第八章 十九、休まらない休日
第八章 十九、休まらない休日
城砦からオルレイン隊長を連れ戻し、その翌日に婚約を申し込まれてから、数日。
私はもやもやとした苛立ちを抱えたまま、部屋で毎日を過ごしていた。
連日訪れる隊長と、顔を合わせたくないから。
仕事も特になく、というか、生産施設の稼働についてはあるのだけど、数分も掛からない。
国や市民からの要望書を見て、施設に指示を飛ばす。
たったこれだけで終わるのだから。
他にやることもなく……。
エラは貴族教育のおさらいとやらで、私よりも忙しいから、暇を持て余している。
あの子はエイシアとのお昼寝も欠かさないので、夕方に一緒に居るくらいなのだ。
お昼寝に同行するのも、エイシアに「また来たのか」という呆れた顔をされるのが……何気に胸に刺さる。
いつまで甘えているのだ。――と、言われているように感じてしまう。
開き直って、「いつまでだっていいじゃないのよ」と、言ってみたい気もするけれど。
そう出来ないのが私の、こじれた大人心というやつだろうか。
素直になれないのか、それとも、そこまでしたい訳ではないと思っているのか……自分でもよく分からない。
空でも飛んでこようかと思っても、暗殺を警戒するせいで窓には鉄の格子が入っていて、体を出せる程には開けられない。
となると、玄関から出るしかなく……あの隊長と鉢合わせるかもしれないので、部屋から出られない。
(あの人、なんで暇なのよ……)
まだ復隊していないのだろうか。
そんなことを考えてしまう。でも、それ自体が気に入らない。
と、思っている時だった。
「ルネ嬢~! 今日も会わせて貰えなかったが! また来る! 君はどんな花が好きだろうか!」
という、大声が外から聞こえてきた。
――ふざけた男だ。
相手にするつもりなど、微塵も無いというのに。
うっかり外を見ていなくて良かった。
窓越しでさえ、視線など合わせたくない。
(誰か、弓で射てくれないかしら)
……声はそれっきりだったから、すぐに帰ったようだけど。
「ほんっっっ…………とに、めんどくさいわね」
吐き出さずには、心が苛立ちの形に固まってしまいそうだ。
それだけでなくて、お屋敷に籠っていても……全然休まらない。
**
それから二日ほど、彼は来なかった。
「やっと諦めたかしら」
ふぅ。と、息をついて、安心して良いのだとやっと思えた。
「アメリア~? アメリア。おなかが空いたわ」
専属のアメリアを呼んで、食堂で食べたいから用意してもらうように伝えてもらった。
そういえば、彼女にあげると言っておいて、まだ髪留めを買いに行けていない。
(今日は久しぶりに街に出て、買い物をしよう!)
なんだか、とても気分が良くなってきた。
街で目立たないように、侍女達が着ているような町娘の服で出かけよう。
食事を終え、その旨を執務室のおとう様に告げると――。
「ダメだ」の、ひと言……。
「そんな。どうしてダメなんですか?」
「ワシも一緒に行く」
おとう様……それだとサッと行ってサッと帰るというのが出来ないのですが。
「お仕事はどうするんですか」
「少しくらい構わん」
「もう……。それなら、エラも一緒に連れていきましょう。一人残して行くのは可哀想ですから」
どうせ言っても聞いてくれないから、それなら皆でお出掛け、ということに切り替えた。
「そうだな。……それで、どんなドレスを着ていくのだ」
まさか、私のドレス姿を見たくて一緒に行くなどと言ったのだろうか、おとう様は。
「どんなって……社交界に行くわけじゃないんですから、豪華なのは着ませんよ?」
「なん……だと」
「もう! そんな悲しそうなお顔をされても、ダメですからね」
そう言ってすぐに、執務室を出た。
でないと、割とゴリ押しされてしまうから。
ちょっとした買い物なのに、煌びやかなドレスで街に出る羽目になってしまう。
そして、その作戦は成功して、普通……ではないかもしれないけれど、抑え目のドレスで事なきを得た。
その代わり、馬車の中ではエラと二人でおとう様を挟んで座った。
少し窮屈だったけど、嬉しそうなおとう様を見ていると、私達も嬉しくなった。
それは別に、おねだりをするためではなくて、純粋に親子水入らずの時間を楽しんで欲しかったから。
宝飾店に入った瞬間、「とりあえず全部買――」と口走るおとう様の口を、両手で塞いだのは予測していたからだ。
アメリアの髪留めを買いに来ただけだと伝えていたのに、この始末。
「パパは油断も隙もありませんね」
とは言ったものの、おとう様の体裁とやらのために、他にも何点か買うことになった。
無駄遣いだから、やっぱり一人で来れたら良かったのに。
ただ、エラのためにも選んだら、とても喜んでくれたのは嬉しかった。
おとう様も同じ気持ちのようで、そう思うと……家族で来られて、良かったのかもしれない。
他にも寄りたい所はないのかと聞かれたけれど、私もエラも満足だったので帰ることにした。
その帰り道――。
馬車に並走するように、全力疾走しながら声を掛けてくる少年が現れた。




