第九章 二十、クモの中
第九章 二十、クモの中
私が敵を殲滅した翌日には、皆に笑顔が見えるようになっていた。
張り詰めていた街の空気も、吹雪はともかくとして、和らいだように感じる。
けれどお屋敷では、まだ作戦本部は解散していない。
砦の状況はまだ確認出来ていないし、周囲の状況も確実に安全なのか、まだ確証が持てないから。
この吹雪の中だから、森に入られたとて長期の滞在は不可能に近い。
火を起こそうにも、強すぎる風で種火に火がつかない。
暖を取れない部隊は、一晩で全滅するだろう。
雪を掘ってシェルターを作る手はあるけれど、翌朝、素直に出られるとも限らない。
作った時よりも分厚い壁か、ガチガチに凍り付いた外側を、大汗をかきながら叩き割って外に出たら、次は極寒の嵐。
体調管理など、まともに出来るわけがないからだ。
だから、ある程度の日数を決めて周囲の索敵を行っている。
そんな、かなり穏やかな作戦本部の前を通り過ぎ、リリアナとシロエが待つ執務室に向かった。
久しぶりに、顔を見て同じ時間を過ごせる。
「あら、ようやく起きてきたのね。寝坊助さん。ねえ、あなたが焼いた焦土だけど、地面が分厚いガラスみたいになってるって。一体ほんとに、何したのよ……まあとにかく座って」
「い、いや……細かいことは、また今度に……」
執務机から呆れた眼差しを向けるリリアナと、その隣は、生暖かい視線を素晴らしい笑顔で向けてくれるシロエ。
「シロエは私が怒られてるのを、嬉しそうに見るのやめてよ」
二人とゆっくり会えたのは、いつぶりだろう。
「ルネ様……いかがお過ごしでしたか? このシロエが居なくて、寂しかったことでしょう」
こういう時のシロエは、本気かどうか分からない。
「シロエ……。胸のサイズをジッと見ながら言うの、やめてよ……」
「フフフフ。お風呂をご一緒して、お嬢様と競い合っていた頃が懐かしいですね」
懐かしい。
オロレアに飛ばされて本当に最初の頃の一幕を、ずっと覚えてくれているらしい。
「そういえばルネ、あなたの結婚式……行けなくてごめんなさい」
「いえ、それは気にしないでください。理由もきちんと聞いていましたから」
リリアナは、王位継承権十三位という立場上、王権に深く入り込む形になった私の結婚式には出ない方が良いという、国王の見立てだったらしい。
だから、面識のあったアーロ王子の名も、来賓の名簿には無かった。
ここぞとばかりに貴族派連中を追い込むような形を見せると、また何をするか分からないから、ということだ。
絶対的な権利に対して、敵は深く潜る。
私としては、どうせするやつは悪いことをするのだし、来てもらいたかったというのが本音だけれども。
そんなよりも、後でスパイダーを調べに行くと告げると、また呆れた顔をされた。
「またあなたは……今度は何をやらかすつもりなの?」
「そ、そんないつでも何かしてしまってるみたいな……」
でも、リリアナにジィィっと冷たい目で見られていると、数々のじゃじゃ馬ぶりが思い出される。
「まったく。まぁいいわ。何も言わずに行かれるより、こうして言ってくれた方がまだマシだもの」
言われている内容はやっぱり、少し怒られてはいるのだけど……この懐かしい感じが、さっきからずっと嬉しい。
リリアナは基本的にファルミノに居るので、こうして何かがないと、なかなか会えない。
「ルネ~? なんで怒られてるのに、ちょっとニヤつきながら照れてるのよ」
そこを指摘されると、もう楽しくなってしまって、笑うしか出来なくなった。
「プッ。フフフフフ。だって、リリアナとシロエと一緒に、こうしてゆっくり話せているのが懐かしくて……楽しいんです」
「ああ、ルネ様。私もずっとお会いしたかったんですから。外からお戻りになったら、一緒にお風呂に入りましょう」
「シロエってば、またあんたは! 節操のないことをするのね!」
「いいじゃないですかお嬢様、同一人物なんですからどこもやましいことはありません!」
また、懐かしいケンカが始まった。
「あー言えばこう言う。シロエはエラとルネに対して、執着が怖いのよ」
「執着じゃありません。お嬢様。……愛、です」
「……それはちょっと、信じられない」
最後に私がそう言うと、二人はおもいきり笑った。
私も釣られて笑った。
すると、リリアナは急に物悲しい顔をして、席を立った。私も、なんとなく察して立ち上がる。
そして三人同時に……近くに集まって、ぎゅっと抱きしめ合った。
「ルネ。あなたが居ないと、寂しいじゃない。早く私を手伝いに来て」
「ルネ様。私もお嬢様も、ルネ様のことをひと時も忘れたことがないんですからね」
「はい…………。いつも、ありがとうございます」
**
しばらくして、私は吹雪の中、スパイダーがあった所に戻ってきた。
半分近く雪で埋まっていたのを、光線を加減して溶かして中へと入ると、かなりシンプルな構造だった。
クモの腹の中は……丸くて白い空間に、壁に対して座席と何かしらの機器があった。
横に位置するそれらは、おそらくドールの操縦席だろう。顔まで覆う、薄い金属製のヘルメットのようなものと、肘置きには手の部分に丸いものが備わっている。
正面部分には同じ金属製でハーフタイプのヘルメットと、金属製の大きな板が一枚、備えてあった。
「操作するなら、正面のヘルメット……被らないとだよね」




