第九章 十五、吹雪の夜の訪問者
第九章 十五、吹雪の夜の訪問者
それは、ルナバルトと一緒に夕食を摂った後のこと。
日の短い今の季節は、夕食という名のおやつ時間のようなものだけど。
一日が短いので、料理長はその量も上手く調節してくれている。
夏のように遅くまで起きている人用に、夜食も用意しなくてはいけないので大変そうだ。
私はというと、季節に合わせて……というか、エラがよく寝るので彼女に合わせることが多い。
特に今日は、エラの寝室で寝る日なので、すでにベッドでエラとくつろいでいる。
そんな普段通りの日常の中、まさか彼が、こんな吹雪の中を半日かけず、日が落ちきるまでに駆け抜けてくるなんて――。
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――エイシアが吹雪の中でも平然としている話だとか、私が居ない時のルナバルトは、エラに対してまだ遠慮気味だとか、そういう普段のことを聞いたりしていた。
ただ、窓には時折、強い風がゴウと吹き当って、大粒の雪がびしゃりと投げつけられる。
その度に、エラは体をビクリとさせて、辛かった昔の冬を思い出しているらしかった。
私にぎゅっとしがみついては、その記憶を引き剥がすみたいに、私からゆっくりと離れる。
それを繰り返している。
「おねえ様が居ると、嵐の冬も怖くありません」
少しだけ強がっているような、けれど、その目にはしっかりとした強い光を感じる。
「ほんとう? それなら嬉しいな。私もエラと一緒だと寂しくないし」
「ほんとですか? ほんとはルナバルト様の方が良くないですか? 私、数日に一回はおねえ様を横取りしちゃって……」
そう言って目を伏せて、遠慮している態度を取る。
それには計算も入ってはいるのだけど、可愛いエラのすることは、全てが愛おしくてたまらない。
私はエラの体を包むように抱きしめて、その頭に頬ずりをしてしまうというのが、いつものパターンみたいになっている。
「もう。頭ではなくて、ほっぺにしてください。あと、キスもしてください」
長い銀髪が崩されるのを嫌がって、そしてもっと、肌の温もりが欲しいとねだってくる。
それを見込んだ、私の計算の上だけれど。
「このふわふわのほっぺに、キスしてもいいのかしら?」
「キャハハハ。おねえ様くすぐったいです」
くちびるを当てて頬をくすぐるのが、最近の流れだ。
そして、ひと通りじゃれ合ったら、そのまま二人で眠りにつく。
その、まさにキャッキャと遊んでいる時だった。
吹雪く強風さえも、その大声に唸りを止めた。
『将軍! アドレー将軍! 緊急の援軍を求める!』
この三階にまで轟く大声は、聞き馴染んだ人のものだった。
「……ガラディオだわ。彼が……彼が援軍を呼びに来るなんて!」
「おねえ様。着替えて降りましょう。きっとおねえ様のお力が必要なはずです」
エラも察していた。
私にはないはずの心臓が、緊張で締め付けられるような嫌な感覚が、胸の中いっぱいに広がっていく。
「ごめんねエラ。今日はフィナと寝て頂戴ね」
「大丈夫ですから。お早く」
私は頷くと、さっと隊服に着替えて、刀を手に取って部屋を飛び出した。
一階のエントランスに降りた時には、おとう様とガラディオ、ルナバルトがすでに話し込んでいた。
雪まみれのガラディオは、全身の雪に赤いものを滲ませている。
一瞬、返り血かと思ったそれは今でも広がり続けていて、傷の深さを物語っていた。
「ガラディオ! その傷は……」
よく見れば、彼が手に持っているのは折れたハルバートだった。
全て鋼鉄製の、彼の膂力でしか扱えない武神の象徴。
それが、折られている。
彼は憔悴しきっていて、この場に来たことで精根尽きたように、フラフラだった。
そのガラディオに代わって、おとう様が苦渋に満ちた顔で私に言った。
「ルネ……。すまんが、お前の力を貸してくれ」
とんでもないことが、ファルミノで起きている――。
彼が、ガラディオが伝令として来ること自体が、絶対にありえないことなのだから。
「ガラディオがファルミノを単騎で離れるなんて、一体、なにが……」
「ルネ。古代兵器らしきものに、街が襲われているらしい。こやつが深手を負う事態など考えられん。が、これが事実だというのだ。こやつしか、城壁を生きて出て来れなかったのだ」
