第八章 二十一、力の確認
第八章 二十一、力の確認
どうやら……。
本当に、何でもない話だったらしい。
下請けの下請け……という話も、そもそも人が足りないので今は機能していないらしく。
ほとんど本来の報酬額で人を雇っているらしい。
そして、ケンのおとうさんのケルトは……。
夏が近くて凍えることもないからと、帰るよりもそのまま、工事現場で寝泊まりしていたのだそうだ。
食事は、いつもよりも高額な募集のお陰で街の食堂で済ませ、少しばかり贅沢をしていたのだという。
「人騒がせな話ですね……」
でも、何事でもなくて良かった。
「全くだ。そこの管轄の者に言って、全員一度家に帰らせたぞ。これで解決だ。この話はな」
調査を始めてからたった一日で解決してしまった。
良かったと思って、執務室を出ようとした時にふと、おとう様の表情が曇っていることや、最後の言い方に違和感を覚えて立ち止まった。
「この話は? というと……?」
別件があるのに、私に頼むのを躊躇しているのだろうか。
「ああ。獣がどこからともなく、増えているらしい。森から出さないだけで精一杯だそうだ。ルネ、行ってくれるか」
「もちろんですパパ。私の得意分野ですよ?」
私が気付かずに部屋を出ていたら、言わないつもりだったのかもしれない。
「はぁ。お前は討伐の話になるとそれだ。とんだじゃじゃ馬になってしまったな」
「フフ。パパの娘ですから」
「……はぁ……」
「もう。ため息なんてひどいです。笑顔で送ってくださいな」
私が自信を持てるのは、今のところこれしかないのだから。
「もういい。行け行け。単騎で動くと伝えているが、味方を撃たんように巡回経路は聞いておけよ。ベリードが仕切っている」
嬉しい。ベリード隊長なら安心だ。
でも、ということは最初から話してくれるつもりだったのか……それとも、私が気付くところまで読んでいたのか……。
ともかく、駐屯場所も聞いたから、後は翼を着けて行くだけだ。
「それでは、行って参ります」
「ああ。気を付けるんだぞ」
**
おとう様から話を聞いたのは、お昼を食べた後だった。
つまり、今日の活動時間は限られている。
私はすぐ隊服に着替えて刀を取り、食料も持たずに森に来た。
どうせ飛んで帰るのだし、単騎で行動出来るのなら細かなことは気にしなくてもいいだろうと思って。
ベリード隊長も意外とすぐに見つかったので、皆の巡回路も分かった。
今日はなんだか、順調だ。
最近は誰かのせいでイライラとしていたけれど、今日はそれを解消出来そうな予感がする。
(なんていい日だろう)
お天気もいいし、風も爽やか。
そういえば、あの森を抜けた時も一人気楽な……。
(いけない。これはあいつの話に繋がってしまう)
これであいつに出会ってしまったら、最悪の気分へと落ちてしまう。
ベリード隊長に巡回経路は聞いたけれど、誰がいつ、というのは聞かなかった。
それよりも、早く森に入りたかったから。
(うかつだったかしら。でも、近衛騎士ならこんなところに出たりしないわよね?)
そんなことを考えながら、翼を使って翔け走っていると、クマの親子に遭遇した。
向こうも私を視認するや否や、いきり立ってこちらに突っ込んで来た。
親が一頭、子クマが二頭。
親の後ろを並走して、時折突進角度を変えてはこちらの視覚に移動のフェイントを入れてくる。
それに子どもと言っても、すでに二階建ての建物くらいの図体をしている。
……刀だけで戦うか、兵器も使うか。
(いや――)
考えるまでもなかった。
翔け走りながらの攻撃を練習する良い機会だ。
(先ずは子クマから狙う)
先頭の親クマに突撃するようなフェイントを入れて、瞬時に軸をずらしてその真横を抜けた。
突進と同時に前足で薙ごうとしていた親クマは、空を切ったことが信じられずにキョロキョロと私を探している。
それを尻目に、私は子クマの足を狙った。
まさしく疾風のように翔け抜け、子クマ二頭の足に刀を滑らせた。
私の翔ける速度が、そのまま切れ味へと繋がる。
ただ刀として使った場合の切れ味は、すでに城砦への森で試しているから……。
今回は、斬る瞬間に刀から光線も出した。
子クマの足に刃が入った手応えの瞬間、光線を放つ。
それを二頭分、二回。
彼らの脇を風が抜けるように斬り、さらに地を蹴って向き直り、もう一度。
次は首を狙う。
足を二本とも失って倒れ込む二頭の、その下から上へと斬り上げた。
以前、ガラディオから首の落とし方を教わってからほとんど練習出来ていなかったので、その練習台になってもらう。
速度に乗っている分、斬り上げの難度も上がるけれど――。
光線を使わずに斬り上げ二閃。
二頭とも、音もなく首を落とした。
切断面から血が吹き上がるのさえ、数秒が必要なほど見事に。
その巨体が地面に倒れ、頭が首から離れるまで親クマさえもそれを見守っていた。
――が、その瞬間。
それは激高して二足で立ち上がり、そのまま私に覆いかぶさるように、特大の爪を振り下ろして来た。
両の前足の回転を良くするためか、屈む様な姿勢でも四つん這いにはならない。
予想しない速度で繰り出す爪の乱打に、その巨木のような腕の重さに――人の身なら抵抗出来ず、ズタズタにされただろう。
でも、私の体はオートドールだ。
――ルネ流、爪花繚乱。
本来なら、十本の指から光線を放ち、咲き誇るかのように縦横無尽に切り裂く技だけど……。
今回は懐に潜ったまま、反応速度を全開にして刀で乱れ斬る。
本気で振るう刀は目で追える速度ではなく、クマはその腕を振り下ろす度に失っていった。
その足も、分厚い胸板も、境目の分からない太い首も、全てが切り裂かれて落ちて行く。
――ほんの一秒ほど。
切り裂いたクマの身が、地面に落ちるかどうかの頃には、私はクマの懐から抜け出していた。
脇を抜けてクマの背後に立ち、残心でその死を見届ける。
「……ふぅ。体を使うと、やっぱり効率は悪いのね」
兵器を……光線を使えば近付く必要もないし、全身に集中して激しく動くようなまねをしなくてもいい。
でも、せっかく強い体を手にしたのだから、存分に振るいたい時もある。
特に、あいつのせいでイライラとしていたから。
八つ当たりだと言われたら、そうかもしれないけれど……。
時々は、こうして動きと力の確認をしておかなくてはいけないのも事実だ。
いざという時、それも光線が使えないような状況でも、自分の力を発揮出来るように。
……とはいえ、最初の気持ちがすでに八つ当たりだったから、それは反省しなくてはと思った。
たとえ、分かり合えない絶対の敵だとしても、命なのだから。
それに心が乱れていれば、太刀筋も乱れる。
今回も、よく見れば荒い部分が見て取れる。
首を落とした時、本当ならクマが倒れて地面に当たった衝撃で外れるはずが、その直前から頭が外れてきていた。
血が噴き出たのは地面に当たった後だっとはいえ……未熟さのせいだ。
(心って、どうすれば鍛えられるのかしら……)
乱されることが多いから、余計に必要性は感じるもののよく分からない。
(……これからの課題ね)




