第九章 十六、オートドールとの連携戦闘
第九章 十六、オートドールとの連携戦闘
ファルミノは……静かだ。
私は浮遊に近い状態で、ゆっくりと街に――城壁に近付きつつある。
街の静けさは……吹雪にかき消されている訳ではなく、街が攻められているような喧騒はない。
ただ、以前見た姿とは形が違う。
――そうか、街の拡大を、城壁ごと行っている大工事の最中だった。
それを思い出して、リリアナが工事を急ぎたそうにしていた理由を理解した。
「真冬に工事はほとんど出来そうにない。そんな中、こんな風に攻め込まれたりしたら……足場に使われてしまうのね」
それをさせないために、ひと区画分くらいを増設しきったのだろう。
城壁は形を変えつつも、その機能をしっかりと維持しているように見える。
でも、不気味な静けさが不安を煽る。
「……まさか、ガラディオが来ている間に落とされた?」
いや、それにしても静かだし、かがり火の明りと、その煙が流されている程度しか火の気がない。
ならば、敵のドールはどこだ。
どこから攻めている?
他に敵は?
徐々に近づくにつれ、頑強な城門が、はっきりと見えるようになってきた。
「まだ、辛うじて……こじ開けられてはないわね」
暗視モードの目は、かがり火のお陰で十分に見渡せている。
鋼鉄製の城門がボロボロになっているのは分かったけれど、敵兵は見えない。
「正面じゃなくて、裏門? でも、それならガラディオが傷付いていた意味が通らない」
そう、敵は間違いなく、こちら側を封じているはずだ。
そんな考えを巡らせていると、視界の端に『熱源感知』の文字とアラートが頭に響いた。
「えっ?」
『――緊急回避』
体が、予想外の方向に急旋回しながら跳ね飛んだ。
「うっ!」
オートドールと翼の自動回避に、私がついていけずに視界が定まらない。
自分が今、天を向いているのか地に向かっているのかさえ――。
でも、その程度で済んで良かったのだ。
体を掠めるように、赤い熱線が何本も見えた。
滅茶苦茶な飛び跳ね方をしている私を、的確に追いかけて熱線を放っている。
「くそっ!」
精度の高い射撃を受けて、先制されたことを悔やんだ。
『熱源消失。反撃開始――』
「あっ、だめっ!」
自動でそうするだろうと思っていたけれど、それが城門や城壁に当たっては敵の思う壺だ。
咄嗟に制止して、目標の捕捉だけにとどめた。
「城門に当たらない角度から斉射よ」
やっぱり敵は、街の正面、こちら側に居た。
もしかしなくても、音速を超える速度のせいで、かなり前から私の存在がバレていたのだろう。
見つかりにくい影に潜んで、私を狙いやすい状態で撃ってきたのだ。
しかも、無機物であるせいで、気配では読めなかった。
「相手が同じ水準の兵器だと、私は何の役にも立たないわね……」
翼は私を急上昇させて角度をつけ、こちらの攻撃が城壁に当たらないよう、工夫してくれている。
私が敵なら、城門の破壊を少しでも進めながら、私の射線が城門に重なる形で戦うけれど……。
敵のドールは、私を追って出てきてくれたらしい。
「壊しかけの城門の破片にでも、隠れていたのかしら。あまり賢くない敵で良かった」
『――熱源感知』
「今!」
私の指示で、回避行動と同時に、敵ドールに向けて光線を撃てるだけ撃たせた。
『緊急回避』の文字とアラートが頭に響いてはいるものの――。
空中で、風に吹かれる木の葉のように、不規則な落ち方をしながら光線で反撃を行った。
しかし敵の熱線は、回避に専念していない私をさすがに捉えた。
翼の羽が何枚か焼かれ、溶岩のように赤く光る。
「さすがに被弾したか……」
けれど、エルトアの造った翼もなかなかのものだった。
その加熱された羽は、瞬く間に普段の白い色に戻っていく。
「さすがは回遊都市の科学者筆頭。敵は――?」
こちらの攻撃も敵に当たったらしいけれど、動きを停止させるほどではなかった。
