第二章 二、環境と立場(二)
扉を出ると、物々しい戦馬車が一台停まっていた。
「これが……馬車?」
お義父様の箱馬車は、街道でリリアナが乗っていたものよりも遥かに頑強そうだった。
戦場に置いてある方がお似合いだ。
あの馬車も物々しくて強そうだったのに、その何倍も威圧感がある。
その前に立つお義父様も、威圧の度合いに違和感がない。
繋がれている馬も、オレの知っているよりもごつい。それが六頭。
「どうだ? 鋼の板金が中壁に仕込まれていてな、槍の一撃さえ通さんぞ。板金を何層にも重ねているから、中に居る限りは安全だ。外装は木材だが、意匠に凝っていてな――」
「――公爵様、出発が遅れますよ」
フィナがさらっと会話を中断させ、素知らぬ顔で礼をした。
早く乗れと、暗にでもこの大公爵に言える侍女は、フィナだけなのではと思った。
(いや、侍女ならシロエも言えそうだな……)
案外、気さくな人だから皆こうなのかもしれないなとも思った。
待機していた護衛騎士が、重々しい扉を開けてくれた。
お義父様がさっと乗り込み、上から手を差し伸べてくれている。
腰ほどの高さに登るので、上下車用の階段も置いてくれているのだが、引き上げてもらえるのはありがたい。
(オレ、今お嬢様っぽいな……)
フィナにも手を、と思ったら、騎士がすでに差し出していた。
フィナがその手に触れたかと思うと、予想外の身軽さでするりと乗り込んできだ。
(……メイド服は動きやすいのか?)
中は意外と広く、同じ並びに詰めれば三人座れるだろう。お義父様は大きいから、二人シートになってしまったが。
座ると、弾力と厚みのある柔らかいシートに驚いた。
壁には持ち手があり、揺れる時でも安定しやすそうだ。
向かいに座ったフィナも、この馬車に乗るのは初めてなのか同じように驚いていた。
「お気に召したかな?」
お義父様は嬉しそうに言った。
オレが目を輝かせて、あれこれと視線をやっている事が分かっているようだ。
「出発だ。窓から手を振ってやれ」
小さな四角い窓は、のぞき穴を気持ち大きくした程度だった。
片目と、指先を少し見せるようにして手を振る。
屋敷の前で大きく手を振る二人と、セバスや侍女たちも出て来て見送ってくれていた。
「そういえば、いらっしゃったときのように大々的なお見送りは無かったんですね」
お義父様が、街を上げての大喝采で迎えられていた事を思い出した。
「言うなれば、お忍びで帰るからな。お前を連れて帰る事は、外に漏らしたくないのだ」
外というのは、敵対しうる相手という事だ。
しかしこの馬車では、公爵が移動する事がバレバレなのではないだろうか。
「まあ、これで移動するからには、あまり意味はないがな」
お義父様はニヤリと笑う。
「やっぱり……」
「それよりも、何か気付かんか?」
自慢したくてしょうがないという雰囲気が、滲み出ている。
「ふふ。窓を見てすぐに分かりましたよ? これだけ厳重に、頑丈に囲ってあるのに天窓が大きくて明るいです」
それは、矛盾しないだろうかと思っていたから、教えてくれるのは素直に嬉しい。
「その通りだ。普通に囲っては、中が真っ暗になるからな。鉄格子入りのガラスで天窓を作ってある。
四方は頑丈さが必要だが、上に乗り込まれるようでは結果は同じだからな、明り取りに窓にした。
しかしそれだけではないぞ?」
そう言われて見ると、梯子のような格子が、天井に付いている。
「あれは格子ではなくて、はしごですか?」
(外に出られる、とか?)
