第八章 十八、厄介なやつ
第八章 十八、厄介なやつ
どこから話せばよいかと、しばらく考えたものの……どうあっても、一番イヤなことを話さなくてはならないと気が付いた。
正直、本当に言いたくない。
けれど……言わないことには話が進まない。
「――簡単に言うと、私…………」
「なんだ、いやに渋るじゃないか」
おとう様は怪訝な、けれどとても心配そうな顔で私を見た。
本来の兵装を使えば、負けるわけがないのに。
何度もこの言葉を浮かべては、エラのように頬を膨らませて黙り込んでしまう。
「……マケマシタ」
「うん? 何と言った」
「……負けたの。あいつに」
「なんだ、そんなことか」
おとう様は何を想像していたのか、私が心を痛めながらやっと言い出したことを――。
「そんなこと、じゃないじゃないですか」
私は、あからさまに拗ねてみせた。
何も偽らず、そのままの感情を。
でも、おとう様は私の頭を撫でると、少し機嫌が直ることを覚えてしまったらしい。
大きくて分厚い手で、そっと優しく撫でてくれるのがたまらなく……嬉しい。
「ルネは知らんから仕方がないが、あいつはあんなでも腕は立つ。ガラディオの次くらいにな。身長がヤツと同じくらいあれば、もしかするとあの馬鹿の方が強かったかもしれん。そのくらいの実力だ」
オルレイン隊長は、ガラディオ程ではないけれど、結構高かった。
その身長分くらいしか差がないほどに、あのデリカシー無し男と並ぶ強さだったとは。
「そうなんですか……。でも、やっぱり悔しいです」
「そうかそうか。まぁ……実力だけで見れば婚約も良いのだが。あれはお前のような女に惚れると、見境がなくてな……当時も皆が苦労したものだ」
「……そんなにややこしいんですか? あの人」
「あぁ……」
ため息なのか、生返事なのか、どちらとも区別のつかない声の後、話は続いた。
ルナバルト・オルレイン隊長の、まるで子供のようなアプローチの数々を。
聞いているだけでこちらが赤面するほどの、ド直球。
そして、しつこさ。
周りからすれば、前のご婦人も、それに疲れたあげくの諦め婚だと噂した時もあったほど。
ただ、純粋な気持ちだけは本物で、ご婦人はそこに打たれてしまったという。
「こわ……。私には無理です」
意地悪さに関しては頭が良さそうなのに、恋愛となると向こう見ずのアプローチしかしないとは。
同じように知能を使えば、もっとモテるはずの綺麗な顔まで持っているのに。
「だが、意外と既婚女性の人気も高い。真っ直ぐに愛されるのは、見る側からすると羨ましいらしいぞ」
それは、もしかしておとう様自身も含めているのかしら。
「パパ。むしろあの人を薦めていませんか?」
「はっはっは。ルネに手を出そうなど許せんのは変わりないが、あれも有能な部下ではあったからな。一応、平等な視点を言ったまでよ」
納得がいかない。
もっと、これでもかと貶してほしかったのに。
「……私が婚約するなら、どの家が良いとか……教えてください。アドレーのため、国のために必要ならば、私はどこにでも嫁ぎますから」
この覚悟は、アドレー家に迎え入れてもらった時からしている。
公爵――それも大公爵家ともなれば、娘は駒でもある。
幸いにも私は、元が元だけに、男性を好きになることはないだろうから。
人として最低限尊敬出来れば、受け入れるつもりだった。
その代わりエラには……するなら、好きな人と結婚してほしいけれど。
「ルネ……前にも言ったが、エラもお前も、好きに生きれば良い。結婚してもしなくても、相手の家柄も出自も、何も気にするな。元々、ワシの代で潰えるはずだったのだからな」
「パパ……」
優しくて、強くて、手が大きくて、ずっと私のことを考えてくれて……。
おとう様のような人なら、婚約でも結婚でも、すぐに了承しただろう。
「ところで、負けた以外に何かなかったのか。お前に一目惚れしただけで、あの城砦から出てくるとも思えん」
そういえば大事な話を忘れていた。
――王都に帰還する条件として、隊長が国王に出した賭け。
隊長の小細工を見抜ける上で、自分の身を護れる女性が現れること。
「そんな人が現れるはずがないと、そう踏んでいたらしいのですが……」
「お前か」
小細工は偶然分かったというか、オートドールの記憶機能のお陰だけど。
「戦えるのが、裏目に出るとは思いませんでした。」
「それよりも国王め……。ルネと謁見した時から画策しておったな。おのれ……」
新しく私を養女に迎えるにあたって、謁見は防げないものだった。
アドレーの娘として、戦えるとアピールしたのも……。
まるで、隊長と国王からすれば、彼らのために私が現れたように感じたことだろう。
「パパ。国王が絡んでいるとなると……私、あの人と婚約しないと駄目ですか……?」
偶然にしても、条件の揃い方が嫌な流れだ。
「ルネ……。いや。お前が行きたいならともかく、無理強いなどさせるものか。さっきも言ったが、何も気にせんでいい」
「ありがとうございます。でも……。パパに迷惑が掛かるなら、その方が嫌です。本当にどうするべきか、そこは冷静に考えてください。私だって、万が一の時は彼を手にかけてでも……」
そう言った私は、どんな顔をしていたのだろう。
「ルネ。お前は恐ろしいことを口にするんじゃない。ワシではあるまいに」
おとう様も、随分悪いお顔をしている。
親子で似たのだとしたら、それは私にとって、とても嬉しいことだ。
それはともかくとしても……随分と面倒なことになってしまった。
オルレイン隊長彼一人の話なら、適当にあしらっていればいいのかと思っていたけれど。
国王が本気で絡んでいて、私のせいで隊長が城砦に帰るなどと言い出したら……。
きっと、今度の国王命令は私に向けて出されるだろう。
『ルナバルト・オルレインと結婚し、王都に繋ぎ止めよ』と。
確かに強かったけれど、国としてそこまでするほどの男なのだろうか。
「パパ。オルレイン隊長の弱点って、ありますか?」
この先も、少なからず会いそうな相手なのだから、知っておくにこしたことはない。
「弱点か……近衛騎士団の副団長だからな……。ま、あの性格が全てだ。良いも悪いもな。弱点たり得るとすれば、それもやはり、お前になるだろう」
何かの謎解きのような答えだ。
……続くのかと思って待っていたら、それで終わっていた。
「もっと……分かり易く教えてください」
「い、いや……分かり易くもなにも、あいつは真面目にしていれば、これと言って欠点も弱点もない。だから言ったろう。厄介なヤツに目を付けられたなと」
「そんな……」
「ま。なんとかしてやるさ。ルネはルネのやりたいようにしなさい」
……隊長夫人に、疲れたあげくの諦め婚だという噂が流れたというけど、まさか自分もそうなったりしませんように。
おとう様のこの言葉を聞いたら、祈るしかないような気がしてしまった。




