアの方に倒れ掛かってしまった。



「エラさま!」


 アメリアは咄嗟に体を寄せて、抱き止めてくれた。


 わたしの体はアメリアの腰から胸で担がれるような形になり、それからふわりとベッドに座らされた。


(当身と投げの応用だ)



 体格は同じくらいとはいえ、アメリアの子供の体で、脱力してしまったわたしを支え続けるよりも、安定していて安全な方法だ。


「アハハ、ごめんねアメリア。よろめいちゃった」


「大丈夫ですか? お疲れなら夕食は運んできますよ?」



「へーきへーき。それより、近接格闘も出来るんだね」


 金髪をポニーに結んだ青い目の可愛い少女は、メイド服に身を包んでいると武術をするようには見えない。


「そりゃあ、かなりしごかれましたから一通りは出来ます。エラさまには敵いませんでしたけどね」


 少しだけ悔しそうな顔をした後、肩をすくめてニコっと笑う仕草は、きっと前の環境で身に付けたのだろう。


 年の割に少しだけナマイキなニュアンスと、自然で憎めない感じが同居している。



「わたしは強かった? 実は自信無くしちゃって」


 負かした相手に聞く事ではないが、あの時のお義父様の圧倒的な殺気を前にして、さすがに自信が消し飛んでしまった。



「まあ……そうですね。大人の男の人には、敵わないレベルだと思います。本気で殴っても効かないですからね。武器を使うなら別ですが……兵士には勝てる事があっても、騎士には無理だと思いますよ。お互いに……」


「そう? 訓練だと騎士の人にも……そっか、そういうことか」


「たぶんそうです。まさかエラさまに本気にはならないでしょう」



「あーもう、言わないで。ちょっと調子に乗ってた自分が悲しくなる」


 手加減されていた事は分かっていたが、思っていた以上に加減されていたのだろう。


 悔しいというよりも、「妥当な判断だよなぁ」と今なら思う。




「アハハハ。エラさまは素直で可愛い。なでなでしたくなるの、分かります」


 そう言ってアメリアは、わたしの頭を少し不器用に撫でた。


 でも、悪くはない気がして撫でられていた。



「ちょっとアメリア! 不敬ですよ! 手を離しなさい」


 二人とも寝室から出てこないので、フィナが覗きに来たようだった。


「えー? フィナ先輩も撫でてたじゃないですか」


「あれは……お許しを得たからです。あなたはお許しを貰ったの?」


「……可愛いから撫でました……」


「じゃあダメに決まってるでしょう?」


 腰に手を当てて、フィナは強く注意した。



「すみませんエラ様。まだ教育が足りていなくて……お叱りは私が受けます」


 いつの間にかフィナは、考えてみると当然なのだが、中間管理職になってしまっていた。


 でもこれは、元を正せば、暗殺事件のせいでわたしが落ち込み過ぎたせいでもある。



「そんなに気にしないで。撫でた事は許します。ね? 不問だからフィナも撫でて。フィナの手は優しくて気持ちいいから」


「そ、そういう問題では……」


 必要もなく貴族の頭に手を振れるなど、普通は不敬の極みだ。失念していたけれど。



「それじゃあ、命令です。誰も居ない所では、わたしを可愛いと思ったら撫でなさい」


(……これは、甘えている事になるのかな?)


 これまで、頭を撫でて貰った事なんて無かった。


(けれど、おとう様に撫でられてからクセになってしまった気がする)



「う~ん……そういう事でしたら、誰も居ない時にだけ……。お部屋の中だけですよ?」


 おずおずと手を伸ばすフィナに、頭を寄せる。手はピクリと一瞬止まったが、そっと撫で始めてくれた。


(やっぱり、フィナの柔らかくて優しい撫で方は、気持ちいい)



 ちらりとフィナを見ると、白い頬を赤く染めながら、愛おしそうに見つめてくれていた。


 これだけ愛情を注いでくれているなら、今は甘えていると言えるだろう。


(何にしても実際、気持ちが落ち着いて良い気分だ)



「……ありがとう。また撫でてね。それから、悪いんだけどお食事を運んでほしい」


 落ち着いたら、おなかもしっかり減ってきた。でもやっぱり、立ち上がるのは無理そうな気がしたのだ。


「あっ、私が運んできます。さっきそうしようとしていた所でしたもんね」


 アメリアの行動は素早くて、作法そっちのけでペコリとお辞儀をするなり、部屋を出ていった。


(アメリアの侍女教育は、大変そうだな……)



 フィナを見ると、少し諦めた顔で小さくため息をついていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

沢山の人に楽しんで頂けるように、少しずつですが努力していきます。

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