「大正解だ!」
はっはっは! と笑うと、続けて説明……自慢してくれた。
「これはワシや護衛の、出撃用だ。天窓はあの留め金を外せば押し開ける。
屋根には槍も備え付けてあるぞ。ちなみに外からは、鉄板をスライドして完全な鋼の箱に出来るのだ。見事なものだろう」
こういう仕掛けを喜ぶのは、男は皆変わらないのかなと思った。
何せ、地球人の祖先かもしれないのだから、同じ所で興奮するのかもしれない。
大きい天窓は、体の大きなお義父様や、甲冑を着けた男が十分に出られる大きさだ。
梯子は短いが、伸ばした手と片足が掛かれば、容易く出られるだろう。
「まだカラクリがあるぞ?」
お義父様は自慢げに言うが、他にはもう無さそうに思う。
「う~~ん…………。分かりません」
シートの中に飛び道具があって、窓から撃てるのなら凄いと思ったが、銃はまだ見た事が無い。
「これはあまり、使いたくないがな」
言いながら床に手を当て、小さな溝に指を掛けたかと思うと、床板が大きく開いた。
「二重底だ。外からはほぼ分からぬようになっている。
万が一、脱出できない危険が迫った時は、ここに入るように指示する。
ほれ、これを中でスライドすれば外からは開かん。
最後の最後まで諦めるなよ。こちらと底の、両方から出られる」
急に、深刻な話になってしまった。
「そんな事……ほとんど起こらないですよね?」
そんな世界だとしても、起こって欲しくない。
「それは分からん。万が一に備えるのがワシらの仕事だ」
でもそれなら、お義父様を一番に守るべきだろうと思った。
「中には、おとう様が入ってください。いざという時は、私が出ます」
真剣に言ったのだが、お義父様は大笑いしてしまった。笑い転げる勢いでおなかを抱えている。
「エラ! お前はワシが! こんな小さな場所に? 詰め込めると思ったのか!」
この狭い穴にご自分を入れるという想像が、よほど可笑しかったのだろう。
笑いながら必死で喋っていた。
「ふぅ……笑い死にするかと思ったわ。なかなか冗談が上手いじゃないか。
だがな、そもそもこれは、お前のために作った馬車だ。お前が最後まで無事であるように、祈りを込めてな」
お義父様はいつものように、ニッと笑っている。
だが、そんな話を聞いたら涙が出てきてしまった。
ここまでしてもらえるだけの事を、オレは何もしていないのに。
「……なぜ、ここまでしてくださるのですか?」
涙声で、うるんで歪む視界のままお義父様を見やった。
「お、おい。泣くんじゃない。愛する者のためなら、普通の事だろう」
この星に来てから、オレは愛情を沢山貰った。
すでにもう、返せないほどにだ。どうすれば良いのか分からない。
でも、もしも触れる事で少しでも愛情表現になるのならと、考えに考えた結果、そう思った。
リリアナやシロエは、いつもそうしてくれていたから。
「少しだけ、肩をお貸しください」
頭をお義父様の肩に乗せ、そのまま、体も少し寄りかかって預けた。
「あ。これは失礼に当たりますか?」
ふと思って、慌てて頭をどけた。
「いいや……悪くない」
少し照れているように感じたが、こちらが返せるものが他に無いのだから、これで我慢してもらうほかない。もう一度寄りかかり、頭を乗せた。
(案外、人肌の温もりが心地いい……)
視線の先にフィナが映って、フィナも居た事を思い出した。
真向いに座っていたというのに。
急に恥ずかしさが込み上げて、顔が熱くなった。
だがフィナも、顔を赤くしてそっぽを向いている。小さな窓を必死で見ているようだった。
(気を遣わせてしまった……よけいに何というか、気恥ずかしさで気絶しそうだ)
まさかお義父様もこんな状態なのだろうかと、上目でちらりと確認してみると……目が合って、そして頭を撫でてくれた。
大きく、そして優しい手だ。
(手慣れてるぅ)
……離れるように言われるまで、もうずっと、こうしていようと開き直った。
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
週に2~3回更新です。
『聖女と勇者の二人旅』も書いていますので、よろしくお願いします。
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