おとう様は、目の前の事実を受け入れつつも、どこかでこれは現実なのかと迷っている様子だった。
私も、頭が追い付かないでいる。
そんな私に、ガラディオはか細い声で、縋るように言った。
「ルネ……。その力、話は将軍に、聞いている……。お嬢様を……リリアナを、頼む」
――私の今の姿で、エラだった時のように、以前のように友愛を示すことが出来ないのを、一瞬だけ悔やんだ。
この人は、私がエラだったことを知らないから。
でも、今はそんな時ではない。
そう言い聞かせて、翼を着けてすぐに出発することにした。
「パパ。ガラディオ。任せてください。ルナバルト様――」
「ああ。無事を祈っている」
「はい。――行ってきます」
短く報告を聞いた私は、それだけを交わして吹雪の中に飛び出し、そしてすぐさま音速域を超えて向かった。
……ガラディオは、巨体の彼を乗せられる愛馬を、使い潰していた。
開いた玄関の側で、横たわる大きな黒馬を見たから。
その姿はすでに、吹雪のせいで、張り付くような白に凍り付いていた。
ガラディオは傷だらけだったけれど、馬に傷はないように見えた。
つまり、おとう様の元に来るために最も大切な、愛馬をその身で護って……その上でなお、命を削り取るような走らせ方をしなければならない、そんな状況だったということだ。
――短い会話の中で、敵は白い人形が三体と聞いた。
それらは禁書の中で読んだ、『ドール』で間違いないだろう。
白兵戦で戦況をひっくり返した、無敵の兵器。
私は、ドールはオロレア鉱で造られた人型兵器だと思っている。
でも、回遊都市で見たオートドールたちとは違う。あれはおそらく、オロレア鉱ではない。
私のこの体だけが、特別製だった。
そんな貴重なものを、エルトアが私に預けた理由はたった一つ、ゴーストを移せると知ったから。
そのサンプルにしたくて、貴重とはいえ再生産可能な人形よりも、それを上回る希少なデータを欲したのだ。
つまりは、エルトアであっても、この体のような戦闘用のオートドールを作るには、かなりの資源と資金を使っている。
そんなものを、古代で同じような技術を持つ国とはいえ、大量生産は出来ないはずだ。
だから『ドール』は、人魔の念動を動力にした、シンプルな作りだろうと考えたのだ。
でも、本来なら接触していなければ、念動といえどもオロレア鉱を操れるものではない。
だから私は、古代兵器のドールが、どういう理屈で動いているのかをずっと考えていた。
それは、オートドールになった私だからこその推論がある。
一つは、人魔のゴーストを移しているというもの。
もう一つは、ドールと共に書かれていた『スパイダー』という兵器が、関係しているのではと考えている。
スパイダーは、輸送車両の役割と、兵器としての役割を持った輸送兵器だったのだろうというものだ。
それもオロレア鉱で造られていて、中に、人魔を何人か乗せている。
スパイダーを操る操縦者と、その中から、ドールを操る人魔を数人。
そしてそれは、遠隔システムを有していたのではないかと。
その推論が、当たりではないかと確信めいたのは、ガラディオの報告だった。
ドールと思しき白い人形は、人と同じくらいの背丈で、その手足は細い金属そのものだったらしいからだ。
ならば、ドールの中に人が入ることは出来ない。
私のように、ゴーストを移されている可能性もあるけれど……。
でも、あからさまな人形へと姿を変えられたら、人は正気を保っていられないだろう。
私が私で居られるのは、緻密で精密に人を再現した、この体だからだ。
そこまでが一気に繋がって、古代兵器の概要はこれだ、という確信に変わったのだ。
――二種類の兵器は、『スパイダー』という輸送兵器に数人の人魔が乗り、そこから『ドール』を人数分、遠隔で操作するという、二種一組である。
これが、古代戦争を終結に導いた、古代兵器の姿だったのだろう。
昔は、今よりももっと、人魔が居たのだ。
その彼らはもしかすると、今ほどの特殊な力はなかったのかもしれないけれど。
けれど念動の力だけは、確かなものだったのだろう。
虎魔であるエイシアが、その力を顕著に強く扱えるように。
そこまでの思考が一気に組み上がって、一人納得している十数分くらいの間に、ファルミノを眼前に迎えた。
城壁に、かがり火を焚いてくれているお陰で視界は悪くないけれど……。
すでに、完全な夜に飲み込まれている。