私の翼と同じように、ひと時だけ赤く熱を帯びただけで平然としている。
オロレア鉱の外装を持つ者同士が、光線の撃ち合いで決まるわけがないのだ。
――分厚い刃にしてもらって良かった。
刀での直接攻撃で、細い部分をぶった斬るしかない。そう考えた。
「行けえええぇぇええええ!」
敵の熱線は、何発か撃った後にタイムラグがあった。
それが必要なインターバルなのか、単に撃ち止めただけかは分からないけれど――。
敵の熱線に対して、翼がいくらか耐えられると知っての特攻だ。
――私は瞬時に音速に近付き、その速度で叩きつけるように、ノコノコと射線に出て来た敵ドールへと振り下ろした。
ドガン! という鈍い金属音と、全身に跳ね返る凄まじい衝撃で、私が弾き飛ばされた。
「くううッ!」
違う。オートドールと翼が連動して、反射的に衝撃を逃がしてくれたらしい。
そのまま急上昇しながら、今しがた刀を叩きつけた敵ドールに、光線も放っている。
――私が振り下ろした刀の、その断裂した傷に目掛けて。
「……いい判断ね」
……むしろ、見習わなければならない。
お陰で、三体のうち、一体は完全に沈黙した。
私は、刀を振り切った後の攻撃まで考えられていなかった。
回避は必要だと思って、横に飛ぶつもりだったけれど……。
オートドールの戦闘用演算は、真上への回避的急上昇と、光線の速射攻撃まで考えていたらしい。
そして今は、敵ドールの熱線を見事に躱してくれている。
――しかも、私の斬撃を有効と認めたのか、即座に特攻を繰り返した。
「くっ! 私の判断が追い付いてない!」
そんなことはお構いなしで、オートドールが私の動きを模倣して、すでに斬撃体制で構え――。
ドガン! と、もう一体を見事に断ち割った。
そしてその傷に向けて、翼が光線を速射する。
敵ドールも負けじと、上に跳ねた私に向かって熱線を放つ――。
けれど、翼は攻撃のタイミングを読みきったのだろう。
悠々と翻って躱し、そしてまた、この体は急降下の斬撃を打ち込んだ。
そして――最後はそのまま、刀を下へと押し込みながら、刀から光線を発して中から焼き斬った。
……敵ドールは、三体とも完全に動かなくなった。
見た感じ、ほとんどがオロレア鉱で造られていて、中に複雑な機器が詰め込まれているわけではなさそうだった。
けれど、大きめのアンテナのような受信装置が、その体部分の中に見えた。
焼け焦げてはいるけれど、オートドールがそう判断している。
『全受信装置破壊。及び、送信元を確定。森林内、方位距離確定。攻撃用意?』
目の端には、すでに膨大なログが流れていて、最後にその文字が今、静止したので読みきれた。
一応、その敵に先手を打たれていないので、オートドールの戦闘用演算は私に聞いてくれているらしい。
「うん。それを破壊しないとね」
うっかり、ひと心地つきそうになる。
でも、送信元はたぶん、スパイダーと呼ばれるクモ型の輸送戦闘兵器だ。
中に、人間も乗っている。
しかも十中八九、人魔……古代種が乗せられているはずだ。
兵士としてなら、ともかく。
もしも無理矢理戦わされているのだとしたら……私は殺せるのだろうか。
『熱源感知』
――回避行動は体と翼に任せて、私はまだ考えていた。
先制を取られた今でも、まだ迷っている。
『特定。輸送兵器スパイダー量産型。反撃開始』
……私の迷いなどお構いなしに、エルトアの造ったオートドールは、スパイダーへの攻撃プランを持っているらしい。
とすると、さっきも私が特攻をかけなくても、敵ドールへの攻撃プランは持っていたということか。
私が城門を巻き込みたくなかったから、私の意志に従ってくれただけで。
なら、私が安全に戦えるように、オートドールに任せてみよう。
――迷いを持ったままの私だと、取り返しのつかない失敗をしそうだから。




