第九章 十三、三つめの古代施設
第九章 十三、三つめの古代施設
古代のものとはいえ、精密な地図を手に入れたのは大きかった。
オートドール任せで、目標の施設を指定して海への迂回ルートを定めると、後は自動飛行だった。
この体の頑強さを頼りに、音速を遥かに超える速度で飛行したらしく、あっという間に到着した。
これなら、日帰りで行ける範囲がかなり広がる。
もしかすると、最高速度で飛行すればこの星のどこにでも、何時間かで行けてしまうかもしれない。
そしてその分、施設探しや調査に時間を使える。
今回の施設は、水の生産施設だった。
大山脈から離れ、それらに比べれば緩やかな山々の中腹に、洞窟のような入り口を保ったまま残っていた。
中はやはり、腐食を知らないかのような、金属製のプレートで建造されている。
土と雪が混じった汚れが、沢山付着していてかなり荒れてはいるものの、それは奥の扉までだった。
「……何千年もそのままだった割には、土が堆積しているわけでもないし……もっと後まで使われてたのかな」
けれど、扉が何をしても開かなかったので、刀で強引に開けてしまった。
そこから緩やかに下り道になっていて、電力がまだ生きているのか、不自然に明るい。
通路が幅広の階段であるのも、はっきりと見える。
慎重に進み降りて行き、数分ほどを下ると扉が見えた。
おそらくは、最奥の管理室。
ここの本体機器だけは生きていたらしく、大きなモニターと制御用の機器が、私が入室したことで反応して、稼働し出した。
意外なほどすんなりとリンクも出来たし、管理系と通信系にもアクセス出来た。
ここは生産施設というよりは、山で自然ろ過された水の水脈に干渉して、飲料水として使用するためのものらしい。
「発達した科学でも、水の使い方は同じなんだ」
もしかすると、お金持ち相手の自然水、という扱いかもしれないけれど。
施設の工場としての稼働は止まっていて、今更動かしても飲めるのかは分からない状態だ。
モニター画面に映る、衛生管理の文字の横に、使用不可と表示されている。
「稼働管理のための作業場が、こことは別の入り口にあるのね」
全体図を表示すると、私が入ってきた所よりも下の方に、工場があるらしい。
「それもそうか。私が通ったのって、ただの通路だったもの」
もしも私がエンジニアだったら、もっと色々と分かったりして興味深いのかもしれない。
でも、王国とは距離的に遠すぎて使うことも出来ないし、私はさっさと、目当てにしていたダラスのメッセージを探した。
…………けれど、それらしきものが見つからない。
オートドールに任せた操作ではあるけれど、自分でするよりも格段に正確だ。
だというのに、メッセージが見つからない。
それに、衛星へのリンクもなかったし、近くの施設とのリンク機能もない。
私がこの水施設にリンク出来ているのは、オートドールの機能でハッキングしているだけらしい。
「今回は、ハズレかぁ……」
せっかく海をまたいで来たのに……残念だ。
先日と今日のことで、『リンク可能な施設』といっても、ダラスのメッセージを受け取れる施設だとは限らない……というのが分かった。
私がリンク出来る可能性があるだけ……となると、ダラスの住んでいた国以外の施設は、全部ハズレの可能性が高いのではないだろうか。
「はぁぁ…………うそでしょ?」
最初の武器施設でしか、メッセージを受け取れていない。
自国の生産施設は、地図があったから当たりだと思っただけだ。
……道のりが、一気に遠くなった気がする。
私は、人が本当にがっくりとすると、肩を落とすものなのだというのを初めて、今まさに体験した。
肩だけではなくて、頭も下がっている。
「手当たり次第といっても、連日だと緊張もすごいし……明日はお休みにしよう」
移動も、自動とはいっても知らない所をひたすら飛び続けるというのは、かなりの緊張を強いられる。
不意の出来事で墜落しようものなら……そこで翼を失ったら……。
そんな風に、不安に思うことは沢山あるから。
初めての場所、知らない施設、そこに、古代の防犯設備が生きていたら……という緊張もずっと続く。
「その上、ハズレだった時の、この落胆加減は……つらい」
雲を掴むような話だ。
幸いにも、今日までの三つの施設はなんとか動いたけれど……もしかするともう、機能が完全に壊れているものもあるかもしれない。
古代の科学技術といっても、永遠に維持できるものではないだろうし。
ダラスも、衛星がまだ動くうちにと、急がせるメッセージを残していた。
……やっぱり、明日も探した方がいいだろうか。
「エルトアに、相談……した方がいいかな」
私ひとりで探し回るのは、さすがに効率が悪い。
でも、すぐに決断出来ない。
……なぜ迷うかというと、どういう人物なのかがはっきりと分からないから。
ダラスの軍事衛星ともなれば……彼女は飛びつくことだろう。
――その後は?
これまでの方針を翻したり、何かしら気が変わったり……しないだろうか。
あれだけの科学技術を持ちながらも、世界に干渉しないような都市だから、エルトアをはじめとして誰も妙なことはしないと思うけれど……。
「いや、変な勘ぐりはやめよう」
そもそも、私が王国を出て、この施設に居ることもエルトアは把握しているはずだ。
干渉してこないから忘れがちだけど、彼女は私の行動を、いつでも見ることが出来るのだから。
「……そう思うと、恥ずかしいわね…………」
ふと気になったのは、旦那様との伽や、気を許して甘えている時の姿――。
「まさかそんな、悪趣味なことはしていないわよね?」
覗かれているのではと心配になったけれど、エルトアはこういう話が好きではなかったから……大丈夫だと思うことにしよう。
「やっぱり相談しよう。衛星に干渉できる場所を知らないか。もしくは、回遊都市の通信を借りられないかを」
――そう決めたら、なんだか気持ちが軽くなった。
断られる可能性もあるけれど、理由を説明すれば、手助けくらいはしてくれるだろう。




