第八章 十二、勝負事(一)
第八章 十二、勝負事(一)
太陽が傾き、あと数時間で日が落ちる頃には、舞台が用意されていた。
城砦と城下町的な住居群の間に、ちょっとした広場がある。
そこを、皆が持ち寄った椅子に腰かけて囲んでいるのが勝負の場だ。
私は飛べないように、翼は預かり取られてしまった。
そして、目の前には本当に五人、門前で私を追い払おうとしたおじさんと、その他四名が立っている。
四人が剣を持っている中、おじさんだけは片手斧と剣の二刀流だ。
観客たちは久しぶりだと言って盛り上がっている。
――というか、女相手に男が五人という構図を、誰も卑怯だの話にならないだのと言わないのだろうか。
それとも、王都から来た女を嬲るという、固有の風習でも作ったのだろうか。
「さっさと終わらせましょう!」
歓声の中でも相手に聞こえるように、声を張った。
その態度が気に入らなかったのか、元々嫌っているからか、おじさんは不機嫌そうに私をねめつけた。
そして、その無精ひげの汚い顎をくいと私に向け、四人に「行け」とでも合図したのだろう。
その他四人が剣を抜いて、私ににじり寄って来る。
この状況を作ったオルレイン隊長はどこかと探していると、砦のバルコニー様の、私を掴まえた場所から見下ろして観戦していた。
少し違って見えたのは、おそらくは戦闘服に着替えているから。
黒っぽい、簡単に言うなら忍者のような装束だ。
王都とあまり交流がないなら、シャツよりも布を合わせる方が合理的なのかもしれない。
(とにかく……五人を倒したら、あの場所に登って平手打ちでもしてやる)
「娘! よそ見とはいい度胸じゃないか」
前に居る一人が私に声を掛けると同時に、速攻といわんばかりに四人が斬りかかってきた。
それは、横並びの中二人が突きを構えての、取り囲みながらの同時攻撃だった。
(左右からは横薙ぎで、普通なら避けられなくて焦るんだろうけど)
私はそのど真ん中に殺気を立てずに割って入ると、突きの構えごと相手の剣を打ち払った。
敵意を消した動きに、二人はほとんど反応出来ずにいる。
そのせいで、ガギンという鈍く強い音と共に二人の剣が砕け折れた。
と同時に、その二人にそれぞれ掌打と、体を翻して横蹴りを放つ。
彼らの脇腹に重い掌底と蹴りがめり込み、二人は観客の中に吹っ飛んだ。
(普通の体術でも倒せるレベルだったわね)
つまり、そこまで強いとは思えない。
でも、動きの統制は取れていて、残りの二人は動じずに斬りかかってきている。
(連携重視の部隊なのかな)
そんなことを考えながら、馬鹿正直に踏み込んで来る左右の二人のうち、右側に仕掛けた。
斬り下ろしてくる剣を受けずに躱し、その軌道を刀で受け流して二撃目に移れなくしてから、刀の柄の先を鳩尾に打ち入れた。
ぐぅっ、という気持ち悪い声と共に、彼はそのまま昏倒した。
そこで思ったのが、私は相手に合わせてしまうクセがあるなということ。
この気だるい攻撃に、こちらも無駄で遅い動きになってしまっている。
(もっと早く動けるのに)
そう思い直して、もう一人斬りかかって来ていた彼には、最大限に早く隙のない動きで対処した。
身を瞬間的に相手の懐に入れて、肘打ちをめり込ませる。
残るおじさんが、その彼の斜め後ろに移動していたのを横目で捕らえていたので、逆に、倒れ掛かっている彼を盾に身を隠した。
そのまま、おじさんに彼の体を押し付けて体勢を崩して、おじさんが持つ斧を打ち上げるように払った。
「くそっ!」
打ち上げてからすぐにおじさんを攻撃しなかったのは、これはわざとだ。
飛んだ斧よりも、おじさんに攻撃するぞという動きを作ることで、私達に視線を集めるため。
あえて、おじさんが防げるように軽く横薙ぎを打つ。
おじさんはやや得意げに、それを受ける。
他の四人が瞬時に倒されたのに、自分は受けているぞという喜びでも感じているのだろうか。
けれど、この狙いはオルレイン隊長に向けて斧を払い飛ばしたことにある。
やや真上に飛んだ斧は放物線を描き、隊長の立っている辺り目掛けて落下した頃だ。
それはおじさんが、私の刀を受けたのとほとんど同時だった。
ギン。という打ち合った音と、ドス、という重い音が微妙に重なった。
(これはさすがに、外したか)
期待し過ぎなのは理解しつつも、私は残念に思いながらおじさんの脇腹に掌打を放っていた。
最初の二人と同じように、観客のところまで派手に飛ぶおじさん。
「……不毛だわ」
もちろん、殺してなどいないし、おそらくは後に残るような大怪我もさせていない。
打ち抜くのではなく、打ち飛ばす打撃にしたから。
表面は腫れるとか内出血はするだろうけど、骨や内臓にダメージはない。
――はずだ。
「これは、挑戦状のつもりか?」
いつの間にか降りて来ていたオルレイン隊長は、手に先程の斧を持っている。
見たところ、やはりどこにも当たらなかったらしい。
「あら。お気に召しました?」
私が涼しい顔で微笑むと、彼も嘘くさい微笑を返してきた。
「他の所に飛んだらどうする。危ないだろう」
「私がそんなミス、するわけがありません」
「……ほう?」
ダレた動きをしていたとはいえ、私の力量を見抜けないのなら隊長も大した腕ではない。
バルコニーで掴まえられたのは、偶然だったろうか?
