第八章 二十二、オルレイン隊長の叱責
第八章 二十二、オルレイン隊長の叱責
心という、一番やっかいなものを鍛えるには、どうしたら良いのだろう。
そんなことを思いながら、倒した三頭のクマに向かって手を組んだところだった――。
「そこの者! 話がある!」
騎馬隊が離れたところに居たのは、確認していた。
射線に入れないように気を付けて、光線を使う時もそれと分からないよう、目立たないように注意していた。
それでも、何か気に食わないことをしてしまっただろうか。
――後ろからきつい口調で呼び止められて、しかも祈りを邪魔されたものだから、私は不機嫌に答えた。
「……はい。何でしょう」
振り向くと、一番見たくない人がそこに居た。
「オルレイン隊長……」
「ルネ嬢! 君だったのか。……馬上から失礼するぞ」
驚きつつも、少し嬉しそうな顔をされたのは何とも鬱陶しい。
「ええ。何かご用でしょうか」
盾になってくれるおとう様も居ないし、イヤな予感がする。
私が単騎で動くと知っているのは、全員ではないから。
復隊したのかは知らないけれど、元であれ現職であれ、近衛騎士達がこんなところに居るとは思わなかった。
近衛騎士をロイヤルと呼ぶのは国王直属だからだし、そんな人達が森の巡回警らの任に就くなんて。
だから、私が単騎で動いているという事情を、知らずに声を掛けたのは間違いないだろう。
「用というか……先程の戦いは何なのか、聞いても良いか」
回りくどい聞き方をする。
こちらが勝手に情報を出すように、あえて何とでも受け取れるように言っているのだ。
「何、とは? 獣が居たので倒したまでです。あと、一応は生き物ですので祈りを捧げていました」
――祈っていた。
という話で、終わってくれればいいのだけど。
「倒すのは良いが、あの戦い方のことを言っている。まるで捨て身ではないか」
やっぱり……核心を突いてきた。
たしかにあの技は、オートドールだからこその技だ。
生身でやればただの捨て身技で、死ぬ確立が極めて高いだろう。
でも、私は違う。
「……捨て身ではありません」
これを説明することは……出来ない。なるべくしたくない。
「少し遠かったが、俺は確かに見ていた。君なら逃げる事も出来ただろう。捨て身で倒すくらいなら逃げるんだ」
翼を着けているから、そう言うのも分かるのだけど……面倒臭いことになった。
とはいえ、私では捨て身でなければ倒せないと思われたのも、何だか癪に障る。
「私は大丈夫です。ご心配には及びません」
「今回はな。だが、どうもあれは、やり慣れているように見えた。普段から多用しているだろう」
無駄に目が利くのだから、本当に面倒な人だ。
「……放っておいてください。問題ありませんので」
他に何か言い様がないかなと、自分でも思うけれど……大丈夫なのに否定されるのも腹立たしい。
「ルネ嬢。君が傷付いて悲しむ人が居ることくらい、分かるだろう。どれほど腕に自信があろうと、あのような戦い方をするなら小言のひとつも言わねばならん」
「ほんとに大丈夫なんです。あまり関わらないでください」
「君! 隊長は君を心配して言っているのだぞ!」
隊長の部下の一人だ。たまらなくなったのだろう。
その気持ちも、分からなくはない。
でも、この人に言われるのも嫌だし、こちらも大丈夫だからこそ技を使っただけなのに――。
そう思ってしまうから、「はい分かりました」とは言えない。
「……何と言われようと、私は大丈夫ですから。そうとしか言えません」
指図するな。と、喉元まで出掛かっているのを何とか抑えた。
まるで、「弱いくせに」と言われているようで、感情が抑えられない。
適当に流すことが、今はなぜか、どうしても出来ない。
「ルネ嬢……逃げるのは恥ではない。態勢を立て直すなり、味方を頼るなりしなさい。そもそも、なぜ一人でこんなところに……」
やっぱり、隊長は私を弱いと決めつけている。
多少は腕が立っても、巨大な獣相手には捨て身しか出来ないと、そう思われている。
「機動力があるからです。それに、本当に一人で大丈夫だから、おとう様にも許可を受けてしていることです」
おとう様を引き合いに出してしまった。
自分の力を、認めさせたいのに……。
「だから、それを使って逃げなさいと言っているんだ。過信は自分だけではなく、味方をも危機に晒すぞ。騎士の……将軍の子なら分かるはずだろう」
むしろ、おとう様と言ったせいでややこしくなってしまった。
彼が言いたいことも、分かっているからこそ、余計にイライラする。
私が遭難すれば、必ず捜索隊が出る。
その彼らを無駄に危険に晒すのだと、そう言っているのは分かっている。
「ですから……仰りたいことも全て、理解した上で大丈夫だと言っているのです。もう放っておいてください本当に。警らにお戻りください!」
彼と話している時間が、心の底からイライラする。
――しつこい。しつこ過ぎる。
「はぁ……。こんなに聞き訳がないとは。将軍も娘子には甘いと見える。だが、俺は君のことを思って言っているのだ。このまま見過ごす訳にはいかない」
ああ。……おとう様のことまで悪く言うとは。
――許せない。
そう思った瞬間、私は無意識に刀の柄に手を掛けていた。
「貴様! 隊長に剣を抜くつもりか!」
「おい、ルネ嬢につらく当たるな」
彼の部下に言われてハッとなったけれど、でもその言葉が、余計に腹立たしかった。
いっそのこと、本当に抜いてやろうかと思ったくらいに。
でも……ここで私闘なんてすれば、アドレーの名に傷をつけてしまう。
(隊長達じゃなければ、ここまで腹も立たなかったはずなのに――)
「ふぅぅ…………。これは、たまたま手を乗せた場所がそうだっただけです。随分と気弱で過敏な方ですこと」
「何だと!」
「おい。やめろと言っているんだ。貴様が感情的になってどうする。……ルネ嬢。部下の非礼は詫びる。だから少し落ち着いて聞いてくれ。俺は本当に、君を心配しているだけなんだ」
駄目だ。
この人は、絶対にこのまま見過ごしてくれない。
何か納得しなければ、ここで何時間でも説得するつもりだろう。
……せっかく、一人で気分よく獣を狩っていたのに。
討伐の仕事をしながら……オートドールの力を、一つずつ確かめていただけなのに――。
(本当に嫌い)




