第九章 九、施設の通信データ
第九章 九、施設の通信データ
何とかおとう様の許可を得て、施設探しと調査に出向くことが出来る。
その手始めとしては、国内の生産施設と、武器を作ってもらった施設から。
後者の施設は、国王に願い出ていた許可が今日降りた。
どこにあるのかと思ったら、王城の中にあるらしい。
許可証を見せれば、好きな時に入れてもらえるというので早速そちらから行くことにした。
――荘厳な王城の正面からではなく、ぐるりと大回りをして後ろの方に、その入り口はあった。
少し見ただけでは分からない地下施設らしく、案内してくれたのはその場所を知る数少ない人物……国王陛下自らだった。
いつもこの方は、国王らしくない洒落た格好をしている。
今は外套のせいで服はほとんど見えないけれど、マフラーや時折見える腕の裾には最近の流行が見られる。
マフラーはかなり長いものを垂らすようにしていたり、中のジャケットは襟が細くて袖の折り返しが大きかった。
……流行りの良さはよく分からないけれど。
背も高く、短い金髪で時折金色にも見える薄茶色の瞳は、少しタレ目の甘い顔で女性の人気も高い。
「ルネよ。ルナバルトとの結婚生活はどうだ? 少々変わっているが、良い男だろう?」
雑談というか、少し興味があるのだろう。
「えっ……と。ええ、はい。とても優しいです」
「ハッハッハ! あれが優しいのは気に入った女にだけだがな。割ときつい所もあるだろうが、許してやってくれ」
「そ、そうなんですか? はい……仲良くします」
「ふ。さぁ、ここが入り口だ。他言してくれるなよ」
場所としては、城壁の中になるのだろうか。
最初は城壁の扉をくぐり、そこから徐々に下がっていった。
ランタンを手に進む暗い下り坂を抜けると、生産施設の壁のように、過去の構造物だとはっきり分かる佇まいの部屋があった。
「この扉は、少し特別でな」
陛下が壁に手を添えると、その部分が淡い青に光る。
『認証。ロック解除します』
そこに女性が入っているのかと思うほど、丁寧な印象の綺麗な声が聞こえた。
「入るぞ。オレも最初は驚いたものだ」
そう言って、壁の中へとそのまま入っていった。
さっきは確かに触れていたのに。
「早く来い。閉まるぞ」
「えっ! はい!」
何かが開いた音さえせず、戸惑ってしまっていた。
それは少しでも触れると、向こうが透けて見える。
中は……明るいホールのような部屋だった。
中央に横長のパネルのようなものがあって、その向こうに土台のようなものがある。
「この台で、エラに下賜した剣を作ったのだ。仕組みは分からんがな」
「はぁ……」
気の抜けた返事しか出来ない。
真っ白な明るい部屋は、それほど広くはない。
なのに、遠近感が阻害されるというか、どこまでも広がっていくような錯覚を覚えるのだ。
「この板に触れてみるといい。伝記では、ここで剣を打ったという話しか書かれていなかった。だが、白煌硬金をあれから置いてみたが、あれっきり動かんのだ。お前なら何か分かるのか?」
生産施設とはまた違った雰囲気に圧倒されていて、何をしに来たのか忘れそうだった。
「あっ……と、どうでしょう。触ってみます」
その無機質なパネルに、キーボードでも浮かぶのかと思って触れた。
光るのか、文字が浮かぶのか。
でも、そのどちらでもなかった。
目の前に、大きな画面が何枚も浮かび上がったのだ。
「わっ……」
咄嗟の事に驚いて、手を離してしまった。
「どうした」
「い、いえ、急に画面が浮かんで……」
「うん? 何か見えたのか?」
反応から見るに、陛下には何も見えなかったらしい。
「えっと、すみません。もう一度……」
そして触れると、やはり画面が浮かぶ。
全部で五枚。
それぞれに何らかの情報が記載されていて、剣の形の映像が何種類も表示されているものもあった。
基本的には、剣を作る時の鉱石や武器の形状、火の入れ方や打ち方の選択項目などが書かれているようだ。
「……剣の作り方みたいなのが、見えます」
「ふむ……オレには見えん。言っていた言伝というのはどうだ」
「どうでしょう……情報が多すぎて……」
そう答えながら、言伝という言葉を思った瞬間に、中央にあった画面が真っ暗になった。
そして、『通信状況一覧』という言葉が現れた。
その言葉の下には、文字化けしただろう文章が何十行も流れていく。
そして最後の一行だけが、文字化けせずに表示された。
『これに辿り着いたならば、君の奇跡は育まれたのだろう』
そう書かれている。
本当に、あのチキュウから送られたのだろうか。
おそらくは、とんでもなく遠く遠く離れたこの星に。
私の記憶では、何光年、何十光年と離れてさえ人が住める星は見つからないはずだった。
……たとえその範囲内で見つかったとしても、どうやって辿り着くというのだろう。
光を超えなければ、きっと無理な速度でこの言伝……メールは届かない。
それが今、目の前で、私宛として送られている。
――パネルに触れている手が震える。
緊張してしまって、そのメールを開けないでいる。
「どうした。何か分かったのか?」
陛下の声で、私が何のためにここに入れてもらって、何をしに来たのかを思い出した。
「は、はい……。ありました。言伝が……」
何が書かれているかよりも、この言伝が実際に、私の目の前に存在していることに脅威を覚えている。
どうしようもなく怖い。
私は、たった一人でこの、異次元的な状況下に立たされているのだと……改めて実感してしまったから。
これは、現実なのだ。
チキュウに居たことも、オロレアに飛ばされたことも……その後のことも全て。
ありえない状況に慣れていたつもりが、チキュウから言伝があるのだと、その繋がりが現実なのだという理解が繋がった今……それが恐ろしくなった。
宇宙を超えるということが、どれだけ難しいことなのかを曲がりなりにも知っているから。
人がそれを超えるなんて、不可能だった。
その、想像もできないくらい果てしない過酷と距離を、超えただなんて。
「ルネよ。よければそれを読んでくれ」
それはつまり、命令だ。逆らう訳にはいかない。
「はっ……。は、はい。分かりました。読みます――」
またも陛下の声に背中を押され、私はメールを開いた。