「で? 勝負なさるんですか? それとも……」
「それとも?」
「私が恐ろしくて、逃げ帰りたいでしょうか」
私は真正面よりも少し角度をつけて、小首を傾げてみせた。
「安い挑発だが、乗ってあげた方が嬉しいのかな?」
彼は表情を変えていないけれど、乗ってくれそうではある。
ただ、のらりくらりと躱されそうな雰囲気だから、もう一押しした方がいいだろう。
「女性の誘いを断るのかしら」
そう言った途端、オルレイン隊長の片眉が一瞬、ピクリと動いた。
まるで喜んだかのように。
「……ふ。誘ってくれたのか。そうかそうか」
そう言うや否や、彼が手に持っていた斧が消えた。
(あぶな――)
半歩引いたその足があった場所に、斧が刺さっている。
「……無粋な人ね」
目で追えなかった。
避けたのは勘……というか、肌で見るという技術のお陰だ。
「お返しというやつだ。さて、どうお相手してもらおうか。俺の趣味はダンスなのだが」
ダンスと聞いて、先刻、掴まれ抱き寄せられた感触が蘇る。
「次に触れたら、その腕を本当に落としてあげますから」
……気持ち悪い。
妙に落ち着き払っているのと、今の斧を投げた速さに違和感がある。
もしかすると、本当に強いのだろうか。
「さぁ? そんなことが出来るのなら、許可しよう」
「は?」
「……もう始めてもいいのかな?」
――返事を待っている?
「…………いいわ」
そう告げた瞬間、背後から気色悪さが包み込んでくるような気配がした。
(これは――)
悪寒だ。
そしてすでに、目の前からオルレイン隊長が消えている。
(殺気とは違う、別のものを向けられてる――)
いつの間にか背後を取られて、今にも抱きしめられるところだった。
間一髪で屈みこみ、即座に回転して後ろに足払いを放った。
――でもそれは、むなしく空振りに終わる。
だけでは済まなかった。
蹴り抜きかけた足を踏まれ、動きを止められてしまったのだ。
「足癖が悪いのか。俺が矯正してやろうじゃないか」
ぞわぞわとしたものが、体の芯を抜けて行った。
(こいつの言う事が、いちいち気持ち悪く感じるのは気のせい?)
私は踏んでいる彼の足を目掛けて、刀を振り抜いた。
でも、それも空を斬ったのみ。
一応は峰打ちに使っているけれど、私の速度に反応されている。
「……あなたも剣を抜いては?」
さすがに、武器を使ってもらわないと格好がつかない。
「俺の趣味はダンスだと言っただろう。君と踊りたい。名は何と言ったかな」
「知っているくせに」
態勢を整えながら、私は刀を上段に構えた。
「いや。アドレー将軍の娘としか聞いていない。直接はな」
「それでも書状を見て知っているでしょう」
「では、捕まえて直接聞き出してやろう」
また、背すじにぞわりと悪寒が走った。
「その気持ち悪い言い回し、最悪ですね」
私は刀の刃を水平にし、剣筋を隠した。
でも、これもフェイントで本当は――。
(いや、やっぱり刀で殴ろう。素手は危険な気がする……)
「……どうした? そちらから来るがいい」
近寄るのが気持ち悪くて、いまいち踏み出せない……。




