第九章 三十一、手向けの地へ
第九章 三十一、手向けの地へ
「はぁ……。出来るなら……見たくなかったわね」
二人は、あまりにも早く死んだ。
戦後の混迷期だから……しかも、終末のような世界では、むしろ普通のことなのかもしれないけれど。
それでも、同じ国の人間からさえ迫害されて、行く当てのない逃避行を強いられた最後だなんて――。
数千年も前のことで、どうしようもなく変えようのない、もう終わってしまった出来事とはいえ……落ち込む。
だけど、そう言って沈んでいる場合ではない。
やっと二人を見つけて、その最後の場所を特定したのだから。
「ダラス……あなたの願い、やっと叶うわよ」
どんな想いで過ごしたのか……数千年をかけて私をこの星に飛ばしての、やっと叶えられる願い。
「場所を詳しく表示して」
衛星が生きていて良かった。もう、すぐに見つかるだろう。
『ポイントA-40985513、p-39975119、表示画像を現在に重ねます』
……何の記号と数字なのか、全然分からない。
この星特有の、緯度経度と同じような座標の表示だろうか。
視界の中には、今の衛星画像で点が記されている。
「ここって……森林街道の北ね。もしかして、エイシアが居た辺り?」
これほど精確な地図画像を見るのは初めてだけど、おそらくは、最初にエイシアと出会った場所だ。
密度の高い森林の中に、僅かに開けた奇妙な所だった。
エイシアが自分の寝床にするために、わざと木々を払ったのかと思っていたけれど……。
こんな偶然があるだろうか?
二人が、トラを倒すために光線で焼いた場所は、超高熱で地面がガラス状になっていた。
もしかすると、そのせいで木々が生えて来ずに、今でも小さな空間となっているのかもしれない。
……何千年も経っているから、さすがに違う理由のような気もするけれど。
それに、そう思い込んでいるだけで、全く別の場所かもしれない。
ただ……今は感慨に耽りやすい状態だし、繋がりがあるように思ってしまった。
「ここに、ダラスの金属片を埋めてあげられたら……私がこの星に来た使命は、終わるのね」
もしも、最初にこの使命を聞かされていたら……「そんなことのために?」と、憤って話を聞かなかったかもしれない。
遥か彼方の星に、持っていたなけなしの武力さえ全て失わされてまで……それだけのために私を飛ばしたのかと、激高したかもしれない。
だって、エラの体に入ったばかりの頃は、本当に苦労したから。
指先ひとつ動かすのに、全力で集中してなお、わずかに曲がる程度だった。
……思い返せば、何もかもが理不尽な出来事だったし、けれど、ありえない幸運の連続でもあった。
理不尽を超える、いわば奇跡に助けられて、今は……幸せを感じる生活をしている。
故郷では一ミリも感じたことがなかったものを……今はたくさん貰って生きている。
無償の愛なんて、絶対に無いと思っていたのに。
「……ダラスのお陰ね。今となって、やっと言える言葉だけど」
ゴールは、もう目の前だ。
翼で飛んで行けばすぐだし、その場所で獣が出ようとも、今の私なら簡単に倒せる。
朝ごはんを食べたらすぐに来るだろうエラを待たなくても、今から行ってすぐだ。
「でも……これは、エラと一緒に行きたいかな」
私が入ってしまったエラも巻き添えだっただろうし、それに対しての意味と、そのゴールのひとつがやっと見えたのだから。
私とエラの、人生を変える出来事の発端と、その終わり。
一緒に見届けてほしいし、エラもきっと、一緒がいいと言ってくれるだろう。
「一度、ファルミノのお屋敷に戻りましょうか」
ここに誰が居るわけでもないけれど、ダラスに……この金属片に話しかけるように、自然と声が出た。
**
「行きます! おねえ様と一緒に見届けたいです!」
お屋敷に戻って、リリアナと朝食を終えた頃にエラが来た。
「エラじゃないのよ~! この子ってばルネと一緒で、ぜんぜん来てくれないんだから~!」
リリアナにひとしきり抱きしめ撫でられたエラに、ダラスの願いを叶えに行こうと告げると、食い気味にそう答えたのだった。
「ありがと。私、これはエラと一緒に行きたくって」
「なになに? 私をのけ者にするつもり?」
からかい半分で参加するつもりのリリアナに、元々説明していた話に加えて、埋めに行くだけのことだけどもと、同行するかを聞いてみた。
乗り気の様子を見せて、ほとんどついて来るような雰囲気だったものの、「やっぱり、姉妹水入らずで行く方がいいかもね」と、何らかの気を利かせたらしい。
その代わりにと、花束をくれた。
厳冬期でも花を楽しめるようにと、庭師に命じて室内で育てているのだそうだ。
「リリアナ。ありがとうございます」
「あなたに託して正解だったと、科学者ダラスも笑っていると思うわ。その壮大な物語、終わらせてあげなさい」
リリアナは、そう言って見送ってくれた。
目的の場所までは、エラと並んでゆっくりと飛んだ。
ファルミノから王都までの道のりを、しっかりと感じながら。
それでも、二時間もかからなかったけれど。
ただ、エラはその間に、興味深いことを話してくれた。
「私の翼なんですけど……これ、もしかして、ダラスのお子さんのものだったのではと思って」
エラに言われるまで、そんなことは考えもしなかった。
似ているなとは、ほんのわずかに思ったけれど。
でもそう言われて、最初はティアラを付けていたっけと思い出した。
特に意味もなさそうだったから、装飾を落としても嫌だなと思って、宝石箱に入れたままだったはずだ。
私がエラの体を出た時から、それはエラに引き継いでもらっている。
「それで昨日、突然の訪問だったのですが、これを下さったスタンレドル伯爵家に行ってきたんです。これをどこで手に入れたのか、詳しくお聞きしたいと思って」
エラは本当に、抜け目ないというか……私よりもしっかりしているなと思った。
「ただ、あまり詳しくは分からなかったのです……。何代も前のご当主が、森の深くで偶然見つけたらしいということしか。掘り起こすために、散財したという話も残っているようですが。それがどの森なのか、結局はほとんど何も聞けなかったに等しいんですけども」
「十分よ。きっと、同じものだろうなって思う。そもそも、こんな翼が他にも沢山あってたまるもんですか」
「フフッ。それもそうですね」
……私がエイシアを探しに入った時でさえ、手付かずの森だった。
場所がそこで間違いないのであれば、仮に何千年も経っていたとしても、誰にも見つからずに放置されていた可能性はある。
そういえば、御遺体がどうなったかまでは見なかったけれど……。
でも、翼が同じ場所から出て来たのならば、少なくとも最初の冬を越えるまでは、あの場所に横たわっていたに違いない。
春以降は、自然の摂理で……土に還ったか、動物に荒らされてしまったかは、分からないけれど。
人間に荒らされたのでなければ、それでいいと思った。
「それにしても、衛星からの映像……私にしか見えていないのかと思ってた」
「あら、そんなのさすがに退屈ですよ。何もない空中に映っていたのには驚きましたけどね。その時にそれを言いたかったんですけど、おねえ様があまりに集中しているから、ガマンしたんですよ?」
褒めてくれと言わんばかりに、じぃっと私を見つめるエラ。
そういうところは、私なんかに似なくて良かったと思う。
素直にアピールをして、そうかと言ってしつこくもなく、許してしまう範囲で甘えてくるのは天性のものだろう。
「ほんとに可愛いなぁ、もう」
そう言うだけで照れるくせに。
その頬を赤く染めた表情は、もっと可愛らしかった。




