表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

246/295

第八章 二十四、されど忘れ難き

  第八章 二十四、されど忘れ難き




 引き攣ったかのような笑みを浮かべて、オルレイン隊長は私をじっと見ている。


 何かを悟ったような、確信めいた頷きと共に。


「あの時から不思議だった……。君の持つ余裕は、無知から来るものではなかった。私に勝てないはずだというのに、その態度は変わらなかった」


 その声は、少し震えている。




「それが、何か?」


「それはつまり、何か奥の手があるということだ。普通なら、焦りや狼狽が出るはずなのに」


 私は、彼を甘く見ていたのかもしれない。


「……胆力があるのよ」


「今、その奥の手の片鱗を見せてくれたのだろう。だが全てではない」


 勘が鋭い。


「さぁ。どうでしょうね」


「刃が通らない? それは物凄い事ではあるが、全身鎧を身に付ければ真似の出来得る事だ」


 私が見せたものと態度で、他のことまで言い当てようとしている。




「もういいでしょう。納得してください」


「それ以外にも何かあるのだろう? でなければ、君のお父上が……アドレー将軍が単騎で森に出すなど、大事な娘でなくとも許可するわけがないのだ」


 様々な状況から、物事を読み解く力がある。


「おとう様は……私に甘いのよ……」


 彼は強さだけに秀でているのではないと、どうして誰も教えてくれなかったのだろう。


「俺は以前……妻と子を失って、思ったのだ。凶刃に負けぬ強さを持つ人なら、また失うかもしれないという恐怖を抱かなくても良いと。だがそんな事は、ありえない事だ」


 その暗然とした瞳の奥に見えた光は、気のせいではなかった。




「妻と子を、忘れた事など一秒もない。愛して止まないのだから。でも、俺にとってはそれは、生きている限り続く地獄のような苦しみにもなった」


 それは確かに……苦しいものだと思うけど……。


「しかし、君はどうやら……俺の希望の存在らしい。君ならば、俺が居ない間に殺される事などないと、そう信じられる」


「ちょっと。どういう意味ですか?」


「その上、君は妻の雰囲気にも、娘の雰囲気にも似ている。いや、これは君にとって失礼な話かもしれないが。でも、それはどうしても……俺の心を動かしてしまうのだ」


「何を言っているんです。そんな話を聞くつもりはありません!」




 目が、怖い。


 暗く悲しい瞳のくせに、感情的な強い光を持っているのが怖い。


「俺の身勝手な気持ちなのは分かっているつもりだ。でも……やはり君に、婚約を申し込みたい。俺の側に居てほしい。俺を……地獄から救い出してくれないか。その代わり、君が望むものは何でも手に入れてみせる。だから……」


「――オルレイン隊長! 馬鹿な話をしないでください! 私は、あなたのことなんて……。嫌いなのに……」


 しかも、正気で言っているのかさえ、分からない。


 今まで見ていた隊長の姿とは、別人だ。




「すまない。それでも構わないから、側に居てほしいんだ……」


「ずるい! そんな話を聞かされたら、強く言えないじゃないですか!」


「分かっている。卑怯者だと思う」


「くっ……! 本当にそうだと分かっているんですか! 何なんですかあなたは!」


 私に奥さんを重ねているだけじゃなくて、冷静に私を口説こうとしている……?


 卑怯な手だ。本当に。




「ああ。だけど俺は、君に恨まれてでも、何なら殺されてでもいい。少しでも一緒に過ごして欲しいと……もう、思ってしまったんだ」


「……信じられない」


 単なる男の欲望なら、本当に殺してやろうかと思えるのに。


 情を誘うような手を使うなど。




「許してくれとは言わない。だが……また懲りずに、婚約を申し込みに行く。何度でも」


 それで口説けると、本気で思っているのだろうか。


 普通に逆効果だ。


 それが分からない人ではないはずなのに。


「…………はぁ。もう、向こうへ行ってください」


 気分が悪い。


 怒れないし、悲しめない。


 でも、心の奥底に……何かを落とされてしまった。




「……分かった。今日の所は下がろう」


 こんなに、なりふり構わずぶつけてくるだなんて。


「早く。一人にしてください」


 頭が重い。


「ああ。それでは……失礼する」


 その後ろ姿、束ねた真っ直ぐの金髪が揺れているのさえ憎い。


 ……もう、獣を討伐する気にもなれない。



   **



 最悪の気分だ。


 なのに……情を感じてしまった。


 元の自分なら、妻子を殺されたら同じ苦しみを持つだろう。


 そう思ってしまった。


 ……これは同情に過ぎない。




 でも……ほんの一ミリでも、情を抱いてしまったのだ。


 自分の居ない間に、大切な人を護れず全てを失った絶望。


 終わらない自責と、消えない愛。


 それと同時に湧き上がるだろう憎悪は、彼はどこにやったのだろう。


 元の自分がそうなったなら、人の心を失ってしまったかもしれない。




 でも、オルレイン隊長は正気を保っている。


 暗然とした目をしていても、隊長として慕われて、役割を全うしている。


 それが、とてつもなく凄いことだというのが……彼の強さが、分かってしまった。


 これが、ただの同情であろうとも……ただの嫌いではなくなってしまった。


 最悪なことに。


 ――ほんの僅かでも、彼の気持ちを許してしまった。


「……最悪。……ほんとうに、最悪よ」


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