第九章 七、社交界の秘訣
第九章 七、社交界の秘訣
ようやく、社交界シーズンが終わった。
前半は特に苦しくて辛かったけれど、周りも結局のところ、いびろうが悪口を言おうがどうにもならないと理解したのだろう。いじわるされる事もなくなった。
後半の私はのんびりと、ルナバルトは社交界会議のような状況ではあるものの、平和なものだった。
だから、ルナバルトの側で皆の話を聞いていたり、壁の花になって場を眺めていた。
友達は……私が積極的ではないからか、やっぱり出来なかった。
待っているだけでも友好関係が増えていくなんて、夢物語だ。
この内向的な性格がどうにかなれば……いや、どうにかしなくてはいけないのだけど。
それよりも、たまにおとう様と一緒に参加しているエラが、成長著しい。
あまりにも可憐なので、まず誰も最初は話しかけないのだけれど、エラがさりげなく会話を振る。
すると、あれよあれよと男女問わず、人だかりが出来るのだ。
どのようにしているのかを見ていると……この場で提供される飲み物など一切飲まないのに、お酒の入ったグラスを持って適当に誰かのところへ寄って行く。
そして、「あなたは何を飲んでいるの?」などと切り出しては、次の会話へと繋げていく。
私ならそのあと何を話せばいいのか、分からないのに。
でも、エラは相手が女性でも男性でも、その人の服装で褒めたいところを見つけていたり、中には「こういう感じの方がいいかも」と、踏み込んだことを言ったりしていた。
手慣れたものだった。
相手もそれなりの人ばかりだから、服装の流行などを気にしていて話が弾むらしい。
そこからはもう、エラが普段どれだけの努力をしているかが分かる。
相手の名前から、どんな事業をしているか、どういう分野に詳しいか、これまでに覚えたことを上手く会話に乗せていくのだ。
興味を持ってもらっていると思った相手は、次は勝手に自分のことを話し出す。
貴族教育で覚えた内容は、そんな風に会話にするのかと私は感心しきりだった。
今度エラに、社交界での立ち回りと会話の仕方を教えてもらおうと心に決めたほどに。
とにかく、そっと聞いていただけでも凄まじく頭を使った会話をしていたのは分かった。
だからそれを……真似できるかは分からないけれど。
**
――今年最後の社交界が終わってから、数日後のこと。
「適当に声をかけて顔見知りを増やして、それからは次にお会いした時、会釈して寄っていくだけですよ」
エラの言っていることが、理解出来なかった。
「寄って行って、どうすればいいの?」
今日はエラと一緒に寝る日で、エラの部屋で二人、ベッドに潜り込んで話をしている。
そこで、いつか聞こうと思っていた社交界での立ち回りの秘訣を教わっていたのだけど……。
「どうって……。今日も参加されたんですね。もしかして、誰かとお話したかったとか? みたいに話を振ればいいんですよ」
そんな話を振っても、そのお相手が知らない人だったらどうするのかと質問したら、一緒にその人のところに行って、この人がお話したいそうですよと声を掛けるだけだと言う。
「その後は興味があれば一緒に居てもいいですし、なければ別の人とお話するだけですよ」
「お話するだけ……?」
それが、一番ネックになっているのに……エラにはそれが分からないらしい。
「髪型でも装飾でも服装でも、はたまた最近起きた事件なんかのお話でも。何でもいいんですよ。その人が興味ありそうな話題を探すんです」
「あ、あまり乗り気じゃない人だったら?」
「それなら、今はお話あまりしたくなかったですか? 失礼いたしました。とでも言って、別の人とお話します」
(……エラは、コミュ力お化けだったんだ)
会話を恐れていない。
相手の反応が悪くても動じないのだ、この子は。
私なら、(素っ気ない態度を取られたらどうしよう)などと考えてしまって、動けないというのに。
「参りました。私には……無理だとよく分かったわ」
いや、でも……エラはいじわるされたりしないのだろうか。
「そういえば、エラは嫌味を言われたりしない? 大丈夫?」
「そんなの無視して、したいお話をすればいいんですよ。私はドレスが好きなので、相手のドレスの良いところを褒めるとだいたいは……機嫌よくしゃべってくれるか、話が通じない子ねって言ってどこかへ行くので」
「強い……」
エラは、メンタルが私なんかよりも断然強い。
「え、強いですか?」
「……うん。エラは私なんかよりも、ものすご~く、強いってこと」
「よくわかりません。おねえ様が本気を出せば、私なんかよりもっと凄いの知ってますから」
「おねえちゃんは、本気出してこれなのよ……」
「フフッ。かわいいおねえ様。来年は二人でずっと一緒に居ましょう。そしたらきっと、人だかりの輪から出られないですけど。覚悟はいいですか?」
「う、うん……そんなことになるのかな」
確かに今回は、突然アドレーの養女として現れた私がいきなりルナバルトと結婚……なんてことになったから、弾き出そうとされただけなのかもしれない。
来年からは、エラも一緒に居てくれる時はもう少し、普通に過ごせるような気がする。
「なりますよ! おねえ様と私が揃えば、無敵ですから!」
そう言うなり、タイミングを見計らっていたのか、ぎゅっと抱きつかれた。
「アハハ。私はエラが居てくれるなら心強いな。ありがとう」
エラは私に抱きつくと、本当に嬉しそうに頬ずりをしてくれる。
ふわふわの銀髪がこそばゆくて、スベスベのほっぺが心地良い。
「私はおねえ様と約束が出来て、嬉しいです。ほんとなら、毎日ずっと一緒に居たいんですからね?」
「フフフ。うんうん、ありがとう。私もよ、エラ」
そう言って、そういえばまだ、エラにあの事を伝えていないのを思い出した。
苦手な社交界が続いて、すっかり失念していた……。
おとう様にも。
「……あの、エラ。伝え忘れてたことがあるんだけど、その――」
「お一人でお出掛けすることですか?」
「――えっ? あ、うん……。あれ、言ったっけ?」
いや、言っていないはずだ。
「やっと教えてくれる気になったんですか? エイシアからおねえ様にお話したって聞いて、おねえ様なら何をしたいか、すぐに分かりましたよ?」
「えぇ……? エラって、何でも分かってしまうのね」
「そうです。おねえ様のことなら何でもお見通しなくらい、大好きですから」
「ちょっとこわいけど……。でも嬉しい。それから、言うのが遅くなってごめんなさい」
エラは私から少し離れると、「明日、一緒におとう様にしかられに行きましょう」と言ってくれた。
「パパ……怒るかな」
「きっと大目玉ですよ。ならん! って言って」
そう言ってエラは、クスクスと笑う。
「平気なの? 私はやだなぁ……。パパに怒られるの、申し訳なくって……」
「おねえ様はそれでも、行くと言うから怒られるんです。でもやっぱり、行くのですよね」
「うん……。私がここに来た意味を、知ることが出来るかもだから」
「そんなの、私に出会うために決まっています。きっと、私の言った通りだったなって思うだけでしょうね」
それでも行くのかと、エラにも叱られているらしい。
「危ないこと、しないつもりだから……」
「ほんとですかぁ? おねえ様のそういうの、だ~れも信じてくれないと思います」
「う……。でもほんとに、これからは気をつけるって思ってるから。ね?」
「……しょうがない人ですね。絶対、帰ってきてください。危なかった話も、ちゃんと教えてください」
「うん」
「隠し事はなしですよ?」
「うん」
「みんな、心配してるんですからね」
「うん。ごめんなさい」
エラは首を振ると、また抱きついた。
真冬に遠出をするというのは、普通の人間ならありえないほど危険なことだというのは、誰もが知っている。
平地でも雪が深く、山間では猛吹雪が当たり前の季節だから。
皆が冬ごもりをして、じっと耐えて待つしかない厳冬。
……だからこそ、誰の目にも触れずに動けるのだ。
どこにどんな施設があるのか、今のこの星の人達には知られたくないから。
また大きな戦争に繋がるかもしれない施設は、こっそりと見つけて、また眠らせておきたい。
数千年前の代物が、未だに稼働できるほどの科学技術など……この世界に出てきてはいけないはずだから。




