第九章 二十九、雪の中の情景
第九章 二十九、雪の中の情景
エルトアの話では、金属片そのものには、ゴーストの断片が入っているだけらしい。
そして、スパイダーの操作盤も調べてもらったけれど、衛星兵器を起動させるようなプログラムはなかったと言う。
彼女の推理を含めた総論としては、金属片で感情を揺さぶられた私自身が、衛星にリンクした瞬間に殲滅兵器を発見して起動し、いわば私の意志で撃とうとしていたのだろう……ということらしい。
一緒に聞いていたエラは……私に寄り添って離れようとせず、背中をさすってくれていた。
[あまり責めるのもどうかと思いますが、あなたも悪い]
エルトアからは、最後にそう言われた。
自分の意志でしたわけではないけれど……負の感情に呑まれたのもまた、自分だから。
だから、そういう言い方をされたのだろう。
それに、私が意識を失うと同時に、衛星兵器も止まったから事実でもある。
仕組まれていたプログラムなら、起動してしまったら最後まで作動して、世界中にその力を振るったことだろう。
「私……ほんとに、世界の敵だったんだ」
リリアナを護るためだの何だのと言って、それを言い訳に世界を滅ぼそうとしたのだ。
とんだ極悪人だ。
「おねえ様。誰しも、少し苛立っている時くらいあるじゃないですか。それに今なら、ちゃんと止められるはずですし、止めたらもう世界の敵ではありません」
エラは私を見上げて、当然の摂理だと言わんばかりに真っ直ぐの瞳をしている。
その確信めいた表情を見ていると、そんな気にさせられるのだから不思議だ。
私の、心の弱さなんかも全てお見通しの上で、しでかしかけたことも全部包み込んで、そう言ってくれている。
「エラは私に甘すぎよ。でも……ありがとう」
エラに背中を押されたような気持ちで、もう一度衛星にリンクしてみようと思った。
まずは兵器を完全に止めて――。
それから、ダラスの妻子の行方を調べる。
(今は……気持ちだって落ち着いているし、心の奥底の憎悪も、自覚した上で揺さぶられはしないと思えている)
きっと大丈夫だ。
虹色の大鳥の姿をふと、思い出した。
(借り物の力だろうと、正しく使えばいいんだ……)
だから、もう一度。
「エラ。私を見てて」
エラが側に居てくれている。
(エラに、おねえちゃんとしてしっかりした姿を見せないと)
自分の弱さに、呑まれている場合じゃない。
――そして私は、金属片を操作盤に置き、その上に手を乗せた。
『衛星リンク、再構築』
頭に響く、オートドールの自動音声。
『衛星《宙の瞳》にアクセス成功。通信時間残り三十分……』
そうだった。月が……衛星が沈むまでだったのに。
でも、焦って変なことになるくらいなら、明日またやり直せばいい。
そういう冷静さが、さっきはなかった。
『ダラス・ロアクローヴの正当継承者、ルネ・ファルミノを認証。これより衛星基地を再起動します。最高管理者権限において――』
権限において、さっきは兵器が起動されてしまった。
『――全機能解放。エネルギー残量フル。起動完了、システムオールグリーン』
さっきとは違って、勝手に兵器を作動させたりしていない。
(――成功した!)
そして視界の中に、使える機能一覧が表示されている。
ミラーリンク装置による、太陽光集束光線兵器『ルミエル』
とんでもない殲滅兵器なのに、なぜ可愛らしい響きの名前なのか。
他には武器や船の建造などがあるが、とりあえず無視しておこう。
欲しいのは、衛星写真でも動画でも、とにかく人を検索する機能だ。
過去に遡って、人を検索する機能があるかどうか。
そもそも、ダラスの作った衛星なのだから、自分や家族を護るための機能をきっと付けているはずだ。
……そう信じたい。
『シークレットモード。妻子警護システムの終了を確認』
オートドールの自動検索機能が先に見つけてくれたらしい。
システム自体が終了しているのは、すでに亡くなっているからだろう。
「映像を出して。最後に居たのはどこなの……。当時のお墓でもいい」
完全に集中していて、側にエラが居るのを忘れてひとりごちた。
「……おねえ様、みつかりそうですか?」
「あ。うん。たぶんだけどね」
隣で寄り添うエラを見ずに、視界の中で目まぐるしく流れる文字や画像を追う。
それはやがて、一組の母娘を映し出した。
(人魔だ……古代種だったんだ)
二人とも真っ白に輝く銀髪に、燃えるような赤い瞳をしていた。
母親は可愛らしいタイプの美人さんで、胸までかかる長い髪をゆったりと結んで前に流している姿が多い。
娘はまだ幼いものの、逆にその可愛さが極限まで際立っている。
変な趣味など持っていなくても、誘拐してでも側に置きたくなるような。
こんなにも美しくて、こんなにも可愛い母娘が居たら、誰も放ってはおかないだろう。
(ああ……やっぱり)
世界を巻き込んだ戦争で、世界中が混乱の渦中にある時こそ……人は欲望に忠実になる。
そんな人ばかりではないけれど、そういう人間が増えるのは事実だ。
ただ、ダラスは全てを予見していたのか、それとも用心のために備えていただけか、翼と剣をこの母娘に与えていたらしい。
娘には翼を、母親には剣を。
基本的には、幼い娘と共に、翼の力で逃げている映像や写真が多い。
どこか建物の中などでは、やむを得ずという形で母親が剣に頼っていたようだ。
剣の才がなくても、この剣が自動で動いてくれるのだ。
翼もきっと、飛ぶだけではなくて光線を撃てるだろう。
崩壊した建物が多いお陰で、衛星からでもその姿を追い易かったのだろう。
そうした状況さえ記録に残っている。
翼も剣も着けていない時の映像も沢山出て来たけれど、ということは、これは亡くなる時期よりも以前のものになる。
(もっと、亡くなる直前や亡くなっただろう時のものを……)
そう考えるだけで、それは指示となってまた検索が行われる。
そして、衛星からの情報が、更新されて視界の中に流れていく。
(襲われている映像ばかりじゃないのよ!)
翼で逃げては、また人の居る所に行っては襲われ……また逃げて、時には剣に頼って……剣で捌ききれない時はやはり、翼も自動で光線を放っている。
その度に、母娘の表情は辛く険しい、そして悲しみに支配されたものになっていく。
いつしか、映像は森の中のものばかりになった。
木々の隙間から映し出される二人の姿は、どう見てもぼろぼろだった。
それは衣服だけで、体に怪我などはないようではある。
けれど……衰弱しているようにも見える。
(木々の葉が落ちていて、映像として見やすいということは、これは冬に向かってるんだ)
『通信状況、切断。月没を確認』
「あっ……。そうか、もう時間が少なかったものね」
私の大きなひとり言に、エラが反応してくれた。
「月が沈んでしまったんですね。また、明日に見にきましょう」
「うん。そうする」
スパイダーの残骸を、持ち帰るには大き過ぎる。
私なら出来なくもないだろうけれど……盗られるような心配もないし、もしも何かの拍子に爆発などしたらと思ったら、ファルミノの中に入れるのは憚られた。
「今日は、エラもファルミノに泊まる?」
そう聞くと、エラは私の腕にぎゅっと引っ付いた。
「ほんとはそうしたいんですけど……着の身着のままで飛び出してきたので。さすがにパパが心配して可哀想ですから」
「そっか……それもそうよね」
今日は、私の方がエラと離れたくないらしかった。
そっと離された腕が、とても寂しい。
「パパとルナバルト様、ガラディオにもお伝えしておきますね。状況と、おねえ様が立派に敵を倒したことを。ファルミノは護られました、って」
「うん。お願い」
もう、立派なレディだ。
エラはいつの間にか、大人になってしまった。
ただ甘えるだけの子ではなかったけれど、今日は特に、見違えてそう感じる。
「それじゃおねえ様、またあした。会いにきますね? ……大丈夫ですか?」
私が引き止めてしまっているらしい。
「うん。大丈夫。色々あって、少し疲れちゃっただけだから。私もファルミノでお風呂に入って休むから、戻ったらエラも、ゆっくり休んでね」
そう告げるとエラは、「はい」と言ってその翼を広げた。
先程まで見ていた、映像の翼にそっくりだなと思いながら、雪の中へと飛んで行くエラが見えなくなるまで見送った。
「……エラと立場が、入れ替わっちゃったみたい」
もう少しだけエラを抱きしめていたかったなと、寂しい気持ちに私は包まれている。




