第九章 六、連日の社交界
第九章 六、連日の社交界
落ち着いた私は、社交界もそつなくこなして悠々と立ち回れる。
そう思っていた。
でも、現実とはそう上手くいかないものだったらしい。
ルナバルトとの結婚――それは、若い女性たちのほとんどを敵に回すという結果になった。
これまでとは毛色が違う。
アドレーの嫡子ということへの、貴族派から受ける嫌がらせの方が可愛いかもしれない。
彼らは直接的で、私が女だからと暴力にうったえることが多かったから。
ちまちまと、ねちねちと、ひそひそと。
ルナバルトを取り囲んで、その場限りのこれ見よがしな視線……これは全然構わない。
彼が浮気をするなんて有り得ないし、囲まれて面倒そうだなとしか思わないから。
ただ……敵対心を剥き出しに、挨拶の中に嫌味を練り込んだ言葉を聞かせられ続けるのが、徐々に効いてくる。
アドレーという立場もあって、あまり誰かと特別に仲良くはしない。
つまり、友達が居ない……。
ミリアたちが参加するような場でもない限り、私には遠巻きに見守る人達か、近くの敵しか居ない状態なのだ。
かといって、仮にミリアが居ても話しかけたりはしない。
彼女が標的になるから。
そして女同士のいざこざには、男たちは関わろうとしない。
四面楚歌……。
これがうわさの四面楚歌という状況だ。
今度、オロレアでの同じ意味の言葉を教えてもらおう。
「ルネ様、御機嫌うるわしゅう。オルレイン様と……ルナバルト様とご結婚なさるなんて、後妻として大変でしょう」
こういう、後妻を意識させていじわるをするのは序の口だ。
「アドレー将軍はやり手ですわねぇ。なぜご嫡子に可愛い娘を選んだのかと不思議に思っていましたら、何のことはない……有能な殿方を手に入れるためだったのですねぇ? お役目、立派に果たされましたわね、ルネ嬢」
こういうのが、たまらない。
おとう様を愚弄し、私にも皮肉たっぷり。
無礼者は斬り捨てても構わないと言われていても、ナイフで刺しに来た……くらいはしてくれないと、こちらも手出しし難い。
「あの……あまり失礼な言い回しをされますと、私も帯剣を許されておりますので。洒落では済まないこと、ご自覚されておりますか?」
笑みを崩さずに耳元でこのようにささやくと、大体の人は怯んでくれるけれど。
遠巻きに嫌な視線を送り続けられるのも辛い。
(早く帰りたい……)
でも、私のせいでルナバルトは、こういう場での立ち回りも変わってしまったらしい。
彼の付き合いの幅が急に広がったのだ。
会場に入ってすぐくらいは女性陣に囲まれていても、数分もすれば男性陣が割り入る。
その後はもう、ず~っと、入れ替わり立ち代わり、彼との交流をなんとしても繋ぎたい人が側に居る。
彼も、帰りたいと思っているかもしれない。
それにしても、貴族はもっと優雅で、交流も仲間が多くて楽しく、華やかなものかと思っていたけど……。
少なくとも私は、楽しい社交界を知らない。
こういう風に、明らかに敵対している人を呼ばなければいいのにと思ってしまう。
王族派なら王族派ばかりを集めて、楽しくやるなら私も積極的に参加したい。
(はぁ……)
でも、仲間同士でもケンカするかもしれないし、ケンカ相手がはっきりしている方が、ある意味団結できるのかもしれない。
とにかく、これが真冬になるまで続く……。
**
「ルネ。連日の事で疲れただろう」
帰りの馬車の中で、ルナバルトは私を気遣う。
「あなたこそ……私との結婚のせいで、ごめんなさい」
騎士のままで居たなら、特にこんな場に来る必要性は少なかったはずだ。
「アドレーの一員になるというのは、こういう事も含めて通常業務さ。分かっていた事だから問題ない」
それでも、彼の顔には少し疲れが見える。
「私に出来る事はないかしら。と言っても、社交界で顔が利くのはおとう様だけで、私は何の役にも立たないけれど」
「ほう。俺のために何かしてくれるつもりなのか」
余計な事を言った気がする。
「……あまり期待しないでください」
「いいや、簡単な事だ」
まさか、この馬車の中で事に及びたいなどと言うつもりでは……。
「隣に来て、肩を寄せてくれるだけでいい」
「え? そんなことで良かったんですか?」
向かい合っている方が、お互いに正面から顔が見れて良いと思っていた。
彼の横に座り直して、言われた通りに肩を寄せると彼は嬉しそうに笑う。
「変な人」
「何だ? もっと何かされると思ったのか?」
やっぱり。
そういう雰囲気を出されたのは、分かっていたのだ。
「別に、何も?」
「ふっ。俺の事をよく知ってくれて、嬉しい」
「……困った人ですね。帰って部屋に戻るまで、我慢してください」
悪い男だ。少しでも隙を見せると、何かしようとするのだから。
「その前に食事を摂ろう。あの場では何も口に出来ないからな」
「フフ。そうですね。私は――」
「プリンだろう? 料理長に、帰ったらルネに出してくれと頼んである」
「えっ、うそ?」
「嘘なんかじゃないさ。疲れた時ほど、プリンが食べたいと言うじゃないか」
そんなに言っていただろうか……。
「あなたの方が、私のことをよくご存知ですね」
「君の事は何でも知りたい。そしてずっと覚えているつもりだ」
「ちょっと怖いですけど」
……おとう様みたい。
なんて言うと、拗ねてしまうかもしれないから、言わないでおいた。
でも彼は本当に、私を愛してくれている。
「それよりルナバルト様。袖につけられた口紅の跡……消してもらってくださいね?」
ちょうど腕のところに、割とくっきりと付けられている。
黒地に銀刺繍の、副団長の制服だから、側に来るまで気付かなかった。
「な、なにっ? いつの間に……」
「あらあら。副団長ともあろうお方が、小娘の小細工に気が付かないなんて……」
「おい、怖い言い方をしてくれるな。まさか怒ってなどいないだろうな」
「さぁ、どうかしら?」
そう言って、そっぽを向いてみた。
「お、おい。俺はそんなつもりなど……おい、こっちを向いてくれ」
――可笑しい。
こんなことで、この人が動じるだなんて。
そんなに私が可愛いのかしらと、図に乗りたくなってしまう。
「フフ。うそです。怒ってなんかいません。でも、これだと反対側もどうだか……」
「ハハ、まさかだろ……」
どうやら、付けられていたらしい。
「もう。疲れているからと言って、油断しては困ります。暗殺だったら死んでいましたよ?」
「すまん……。まさかとは思っていたが」
「あなたは生身なんですから。でも、いざ危険だと思ったら私がお護りいたしますから」
「それでは逆だろう」
「逆でもいいんです。私もアドレーなのですから」
「むぅ……。そう言われんように、次からはもっと気を付けねばな」
この人との会話が、楽しいと思うようになったのはいつ頃からだろう。
最初の頃は、本当に嫌だったのに。
そう思うと……本当に好きになったのだなと、しみじみと感じる。
苦痛な社交界があっても、この人との帰り道が楽しいから、また明日も平気な顔をして参加出来るのだ。
「ええ。愛していますからね」
「なっ、お、おい今、初めて言ってくれたんじゃないか?」
うっかり、口が滑ってしまった。
しばらくしつこそうだから、目を閉じてしまおう――。




