第八章 三十二、卑怯者
第八章 三十二、卑怯者
なんとか食事会を終え、オルレイン家からの帰路についた。
思うところはありそうだと、最後まで勘ぐってしまったけれど……。
どうやら、歓迎の気持ちは本当らしかった。
ルナバルト副団長と一緒になってくれるような人は、そうは居ないからと。
確かに、彼はしつこい。
熱烈と言えば聞こえはいいけれど、興味のない状態でそれをされると、鬱になるかもしれない。
言わばストーカーみたいなものだ。
常軌を逸して危害を加えてくるか、ただ単純に好意を寄せてくれるのか。
どちらでも迷惑だと思えば、同じに見えるのだから。
「ルネ。今日はありがとう。それにしても、両親があれほど君に興味を示すとはな」
「そりゃあ、あなたみたいな人と一緒になると、入り婿になれと招き入れるような人が居れば興味も湧くでしょう」
目の前の人は、どうして帰りも居るのかしら。
「ハハハ。言うようになったじゃないか。心を開いてきてくれているんだな。嬉しいぞ」
「ほんとに、ああ言えばこう言う」
「でも、本当の事だろう?」
「はぁ……。なんだか、腹が立つのとイライラするのと、そしてほんの少しだけ、いじわるをしてやりたいと思うの。これって心を開いているのかしら」
「俺を無視するよりも、ずっといいさ」
「…………」
返す言葉が――いじわるなことを言ってやろうにも、何も通じない気がしてやめた。
いっそ、本当に好きになれたら……楽なのかもしれない。
でもそんなことは、きっとずっと起こらないのだから。
「今日から、一緒に寝てもいいだろうか」
「……聞こえません」
「なるほど、いいのか」
「いいわけないでしょう? まだ婚約であって、結婚ではないのですから」
「式まで待てない」
「けだものですか!」
「おいおい。何もしないと言うのに、ケダモノはひどいだろう」
「今はエラと一緒に寝ているんです。だからベッドに空きはありません」
なんとか言いくるめて、この話題から逸らさないと。
「なるほど……。可愛い妹君だったものな。そんなに溺愛しているのか」
「出来ることなら、ずっとエラと一緒に寝たいのですが」
「それは譲れん。エラ嬢に直談判させてもらおうかな」
「あなたって人は! あんなに幼い子に脅しをかけるつもりですか!」
この人は……本当に手段を選ばないつもりか。
軽く言っている辺り、本当に普通の人と精神構造が違うのだ。
私がエラを護らなくては、こんな人に脅させるわけにはいかない。
「何を言う。あの子は立派なレディだ。幼くさせているのは君のせいだろう」
「なんですって?」
一瞬耳を疑った。
私がエラの害になっているようなことを――。
「おっと。怒らないでくれ。だが俺は厳しい事も言うぞ」
「……聞くだけなら、聞いて差し上げます」
「君の方が甘えているのは分かっている。だが、今日から俺に甘えてくれと言っているのだ」
「は? 私が甘えているですって?」
納得がいかないことを言う。
でも…………。
本当は、核心を突かれているかもしれないと、ほんの少しだけ思ってしまった。
「それが悪い事だとは言わない。エラ嬢も君を慕っているのだろうからな。だが……俺という存在が出来てしまったのだ。君には、俺に甘えて欲しい」
ゾワゾワと、全身に悪寒が走った。
「気持ち悪いこと言わないで」
「おっと、もう着いたようだ」
こいつ……。
間をはずしたり、話の角度を上手く変えたり、鬱陶しい。
でも本当に、屋敷に着いてしまった。
そして事もあろうか、あまりに自然にエスコートされるので、普通に馬車を降りるのに手を借りてしまった。
「おねえ様、おかえりなさい!」
「お帰り、ルネ」
そんなことを気にしている間に、おとう様とエラが出迎えてくれた。
きっと、心配してくれていたのだ。
「ただいまぁ。疲れちゃった」
甘えている……。
(このくらい甘えても、いいじゃない)
「お父様、エラ嬢、折り入ってお話がございます」
先程言われたことにもやもやとしていると、ルナバルト副団長が何か話し出した。
また余計なことを言うつもりだろうか。
「なんだ。不埒な事なら許さんぞ」
「まぁまぁパパ、今日は聞いて差し上げましょう」
エラは……たまにこうして、大人っぽい話し方をする。
