第八章 十六、家族の温もり
第八章 十六、家族の温もり
二十日間。
帰るのに二十日間も掛かってしまった。
私や騎士達は馬に乗っていても、住民達は徒歩が大半だったから。
馬車には荷と食料を乗せ、人は歩いた。
そして、幸いにも獣は三度出ただけで、大した混乱も負傷者もなく王都に到着した。
オルレイン隊長も時折話してくるくらいで、しつこくはなかった。
私が嫌がる素振りを見せたせいか、遠慮してくれたようだった。
「ルネ嬢。俺はこのまま国王に謁見してくる。皆も各自適当にするだろう。君も真っすぐ帰るといい」
城門で一応の検問を受け、先に抜けた時にそう言われた。
「皆さんのこと、待ってあげなくてもいいんですか?」
私はともかく、隊長はどうなのかと思う。
「この程度なら部下に任せるさ。それよりも、俺が復隊しなければ部下達が路頭に迷うかもしれないからな」
「なるほど……」
そう言われたら、それもそうかと思った。
「それではルネ嬢。また会おう」
「あ。え?」
私の返事を聞くこともせず、オルレイン隊長は馬を走らせて行ってしまった。
「会わなくてもいいですけど……」
そのままお屋敷に帰ろうとしたところで、馬は借りていたのだと思い出した。
後ろで検問を終えた騎士の一人に預け、私は翼を使った。
王都は人目が多いので、翼を着けたまま歩くのは目立つから。
それなら飛んでしまった方が、街の人達も「将軍の娘か」と、記憶の隅にも残らないだろう。
――帰ったら、エラとおとう様に挨拶をして、お風呂に入って……少し横になりたい。
オルレイン隊長と、ずっと一緒だったのは本当に疲れた。
出来る事ならもう、二度と会いたくない。
**
見張りの騎士が伝達していたのだろう。
お屋敷に着くと――玄関前に降り立つと同時くらいに、中から侍女達が迎え出てくれた。
タイミングが良すぎるし、おそらくは城壁の見張りにもおとう様の部下が居たのだろう。
(さすがはアドレー家……情報網も伝達速度もすごい)
『お帰りなさいませ。ルネ様』
聞き慣れた皆の声は、疲れを一気に吹き飛ばしてくれた。
「ただいま戻りました」
おとう様はと聞く前に、執務室からわざわざ出てきてくれていた。
「パパ!」
「おおお、ルネ! よく帰ってきた!」
駆け寄って抱きつくと、おとう様もしっかりと受け止めてくれて、やっと心からホッとした。
すると後ろから、エラが外から入って来た。
「おねえ様! おかえりなさい!」
お庭でお昼寝する時間だったようで、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ただいま、エラ。いい子にしてた?」
おとう様から左手を離して、エラを抱き寄せると嬉しそうに微笑んでくれた。
「悪い子に見えますか?」
見えるはずがない。
「フフ。エラはいつもいい子だもんねぇ」
この日常から離れるなんて、なるべくならもうしたくない。
私はお屋敷で、引きこもっていてもいいのだから。
「さて、それでどうなったのだ。ルナバルトは戻るのか?」
「はい。城門を抜けてすぐ、陛下に謁見に行きました」
「そうか……。大役、ご苦労だった」
本当に大役だった。
たぶん、私にとって一番苦手な仕事のひとつだと思う。
「ほんとですよ、パパ。こういうのは向いていませんでした。次からは獣討伐とか、もっと簡単なのにしてください」
抱きついたまま上を見上げて、おとう様の顔を見た。
きっと困ったお顔だろうと思ったら、案の定だった。
「すまん……」
予想以上で、少し申し訳ないなと思ったけれど。
「いえっ……。ごめんなさい。ワガママしたいんじゃないんです」
「ああ。分かっている」
そして、三人でもうひとしきりぎゅう……と抱き合ってから、私が腕の力を抜くと、二人も離れた。
いつの間にか、誰かが腕の力を抜くと離れる。という、暗黙の決まりが出来ているのだ。
「疲れたろう。詳しい報告は明日にでも聞こう。休みなさい」
「ありがとうございます。それでは、私はお風呂に……」
「おねえ様! 私も入ります!」
「また~?」
「またです! というか、ずっとです!」
いつもよりご機嫌なエラを見て、おとう様と私は同じ顔をしていた。
侍女達も、口元に手を当てつつも、ニマニマと笑みをこぼしている。
「しょうがないわねぇ」
エラと手を繋いで、浴場に向かうだけでこんなにも嬉しいとは。
もう、本気でお屋敷から出たくないかもしれない。




