表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/295

第二章 二、環境と立場(七)


 ――その夜。


 オレは何故か、不穏な空気を感じて目が覚めた。

(眠ってから、どのくらい経った?)




 初めての場所で寝付けないのだろうか。お義父様のお屋敷の、三階にあてがわれた一室。


 ソファの部屋と、扉を挟んで寝室の二部屋続きの、大きな部屋。


 その寝室には、一人で寝るには大きすぎる天蓋のあるベッドが用意されていた。


 枕はいくつかあり、囲むようにしてふわふわの中で眠る事も可能だ。


 それらは淡く薄いピンク色で統一されており、銀髪赤目の容姿によく似合う。


 そして、部屋のほぼ真ん中にベッドが置いてあり、他の調度品はソファの部屋のように多くはない。


 広々としていてオレには落ち着く仕様だ。




 寝付けない理由か……柔らかい枕が合わなかったか?


 だが、オレはそんなタマではない。天蓋付きのベッドが、また用意されていたとしても。


 驚くどころか、これが普通なのだろうと納得さえしているのだ。




(冗談を思ってる場合じゃないな。これは普通じゃない……殺気だ)


 お義父様から頂いたばかりの短剣を、抱いて寝ていて良かった。


 シンプルな造りの鞘は、抱いて寝ても痛くないからそうした。


 嬉しさが有り余っているくらいに、思い出すだけで喜びが湧き出てくる。




(でも、一体誰がこんな殺気を……)


 お義父様の抜き打ちテストだろうか?


 だが、あの人の殺気はこんなものではない。




(素人くさい、緊張の混じった淀んだ殺気だな)


 オレは、これなら勝てる相手だと思った。


 警備兵の誰かが、夜這いをしにきたのかもしれない。


 男なら容赦しない。


 女を力づくで、襲おうとするやつに手加減は必要ない。


 部屋の前には見張りが居るはずだが、その彼が変な気を起こしたのだろうか。


 だとすると、二人を相手にしなければいけない可能性がある。




 そういえば、暑いからと窓を開けていた。


 三階だからと油断したようだ。


 普通に登れるような造りでは無かったが。


 こんな風に、相手が分からない間が一番緊張する。


 まだ、隣のソファの部屋に居るようだ。


 気配を慎重に探る。


 足音、布ずれの音、息づかい、臭い、何でもいい。細心の注意で情報を集める。




 ……一人のようだ。


 かなり緊張しているのだろう。押し殺した息が、緊張と興奮のせいで漏れ出ている音がする。


 顔を布か何かで覆っているのだろう。見張りが犯人ではないのかもしれない。


 声を上げるか、先制するか。それとも罠を張るか。




 オレは布団の中に枕を埋めて、古典的な変わり身を置いてベッドから出た。


 罠で様子を見ようと思ったのだ。犯人を逃がしたくないから、声はまだ上げないようにした。


(初撃で人を殺めるには、まだその覚悟をしきれていない気がする)


 先制する事を除外した理由が、情けない。




 オレはベッドの横に身を隠して、自分の気配をベッドから離れすぎないようにした。


 枕の囮が、バレにくくなるように。


 今夜は月明かりがあって、他に隠れる場所が無い事も理由だった。


 ――カチ……リ。と、最小限に扉の音を小さくしている、その音が聞こえる。


(入ってきた。いきなり蹴破って殺しにくるかと思ったが、そーっと来るタイプか)


 寝息のように呼吸を小さく、薄く、気配を自然なままに維持をする。


 そして相手が攻撃した瞬間に、こちらの攻撃を入れる。これで終わりだ。




 近づいた犯人の気配は、ベッドの向かいで止まった。


 緊張感と殺気が膨れ上がっていくのが分かる。


(こんなだと、勘のいいやつなら素人でも飛び起きるぞ)




 犯人は、あともう一息吸った所で行動するだろう。


(あ、ここで犯人を斬ると、ベッドが血で汚れてしまう……)


 オレは迷った。お義父様が用意してくれたものを、余裕のある状態ならば汚したくないと。




(チッ。オレも変わってしまったもんだ!)


 胸中で毒づいて、オレは犯人の行動の、その寸前で飛び出した。


 振り下ろされる刃物めがけて、短剣を斜め上に斬り上げる。




 ――キイン。と、打ち合った音が鳴った。


(軽い。芯を外したというより、オレの動きに反応して武器を引いたのか)


「誰だ。お前。なぜ私を狙う」


 こんな時でも、頑張って低くしても可愛らしい声が、今は憎い。




「…………」


 声を出さないのは、犯人としては褒めてやろう。


 いや、殺しに来たっぽいから、暗殺者だ。


「喋らないなら、手加減してあげないけど?」


 オレは(あお)りながら、ベッドの脇から回って、暗殺者に向かって歩いていく。




(そういえば、言葉遣いを気にせず話すのは初めてかもしれない)


 緊迫しているはずの状況にそぐわない感慨に耽っていると、暗殺者は少しだけ苛立ったような声を出した。




「お前みたいな小娘に、俺がやられるわけないだろう」


 食いついた。(あお)り耐性の低いやつめ。


「あぁ怖い。でも、助けてほしいなら武器を捨てなさい。命くらいは勘弁してあげる」


(ほれ、もっと食いついてこい)




「むかつく女だ」


 そう言うや否や、暗殺者はかなり低い体勢で飛び込んできた。


(――足を狙うやつはごまんと居るんだ)


 こちらは軽く飛び上がり、逆手に持ち替えた短剣を突き刺しにいく。


 狙ったはずの足がないと、無理に斬り上げるか突き上げるしか出来ないだろう。悪手だ。




 しかし、暗殺者はこれにも反応し、上手く突進を止めながら体をよじって、こちらの突きを躱した。


 床を抉りたくないので、オレは床に寸止めで事なきを得た。


(すばしっこい……)



 相手も短剣なのがはっきり見えた。だからか、動きが早い。


 背も低いし、戦い方が男っぽくない。


(オレみたいな小娘相手に、力づくで来ない手はないだろうに。さては……)


「……女か? お前。なら私は倒せないよ」




 暗殺者が月明かりを背にしているのもあるが、布で顔を覆っていて見えない。


 だが、身長はオレと変わらないくらいだ。


 上手く力を逃がしたとはいえ初撃の軽さもあるし、十中八九は女だ。


 パワーもない。肩で息をしていて、緊張と体力もそろそろ限界だろう。




「窓から逃げるとか出来ないよ? 背を向けた瞬間に終わる。分かるよね?」


 言いながら一歩だけ距離を詰めて、プレッシャーを与える。


 まさか三階から飛び降りないだろうけども。


 扉はオレの横手にある。逃げの一手なら、フェイントか捨て身でオレの横を抜けるしかない。




「ばかにしやがって、小娘風情が」


 いきり立ってはいるようだ。煽りは効きまくっている。


 こちらは緊張感はあるが、油断しなければ負ける事はない相手だ。




「弱いから暗殺なんてするんでしょ? 相手が起きてた時点で、キミに何が出来るの? すぐに帰れば良かったのに。ざぁこ」


(これ、言われたらめっちゃ腹立つやつなんだよな)




「こ……の、クソが!」


 完全に逆上した暗殺者は、思い切り振りかぶって斬りかかってきた。


(なんか、かわいそう)


 オレは身を返して(かわ)し、刃を暗殺者の腕に沿わせ二撃目を封じた。


 そのまま刃を滑らせて、顔を覆う布を斬った。


 もしお顔が切れていたら申し訳ないが、暗殺の代償と思ってもらおう。


 そして足を掛けて横から押した。




 思いのほか軽く、暗殺者は壁に吹き飛んでドシンと当たり、そのせいでコケなかった。


(うそん)


 体勢を崩しているからすぐに攻撃は来ないが、転がしてから刃を首に当てて終わるつもりだったのに。




「くそっ……くそっ」


 同じ言葉で毒づく暗殺者は、薄暗いが少女のように見えた。


 月明かりに光る髪は、金色のようだ。


 声は、さっきまで無理に低くしていたのだろう。素になった今は少し甲高い声をしている。


(この声で、どうやって低い声を出していたんだろう)


 オレは少し、教えて欲しくなった。




(っと、これは油断か)


 ――刃に毒でも塗られていると厄介だから、早めに終わらせる方が良い。


 だが、殺してしまう気にはなれなかった。




「ねぇ。降参してくれたら、殺す気はなくなったんだけど」


 本当に子供なら、オレと変わらない少女なら……命まで取りたくない。


「そんな言葉が信用できるか!」


 憎しみを込めた顔……ではなく、苦悶に満ちた顔に見えた。




「なんとか、おとう様にお願いするから。降参してよ」


 そう言うとその子は、はっとしたようだった。


「お前の父親は、厳冬将軍だろう。俺を許すはずがないだろうが。馬鹿なのかお前は」


 お義父様の、二つ名だ。その名を聞いた敵は、泣いて逃げるという。




「言ってみないと分からないでしょ? 私はもう、キミを殺したくないんだってば」


 とても、暗殺者と狙われた人間の会話とは思えない。立場もおかしい。


「ほざけ、頭の悪い小娘が!」


 その言葉と同時に、威勢よろしく暗殺者は全力で飛び込んできた。突きの態勢を隠そうともせず、捨て身か相打ち覚悟の突進だ。




 それを斜め前に踏み込んで、距離と角度を制して暗殺者の剣を打ち落とした。


 本当は手首くらい落としてしまおうと思ったが、やはり思い止まったのだ。


「くぅ……」


 とはいえ全力で剣を弾いたので、今は痺れて腕の感覚が無いだろう。


 他に何か仕掛けてきては困るので、完全に無力化すべく腕を捻り上げ、床に倒しこんだ。


 うつ伏せになったその腰に、膝を押し込んで身動きを封じた。


 腕は両方とも後ろ手で押さえ込んだから、ガラディオくらいの怪力でもない限りは外せない。




「やっと捕まえた。大人しくしててね」


 そして、ようやく大声を出す時が来た。


「誰か! 誰か来てください!」


 というか、打ち合う音もあったしドタバタしていたのに、なぜ誰も来なかったのか。


 会話も割と大きな声だったのに。




(……警備って、夜中は居ないのかな?)


「誰か!」


 と、言うか言わないかのタイミングで、ドガン! と大きな音と共に護衛騎士がなだれ込んできた。


 それと同時に――。




「エラ! 間に合ったか!」


 ――お義父様の悲痛な叫び声がした。


お読みいただきありがとうございます。

初めての方もありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