第九章 二、懐かしい友達
第九章 二、懐かしい友達
――結婚式、当日。
お庭で行う式と披露宴。その唯一の心配事はお天気だったけれど、見事に快晴となった。
一応、今日の段取りや警備状況などを確認するために少しだけお庭に出て、移動や宴会の場などをチェックする。
本来は花嫁のすることではないけれど、私もエラや友達を護るために、連携は必要だと言い切って無理を圧したのだ。
でも、式の始まる少し前に出てしまったものだから、すでに到着している貴族達に捕まってしまう羽目になった。
その誰もが天気にこじつけて、「金色の女神様の結婚式はさすが、空の神々も祝福してくださっている」などと言う。
そこまで大げさなことを言われると、さすがにむずがゆい。
けれど、ルナバルトは慣れていて、上手く会話しているようだ。
色々な方とお互い楽しそうに談笑しているから、私も参考にしようと思って側に寄ってみたのだけど……。
「ハハハハ。そうでしょう。我が妻は本当に女神そのものですから。神々の祝福を受けない訳がありませんよ。ハハハハハ」
……そんなことだろうと思った。
参考にしようなんて、少しでも考えた私がバカだった。
「あら、花嫁様はご機嫌麗しくないようね」
後ろから懐かしい声がすると思ったら、ルシア夫人だった。
側にはミリアとルミーナも居る。
最初のお茶会の練習に付き合ってもらってから、もう一度集まって以来会えていない。
けれど、手紙でのやり取りだけはずっと続いている。
それが今日、皆来てくれたのだ。
この姿になったことも、ほとぼりが冷めてから伝えてはいた。
ミリアにはオートドールに入ったその日に戻った時、一目で見抜かれてしまったけれど。
ただ、ルシア夫人は強気な一言目をくれたというのに、半信半疑のままだったらしい。
「本当にそういう事になったのね。本当に? でも、あっちのエラ嬢は確かに別人に見えるし、あなたからは当時のエラ嬢の雰囲気がある……。不思議な事もあるものねぇ」
滲み出る艶やかさは、そのままだ。
「ほんとよ! 全く、わけわかんない事を手紙でよこすものだから、ミリアにも相談しちゃったじゃない。エラは頭がおかしくなったのかしら? って」
ルミーナは相変わらずだ。勝ち気なようでいて、気遣いをきちんとしてくれる。
「あっ、今はルネなのよね。お久ぶり、ルネ。次に会うのがあなたの結婚式だなんて、思いもしなかったわよ」
そういえばツインテールだったのが、ハーフツインテールになっている。
そしてミリアは遠慮気味に、最後に挨拶してくれた。
「フフ。ほんとよね。おてんばなままなのに、こんなにすました美人さんになるだなんて……。ルネ様、あの時は我が領海の問題を解決してくださって、本当にありがとうございました。この度は本当に良い方と結ばれましたね。おめでとうございます」
一番年下なのに、おそらくは一番落ち着いて見える。
まさしく理想の貴族令嬢の姿だろう。
三人と話していると、会話が止まらなくなってこのまま一日を終えそうになってしまいそうだ。
でも、そうしたい気持ちも本当にあって、この時間が過ぎてしまうのが名残惜しい。
「あの……三人が泊まる部屋なら用意出来るけど……泊まっていく? 話したいことも沢山あるし……」
そう言うと、三人同時に『えっ』と驚かれてしまった。
そしてルシア夫人に窘められた。
「あなた……何バカな事を言っているのよ。新婚初夜に、女友達とお泊り会なんか前代未聞よ? 旦那様のお相手という大仕事が待ってるでしょうが。まったく呆れたわ、ほんとに。……ほんとにあなたなのね。フフ、よーく分かったわよ。ルネ、また別の時に沢山お話しましょ」
「ルシア夫人……。ありがとうございます」
「いやいや、ルシアが全部言ってくれたけど、ルネってば本当に変わらないわね。おバカな事言ってないで、今日……今夜は頑張るのよ? 痛いって……聞くわ」
「こらっ。不安にさせるんじゃないの。あなたもいつか通る道なの、お忘れでないでしょうね」
「……ルシアに怒られちゃったじゃない」
「アハハ、そこも勝ち気なのね。ルミーナの面白いところも、変わってなくて安心した」
こんな風に自然と盛り上がってしまう。
でも、どんな時にもしっかりと周りを見ているミリアが、玄関の方を指して教えてくれた。
「フフフフ。ルネ様、もっとお話していたいですけど、向こうで侍女達がそわそわしながら待っていますよ? 次にお出でになる時は、純白のドレス姿ですね」
「あぁっ、ほんとだ。ありがとうミリア。……ルシア夫人とルミーナも。今日は来てくれて本当にありがとう」
「もうっ。いいから早く行きなさい。あなたがのんびりしているから、時間があるのかと思っちゃったじゃない」
「フフ。それじゃ、また後で!」
あっという間の時間だった。
懐かしくて楽しくて、お茶会を思い出す。
なんでもっと、三人との時間を作らなかったんだろう。
今になって、そんな後悔が浮かんでくる。
「ルネ様~。お早く、お早く! 時間がありませんから~!」
でも未だに、結婚をするという実感がない。
なんとなく大きなイベントがあって、その流れをこなしているだけというか。
ルナバルトのことは、最初に比べれば随分と好きな部分が増えた。
けれど、彼が私を愛してくれるほどかというと、まったく、到底及ばない。
それなのに、結婚までしていいのだろうかと、少しだけ悩んでいるせいかもしれない。
でも、家としては十分な成果で、アドレーの娘としての役目を果たすという大目標にとっては、なかなかに素晴らしい功績だと思う。
実際、ルナバルト以上の人となると、後は騎士団長のガラディオか、王子達の誰かがお相手……というくらいにはトップレベルの人と家柄だから。
お陰で、貴族派に対する力関係はかなり強くなった。
国への貢献も大きくて、言う事なしだ。
だから問題ない。
私は、正しいことをしている。
……なのに、自分の将来が決まるのだと思うと、なぜか不安になる。
いや――。
たぶんだけど、夜のことを不安に思っているだけのような気もする。
さっきもルミーナに言われて、とても複雑な気分になってしまったから。
ルナバルトのことは、好きは……好きだ。
今更になって、他の女性と夜を共にしたいと言われたら怒るかもしれない。
そのくらいには。
かといって……不意にあの人の、アレを見てしまった時を思い出すと……。
(あんなものが、本当に入るの?)
と、今でも思う。
オートドールなら、痛みは無いのだろうか。
夜伽モードに任せておけば、滞りなく済ませられるだろうか。
受け入れる気持ちは、今となっては……無くはない。
心の準備は出来て――。
(もしかして、本当に初夜が怖いだけなのかしら)
私が……恐れている?
この私が……。
巨大なトラも、巨大なクマも、恐れずに斬り伏せる私が?
……そんな、バカな。




