第九章 二十八、姉想いの実り
第九章 二十八、姉想いの実り
――記憶の網の中で、体がこんな風になるなんて。
風切り羽もなく、全身の羽もボロボロで、しかも心の傷痕が露呈して……ゴーストとしては瀕死の状態だったことにも驚いたけど。
それが、こんなに綺麗な虹色の鳥になるなんて。
「おねえ様……この記憶の網が、おねえ様に味方してくれたんですね」
エラは、ここでは変わらず可愛い小鳥のままだ。
「どうしてかは、分からないけどね」
エイシアはずっと私を睨んだままだけど……さっきよりは落ち着いて見える。
「茶番にも……ほどがあろう。ただの小娘ごときが、記憶の網を用いるなど。ありえん……」
もう、攻撃してくる様子ではないらしい。
「……エイシア。ごめん。私が、誰にも相談できずにずっと抱え込んでいたから、こんなことになって……」
現実の方で、ダラスの憎悪に呑まれたのは分かった。
そのせいで衛星の兵器を、起動させてしまった。
こっちでも取り乱して……エラの前で、死んでもいいやと思ってしまった。
「おねえ様は悪くありません。ただ、優し過ぎただけなんですから。でも、今はこうして、ちゃんと心を開いてくださったんですよね? あとでいっぱい、昔の嫌だったこともお話しましょう? そしたらきっと、気が晴れていきますから」
エラの方が落ち着いていて、しっかりしている。
「……うん。ちゃんと話す。辛いことも、ちゃんと……」
自分のことなんて、誰にも話したことがないけど。
でも、上手く話せなくても、エラには聞いてもらおう。
「……ちっ。ここでなら労せず刈り取れると思ったのだがな……戻るぞ」
「えっ?」
エイシアが憎々しく言葉をもらしたかと思ったら、消えてしまった。
「記憶の網から出たみたいですね。私たちも出ましょう」
出る方法を知らないのにと思った時には、小鳥のエラも姿を消した。
そして、私もまばたきをした瞬間に、実際の体へと戻っていた。
「おかえりなさい」
すぐさま声をかけてくれたエラに視線を向けると、どうやら私は、エラの膝枕で横たわっているらしい。
エラの胸のふくらみの先から、その深紅の瞳だけが覗き込んでいて、目が合った。
「……ごめん。重かったよね」
完全に意識が飛んでいたのだから、体はオロレア鉱製の、実際の重さになっていたはずだ。
「あら、私も念動が使えるんですよ? むしろおねえ様の体なら、片手でも抱えられます」
「そ、そっか。でも、起きるね」
そもそも、いつまでも寝転んでいる場合ではなかったのだから。
吹雪の中だし、衛星兵器も起動しかけたままだ。
でも見ると、エラはちゃんと翼の保護機能で寒さを凌いでいたので、そこは安心したけれど。
「そうだ、おねえ様。この金属の欠片……預かっています。これのせいでしょう? おねえ様が取り乱していたのは」
立ち上がった私に、そっと寄り添うようにエラもすぐ横に来た。
「それ……エラは持っていても平気なの?」
「私には何とも……。でも、ただの金属片ではないですね。悲しみと憎しみを、混ぜて固めたみたいな代物です」
エラの方が、私よりもよほど把握しているらしい。
「うん……私は呑まれちゃった」
「きっと、今は大丈夫ですよ。記憶の網で、あのお姿になった今なら」
「虹色の鳥……かぁ」
「はい! とっても綺麗でした! やっぱりおねえ様は素敵です!」
「ふふ、ありがと。でも……虹色、七色……七光りってことかなぁ」
素直に喜べないのは、故郷の言葉に『親の七光り』があるからだ。
「なんですか?」
「う~ん。平たく言えば、借り物の力ってこと。実力じゃなくて、与えられた力。そんなもので、私すごいでしょ~って使ってたら……恥ずかしいわよね」
これまでも散々、借り物の力ではしゃいでいたのだから今更だけれども。
「……それは、おねえ様のことじゃありません。だって、与えられたものだろうと何だろうと、おねえ様は……誰かのためにしか使っていませんから。その使い方は、誰にも文句なんて言わせません!」
「あら、ありがとう。エラは味方してくれるのね」
「はい! 当然です!」
「あ、そういえばエイシアは?」
「あの子は拗ねて、どこかに行ってしまいました。でもきっと、気にはなっているから近くに居ると思います」
エラは可憐な仕草で、伸ばした指を頬に当てたり腕を組んだりと、話す様子を見ているだけで魅入ってしまう。
そしてこんなに可愛らしいのに、なんだかとても頼り甲斐がある。
心ではずっと、いつの間にかエラに護られていたのだろうと、今なら分かる。
私の側に居ようと必死そうだったのが、いつの間にか……側に居てくれないと、私の方がきっと落ち着かないだろう。
そんなことを呑気に考えていたら、頭の中に緊急通信のコール音が鳴り響いた。
――エルトアだ。
彼女が造ったこの体だから、彼女の意志が最優先されるように出来ているのだ。
[意識が戻ったなら、早く連絡しなさい!]
物凄くお怒りになっている。
[す、すみません。色々と大変だったので……]
[大変なのは当然でしょう! 衛星兵器の動きは止まったけど、いつでも撃てる状態で止まっているのよ? 早く完全に止めなさい!]
[さ、さっきは勝手に起動してしまったんです。制御方法が分かりません]
[まったく……何をしているのか呆れてしまう]
[あの、ダラスの金属片に、問題があると思うんです。これがないと起動できないし、起動したら兵器が動き出すし……]
[キーに指令が先行入力されてるの? それを早く言いなさい!]
正直、振り回されているだけなのに怒られるのは、辛いものがある。
[そちらに持って行けばいいですか?]
[そんな悠長な事をしているのも恐ろしいの。しょうがない。あなたの体、少し借ります]
そう言われた瞬間に私の体は、勝手にエラの手から金属片をつまんで取り、ぎゅっとこの目に近付けた。
すると、目から少し幅のある赤いレーザーが出て、金属片にまんべんなく当てている。
目からも光線を撃てるのは知っていたけれど、こういうことも出来るのは知らなかった。
さすがのエラも驚いていて、大きな目をさらに見開いて私を凝視している。
操られている自分でも分かるくらいに、無機質な表情で目からレーザーを出しているのだから……きっと不気味に映っていることだろう……。
[解析出来ました]
こちらにお構いなしのエルトアの声からは、さっきまでのような焦りは消えていた。
つまり、懸念しているような恐ろしい事態は、すでに避けられたのだろう。




