第九章 十二、世界地図
第九章 十二、世界地図
調査二日目。
生産施設では、これといって大きな前進はなかった。
消毒部屋を抜けた副中央管理室では、普段の生産管理以外、出来ないのは想像通りだった。
ただ、もっと階下にある大元の管理室でも、ダラスのメッセージは受け取れていなかったのだ。
そもそも、生産施設がリンク出来るのはこの国――おそらく、国までは古代と変化がなくて ――その範囲内に限定されているらしい。
「はぁ……ここは衛星とリンク出来ないのね……」
王城の武器施設とも主従関係が持たれているらしく、あちらからはアクセス出来てもこちらからは出来ない仕組みらしい。
一応リンクを繋げておこうかとも思ったけれど、今は私だけが使えるままにしておこうと考えて、リンクは切断状態から触らなかった。
「大変な調査になりそう……」
ただ、ここには世界地図データがあった。
半透明に記された、大きな球状の地図。
軍事施設ではないのに……と思ったけれど、その疑問もすぐに解消した。
――各品目の、本来の世界分布。
そして、この地方に適した品目、適さない品目に分けられていて、それぞれの詳細表示に地図データが連動してあるからだった。
施設内で温度調節をするなら育つけれど、外に持ち出して育つかは別であるというのが一目瞭然で、貴重な種を損失しないための知恵だったのだ。
そう思うと、古代文明の人たちも、ミスをしないための工夫を色々と凝らしていたのだなと、親近感が湧いた。
その地図データが、今となってはとんでもなく貴重なものになっているとは、古代では考えられなかっただろうけれど。
この星の精密な世界地図は、少なくとも私は見たことがない。
これまで見て来たこの国の地形図と、大きな違いこそないけれど……まず、世界全体のものがなかった。
せいぜいが、北は山脈を越えた隣国まで、南と東は海岸までで、西も山脈までしかなかった。
でもここには……全てが載っている。
私が居るのは、北半球にある横長の、五角形みたいな形の大陸だった。
その南東部、約五分の一くらいの大きさを占めているのが、この国のようだ。
地図データが古代のままで更新されていないなら、大陸には他に十の国々があったらしい。
つまりは、この国は大陸でも随一の領土を持っていることになる。
王都は……領土の中でも、北東に寄った位置にあるらしい。
「だから冬が厳しいのね……。その北に標高一万メートル前後の山脈とあるから、確かに山越えなんて、死にに行くようなものだわ」
しかも、思い出したけれど九千メートルくらいから空気が……酸素がほとんどなかったような記憶がある。
ならば、そもそも人間には絶対に越えられない。
季節風が西から吹いているとなれば、なおさら……。
「かなり迂回しないと、北の隣国にさえ行けないのね」
ファルミノから北西に避けるように北上すると、隣国と繋がる。
それでも、山間の道を抜けて……平野の少ない領土だ。
不毛の土地なのかもしれない。
表示されている品種の少なさが、それを物語っている。
ただこの表示は、その土地の名産や原産というだけで、それ以外は育たないのかというのとは、別の話かもしれないけれど。
「……今は地図データだけ、取り込んでいこう」
これと私の居る場所をリンクさせられたら、便利なんだけど。
「それこそ、衛星通信が必要になるのよね」
上手くは繋がらないものだなと、ため息が漏れた。
「っていうか、考えてみたら地図データって、この体に入っていないのはおかしいじゃない?」
エルトアが作ったものなのに、なぜ世界地図くらい入っていないのだろう。
今まで気にしなかった自分も悪いかもしれないけれど。
ただ、そんなことを思っている間に、オートドールの機能が良い感じに情報を同期してくれた。
『――現在地とマップデータ』
どうやら、これまでの移動した位置や距離と、精密な地図を照らし合わせて疑似的なナビ機能を作ってくれたらしい。
移動速度と進行方向を、常に地図と連動してくれるのだ。
「かんぺき……」
自分の純粋な能力ではないけれど、なんだか嬉しくなった。
「これで、他のリンク可能な施設の位置が詳しく分かるわね!」
ざっくりとした方向と距離しか分からなかったのが、今からは、地図を見ながらどのように向かえば良いのか、ルート選びが出来る。
ある意味、王城の施設に続いて、順調な滑り出しと言えるだろう。
地図や国のデータが、数千年前のものであるというのを、念頭に置いておかなくてはいけないけれど。
ただ、それも何だか、混乱しそうになる。
何せ、古代の方が文明が進んでいて、今の方が遅れているのだから。
古い情報というよりは、最高精度の情報なのに……今とは違う……。
「うん……。深く考えるのはやめよう?」
ひとり言でも言って、頭を整理しなくては本当に混乱する。
とりあえず、今日はこれで、またお屋敷に帰ろう。
明日のルート決めと、移動距離で日数を計算しなくてはいけない。
皆に心配をかけないために、なるべく正確な情報を報告したいから。
**
案の定、帰ると、おとう様とルナバルトにはからかわれた。
でも、笑顔だったのがやっぱり嬉しい。
エラも、侍女達にも、心配させてしまうのが心苦しいと思うし、心の底からそう思えるようになった。
ダラスの願いは……叶うかどうか分からない途方もない願いは、もう諦めてしまおうか。
少し、いや半分くらいは、そう思ってしまう。
だけど……。
何千年もの間、ご妻子への想いひとつだけで、あがいてきた彼の願いはやっぱり……無下には出来ない。
エラの体のままなら、無事ではいられないだろうと諦めていたけれど。
今のオートドールの体なら、あまりにも危険だという予測にならない限りは、頑張ろう。
そんな風に何度も心を揺らしながら、明日の予定を組み始めている。
東の海へ迂回するか、北西の国境超えの迂回にするか。
自然の驚異を考えるなら後者だし、他者に発見されるリスクを回避するなら前者のルートが良い。
(……後々に面倒になりそうなのは、やっぱり隣国の人に発見されてしまうリスクよね)
そう考えて、海に出る迂回ルートを計算した。
次の施設は、直線距離で見て、北の山脈を越えてすぐくらいの場所。
古代の地図では、平野ではなく山脈の中腹辺りのように思う。
精密な地図とは言っても、拡大図があるわけではないので、さすがに詳細までは分からない。
どちらかというと、人が居なさそうな山の中である方が、助かるけれど。
迂回する距離を考えても、それなりの速度で飛べばなんとか一日で往復出来る。
ただ、施設がすんなりと発見できればの話だから、調査まで出来るかは分からない。
(……発見を第一目標にして、何往復かするつもりで計画しよう)
一気にやってしまおうとすると、粗が出来るから。
それに、なるべく毎日戻りたい。
少しでも、安心させたい。
それと、やっぱり私も、一人で行動するのが不安なのだと思う。
初めての所に、しかも国外にこっそりと……侵入するわけなのだし。
それらを皆に報告して、今夜はルナバルト――旦那様の隣で眠りについた。




