第九章 十七、無常な戦争
第九章 十七、無常な戦争
敵の、輸送兵器であるスパイダーとの戦闘は、終始こちらが優位に立っていた。
熱線こそ、さっきのドール達よりも多く撃てるらしいけれど、操縦者のせいかその兵器の限界か、動きが単調なのだ。
最初の数回だけは、こちらの光線を前足で防がれたものの、その器用に動く前足の関節部を狙った攻撃で、一分も経たないうちに左右二本とも破壊した。
そして、他の敵本隊の位置も、おおよそを割り出してしまった。
少し離れた森の中に陣取っていて、スパイダーとドールで城門を破った後に、雪崩れ込む作戦でも立てていたのだろう。
スパイダーとの戦闘中も、加勢するつもりがないらしい。
……私はというと、オートドールと翼が自動で動くままに任せている。
上空、スパイダーのほぼ真上に位置取ったまま、単調な熱線攻撃をくるりと旋回して回避しながら、ほぼ一方的に光線を当てている。
敵の機動力が低いのか、操縦のせいなのかは分からないけれど。
あと数分のうちに、スパイダーの無駄に硬い装甲さえもなんとかして、制圧出来そうだ。
「中の人……どうにか説得出来ないかしら」
古代種が――人魔が中に居るのなら、助けたいと思ってしまっている。
『敵機の起動力無効化に成功。動力源、及び火器の無効化を継続』
「順調ね。って、ちょっと待って。動力源て人でしょ? 火器だけにして」
吹雪の中、白いクモの姿というのは非常に見分け難いけれど、拡大映像が視界に重なって映し出された。
八本の脚は見事に焼き切られ、頭と胸、そして大きな胴体だけの達磨姿で転がっている。
頭部には本物のクモのように、左右数個ずつある赤い目が光る。
胸部の背中側には、数本の突起が左右均等に並んでいて、そこから熱線を撃っているらしい。
ひときわ大きな胴体部に、操縦する人魔たちが入っているのだろう。
その白いクモ姿、全身がオロレア鉱で、胴は特に分厚そうだ。
――その拡大映像を私が見ている間にも、オートドールと翼は戦闘を継続している。
さっきよりもさらに単調になった熱線攻撃を、悠々と回避しながらその突起目掛けての、集中砲火。
狙いをつけやすいからか、光線を見事に集束させて一本一本、突起を焼き潰していっている。
『火器沈黙』
……私がやるよりも、断然早くて安全で、的確な処理だった。
『――近接攻撃に注意』
中の人に話しかけようと、下降している時にその勧告が視界の端に出た。
「うん。気をつける」
そうして私は、スパイダーから十数メートル離れたところに、ゆっくりと降り立った。
「中の人達! 聞こえるかしら! 攻撃しないから、出てきて私の話を聞いて!」
果たして、聞き入れてくれるだろうか。
オートドールと翼は、警戒態勢を解かずにいつでも反応出来る態勢だ。
それを警戒して、何かの近接武器で攻撃される可能性もあるけれど。
「聞こえますか! もしも無理矢理戦わされているなら、助けたいの!」
と言っても、保護してからのことはまだ、何も考えていないけれど……。
そんなことを思いながら、もう二度ほど、声を掛けた時だった。
スパイダーの赤い目が、光を失った。
そして胴部分の後ろから、それを盾にするようにその身を少しだけ覗かせて、人が出て来た。
白っぽい戦闘服に身を包んだ、女の人。
「こ、降参するから、殺さないで!」
若い、まだ少女のような声。
吹雪が木々の間からも、しっかりと吹き込んでいて姿ははっきりとは、分からない。
「殺さないわ! でも、怪しい動きをしないでね! 自動的に反撃してしまうから!」
少しの脅しと警戒は、むしろ今の状況には必要だと思った。
お互いに怯えているのだと知らせれば、早く警戒を解けるはずだから。
「し、しません! 両手を上げて出ますから! 撃たないでください!」
彼女は、スパイダーの陰からゆっくりとその姿を見せた。
そしてその両手を、ゆっくりと上げていく。
じっとこちらを見る赤い目は、古代種――人魔のものだ。
警戒と恐怖、そして、助けを求めつつも疑いを捨てきれない、陰のある瞳。
「大丈夫だから! ゆっくりとこちらに歩いて来て!」
敵の本隊は、三百メートル以上離れた所に居る。
彼らが、他にも白兵戦用の古代武器を持っていたら……狙撃される距離ではある。
でも、そんなものを持っていたら、三体のドールと一緒に、城門破りに参加するのではないか。
だから、私も彼女も、狙撃されたりはしないはず……。
けれどそれは、確証ではない。
もう少し早く、彼女にはこっちに来てほしい。
ちょうど、あと二メートルもこちらに来れば、スパイダーの胴が敵本体との射線上に入ってくれる。
(今から羽剣を盾代わりに飛ばしたとしても、彼女を警戒させてしまう。でも、あと三人は居るはず……)
ならばなおさら、説明をして羽剣を飛ばすべきだろうか。
『熱源感知』
その警告文が視界に映った瞬間、私の体は一気に、上空へと回避していた。
「うそでしょ?」
そして、私の意志に沿ってくれたのか、羽剣を地に向けて飛ばしていた。
――だけど、オートドールと翼の判断は、私を第一に優先していた。
だから同時ではなく、この体を飛翔させてから、飛ばしたのだ。
たぶん、羽剣を飛ばしてからでは、ワンテンポ遅れるのだろう――。
下では、さっきまで彼女が居ただろう場所に……彼女が横たわっているようにこの目には映る。
そして、スパイダーの胴の、後ろ部分にも数人……並んで横になっているように見えた。
「なんで……?」
この、オートドールの目が、見間違うはずもない。
「なんでよ?」
私の判断が、甘かった?
「そこまでする必要……ある?」
先に、敵の本隊を叩いておけばよかった。
「味方でしょう……?」
援護射撃をしてこなかったものだから……ここまで届く武器を、やっぱり持っていないのだろうと、その油断の方を取ってしまった。
「まさか、味方を撃つなんてことを」
――いや、人のそうした所業を、何度見てきたのだ、私は。
人を利用して、人を貶めて、人を人と思わない。
そんな人もどきも多く居ると、どうして忘れてしまったのだろう。
「……許さない」
こんな戦場でも、救える命があるのだと……期待したのに。
「そうよね。こんな吹雪の中を、奇襲する卑怯者達だものね」
一瞬の判断の甘さが、私にもあった。
けれど……。
命を容易く……。
それも、仲間の命を……。
「……そっちは、街には何の被害もないのよ」
手加減する必要がない。
「……撃て。オートドール」
全力で、焼き払ってしまえ――。
**
――そこにあったはずの森は、一角がまるまる消えてしまった。
まるでハサミで切り取ったかのように。
その焼け焦げた土が、硝子化するほどに焼き尽くしてしまった。
「……どの国が攻めてきたのか、分からなくなっちゃったわね」
やがてその土が吹雪で冷まされ、そして白く色づいてゆく。
私が放った光線も、白かった。
白い光が、雪へと姿を変えて、そして積もっていく。
「リリアナに、怒られちゃうかしら……」
ファルミノの街は守ったけれど、私は……。
救いたかった人達を、救えなかった。




