第九章 十九、繋がる想い
第九章 十九、繋がる想い
――なぜ、ファルミノが伝令も出せないような攻め込まれ方をしたのか。
それには、いくつかの要因が重なっていた。
ひとつは、この吹雪。
毎年、厳冬期にはこのくらいの吹雪はある。
だけど今回違ったのは、敵と内通していた裏切り者が処罰されたのを機に、敵が動き出したこと。
ついこの間、その問題は解決したかに思えたけれど、関所砦の警備の穴が残ったままだったり、森への抜け道がまだ隠されていたり……その弊害は今なお残っていたらしい。
ただ、吹雪でさえなければ……関所砦を完全に抜けられることはなかった。
もうひとつは、敵がいつの間にか、古代兵器を手にしていたこと。
そして、その使い方も知っていたこと。
ファルミノの北方に位置する敵国……本来は同盟という形を取っていたのだけれど、その実は同盟など形だけのものだったのだ。
それを見過ごしていたわけではないけれど、その隣国に置いていたスパイが、裏切り者のせいで消されていた。
新たに補充するにも、潜入までしていたスパイをそう易々と送り込めるものではない。
そのせいで、隣国が極秘裏に進めた古代兵器の発見や発掘に関して、何も情報がなかったことが、今回大きな後れを取った理由だった。
そうした諸々のことが重なった上で、北の関所砦では……見張りが、熱線攻撃で音もなく撃たれて侵入を許してしまったのだ。
関所砦の門は、ファルミノの街ほど頑強ではない。そこで止めようにも、大軍が来れば意味が無いからだ。
少しの時間を稼いでいる間に、ファルミノに伝令を向かわせるのが一番の役割となる。
その門を、あの白い人形に早々に破られては、対応出来るはずもなく――。
伝令を送ろうにも、かなりの射程で後ろから熱線で殺される。
砦の構造をかなり正確に把握されていて、動きも読まれていたせいで何もさせてもらえなかった。
つまりは、要となる砦を完全制圧されてしまったのだ。
ここから、敵の本隊とスパイダーは森に隠れた。
残りは白い人型が三体だけ。
――吹雪の中で、敵にそういう物が在ると知らなければ、どんなに熟練の見張りであっても見逃してしまう。
気付けば、ファルミノは最初に侵攻された北からではなく、南正面の城門まで回り込まれてしまったのだ。
そこを抑えられると、北の裏門から出ようとも、近くを通る道しかないせいで熱線を受けることになる。
森に入って抜けようにも、獣の群れに遭遇するリスクよりも、吹雪で遭難するリスクの方が高い。
後から分かったことだけど、リスクを取って森から行こうにも、敵本隊が森に潜んでいた。
吹雪のせいで狼煙など意味が無いし、もちろん、鏡を使った光の伝令も出来ない。
そうなると、人が直接向かうしかなくなる。
そこで、ガラディオが決死の突破を試みることになった。
なんとか、彼が伝令をやり遂げたお陰で今、ここに私が居る……というのが、今回の顛末だ。
それにしても、敵がオロレア鉱製の兵器を使うと……こんなに厄介なものはないと思い知った。
ガラディオでさえ、突破するのがやっとだったのだから。
単純な熱線しか撃てないドール一体でさえあの硬さだから、この刀と光線とを使っても、かなり危険を伴った。
スパイダーに対してもそう。
もしも、あれらの扱いに長けた人間が操縦していたら……私も無傷では済まなったかもしれない。
今回は、スパイダーが隠れていて順次撃破出来たけれど、ドール達と連携して遠距離同士で撃ってこられていたら、相当厄介だった。
戦闘に長けた人魔達でなくて、本当に良かった。
訓練された人魔……射撃も近接格闘も出来るドールとスパイダー。そんなのが相手だったら、私一人では倒せないかもしれない。
広い場所なら、まだ火力でごり押し出来るだろうけども。
(そういえば、私はどうしてオロレア鉱の塊のような、この体を操れるのかしら)
元々、私など関係なく単体で動けるものだっただろうけど。
それだけではなくて、エラだった時と同じように、意識を通せば重さが消えることだ。
それをなぜか、当たり前のように思っていたけれど、エラならともかく……私は本来、人魔ではない。
(エラから離れた今でも、オロレア鉱の刀と体を同じように扱えているのは、なぜ?)
――いや、そうか。
情報として知ったことが、まだ頭の中でしっかりと繋がっていなかった。
(そう。私のゴーストの元は……ルナバルトの、奥さんだ)
その人は、古代種――人魔だった。
そんな偶然、まるで…………というか、本当に……奇跡的な確率だ。
考えれば、考えるほど……。
私は――ゴーストが人魔のもので、それなりに発展したチキュウで育ち、科学者が起こした事故で殺され、オロレアにゴーストを飛ばされた。
人魔である、瀕死のエラの中に……。
今でなら、その時にエラも私も生き延びたことさえ、奇跡的だと思う。
あんな、獣がいつ出てもおかしくない街道の脇で。
そこにリリアナ達が通りかかったことも、彼女が王族で公爵家の孫で……お義父様に養子にしてもらったのも、考えられないくらいの幸運だ。
オロレア鉱に触れる機会があったのも、そう。
私が武術を、それもかなり特殊なものを修めていたという経験がなければ、オロレア鉱が人魔の念動に反応することさえ、誰も気付かないままだった。
エイシアに出会ったことさえ、今思えば、まるで無理矢理にでも導かれてしまうようだった。
翼を手に入れていて、ミリアの家のためにと動いた結果、回遊都市を発見したことも。
そのお陰で、この特別製のオートドールを手に入れたことも。
何もかもが、ありえないことだらけだ。
……『奇跡』のひと言では、とても形容できない。
連続する奇跡を……何と呼べばいいだろう。
(そして……そのどれもが、ダラス・ロアクローヴの、ささやかな願いに込めた、執念――)
彼の執念が、私に奇跡を与え続けている。
それはつまり、やっぱりというか……彼の願いを、聞き届けないわけにはいかないと、思わせられる。
(叶えてあげたい)
――と。
それならやっぱり、施設探しを面倒がっている場合ではない。
使えるものがあるうちに、施設が稼働限界を迎える前に……。
(そういえば、あの敵のドールと、スパイダーの残骸……)
スパイダーの中の機能自体は、壊していない。
あれに、衛星と通信するための何かが、あるのではないだろうか。
あれを作ったのは間違いなく、ダラス・ロアクローヴだ。
しかも、軍用品。
回収するにも重過ぎて、普通には運べないから放置したままのはず。
(なんですぐに、考え付かなかったんだろう……。あれを、見に行こう)