もちろん十四歳を過ぎて、成人しているのだけど。
私の知らないエラのような気がして、少しだけ寂しい。
「ふむ……。なんだ、言ってみろ」
「ルネと、同じベッドで眠りたいのです。もちろん触れたりしませんが」
「なっ!」
何を言っているのだろうこの人は。
「馬鹿か貴様は。婚約出来て頭に乗ったか」
――そう。
おとう様が許してくれるはずがないのに、まさかこんな話を本気でするなんて。
「パパ。この人……悪くないかもしれません。おねえ様を支えるお一人になりそうです」
「エラよ。こやつは欲望を果たそうとしているだけのケダモノだ。許してはならん」
……エラが、信じられないことを言った。
「いいえ、パパ。どうせ結婚するのですから、今退けようとも後に堂々と夜を共にするのですよ? そんなことよりも、おねえ様の遠慮し過ぎる性格を、この人なら……」
エラは途中から、おとう様の袖を引っ張って耳打ちしたいという仕草をした。
そして耳元に何か話しを続けている。
「……なんだと? エラは本当にそう思うのか」
「ええ、きっと大丈夫です」
「え……。エラ? パパ? 何言ってるの?」
何か、急に話の方向が変わってしまった気がする。
この雰囲気……気のせいではない。
「……ちっ。ルナバルト。何かあってみろ、その首間違いなく刎ねてやるからな」
「そういうことです。ルナバルト様。おねえ様をよろしくお願いしますね」
「うそでしょ? エラ。私のこと嫌いになったの?」
信じられない。
エラは絶対、私の側を離れないと思っていたのに。
同じベッドで寝たいと言ったのは、エラなのに――。
「いいえ、おねえ様。私も寂しいので、何日かに一回は譲っていただきます。でも……今夜はあきらめて、ルナバルト様とご一緒してください」
「うそ…………」
うそだ。
こんなこと……本当のはずがない。
「ルネ。本当に何もしない。だが、君の側に居たいのだ。頼む」
ルナバルト副団長……。
私ではなく、私の大切な人の許可を取って、それから私を落とそうと?
卑怯な手を使う。
手段を選ばない最低男。
それも私の目の前で、こんな酷い光景を見せて。
……許さない。
「――最悪。もう好きにすればいいわ。夕食も要らない」
私は今、本当に怒っている。
おとう様なら絶対に、こんなこと許可しないと思っていたのに。
エラなら絶対、私と一緒に寝ると言うはずなのに。
こいつが来たせいで。
こいつのせいで、何かが少しずつ変えられてしまう。
私の人生が……脅かされている。
「ルネ。後で俺も部屋に行く。いいな?」
「勝手になさってください!」
……私は、どうされてしまうんだろう。
このまま手籠めにされて、自暴自棄に生きていくんだろうか。
おとう様もエラも、私にこいつと寝ろと言う。
そんな風に言うなら、こいつに何をされても、きっともう今以上の悲しいことなんてないから。
――何とでもすればいい。
欲を吐き出したければ、好きなだけ私に吐き出せばいい。
どうせもう、何も悲しいことなんてないのだから。
三階まで、涙をこぼしながら駆け上がった。
自室に入っても扉を閉めずに、そのままドレスを脱ぎ捨てた。
待機していたアメリアが驚きながら、それを拾ってハンガーに掛けてくれている。
「アメリア。私……。ルナバルト様が来たら、入れてあげて。あと……寝室には来ないで」
「はっ……! はい……」
流れを察したアメリアは、きっと私と同じような顔をして出て行った。
ルナバルト……。
やっぱりどうしても嫌だと思ったら、首を刎ねてやる。
――(ルネ。激情に身を任せるなら……分かっているだろうな。世界の敵、その筆頭候補よ)
――(エイシア! あなた何とかしてよ! こんな……こんなことって……)
――(冗談を言うな。我には何の関係もないこと。ただ忠告だけはしてやろうと思っただけだ)
――(普段もろくに口をきいてくれないくせに、こんな時もそうなんだ。……せいぜい、私が慰み者になるのを見ているがいいわ)
――(落ち着け。愚か者)
――(知らない。話しかけないで)
――(不憫な娘よ)
――(うるさい!)
肌着の、この薄いキャミソールのままであいつを出迎えてやろう。
きっと、飛び跳ねて喜ぶことだろう。
押し倒してきたら、そこで首を――。
光線で綺麗に落としてやる。




