第八章 七、国王命令(二)
第八章 七、国王命令(二)
おとう様はまだ、口をつぐんでいる。
私になら連れ戻せる理由というのを、自分でも考えてみたけれど何も思いつかない。
力づくで。というのも、別に私でなくても可能だから。
女性が必要だとしても、私である必要性が見当たらない。
しかも、辺境領に籠っているならなおさら、私が誰の娘か分からず困惑させるのではないだろうか。
「ルネ……」
消え入りそうな声で、おとう様は私の名を呼んだ。
それはひとり言だろうかと思うほどに、か細い声だった。
ほんの数秒気付かないふりをしていると、次はしっかりと呼ばれた。
「――はい。パパ」
抱きついたおとう様の腕越しに下から顔を覗き込むと、おもむろに頭を撫でられた。
「お前は、ワシの娘だ」
「……ええ。嫌だと言われても、ずっとパパの娘ですよ?」
何か不安を抱えているのは分かった。
私が居なくなるようなものだろうか。
でも、私はオートドールで人間が敵うような代物ではない。
まるで私が失われるような、そんなおとう様の雰囲気に呑まれそうになったけれど、ありえないことだ。
「……時にルネよ。お前好みの男とは、どんな男だ?」
「……はい?」
連れ戻すという話からの、好みの男を聞かれるとは思わなかった。
「だから……どんな男が好みなのだ」
この人は、私がチキュウでは男だったことを失念……もしくは完全に忘れてしまったのだろうか。
とはいえ、私も随分と順応したもの……。
それというのも、ゴーストそのものに性別などあるのかという問いに、妙に納得してしまったから。
記憶があやふやだけど、エルトアに言われたような気がする。
ならば、入っている器に任せて楽に生きようと思った。
それはつい最近になって、ようやく腑に落ちたのだと思う。
だからこの身でいつか、男を受け入れることになろうとも、死にたくなったりはしないだろう。
(……たぶん)
と言っても、そんな風に全てを受け入れてあげたいと思える相手など、そう見つかるはずもないけれど。
「パパ……。私は特に、好みなどありません。粗野な人はイヤですが」
この体になった当初、ガラディオを想っているように感じたりもした。
でも、あれはエラの気持ちと混ざっていたのではないかと思っている。
エラと精神が干渉していたのを、先日ようやく解消することが出来た時に、そう確信した。
私というゴーストへの憧れのようなものと、ガラディオの頼り甲斐が、エラを通して私に混ざったのだろう。
実際、戦場で彼の隣に居ると絶大な安心感があるから、私自身も錯覚していたのかもしれない。
普段は、ガラディオはデリカシーが無いけれど。
「では、急に良い男が言い寄ってきたらどうする」
……この話はまだ続いていたらしい。
「急に言い寄られても困るだけです。どうしたんですか、さっきから」
全くもって、おとう様らしくない。
「それがな……。連れ戻す男の、その夫人にお前がそっくりなのだ。見た目というより、若い頃の雰囲気というか、落ち着いて凛とした姿が似ている」
たしかにこの体は、エラのような可憐なタイプではなくて、どこか影のある美人顔だ。
悪く言ってしまえば、若いのに達観したような冷めた感じがする。
……自分のゴーストが表情や雰囲気に反映されているとしたら、泣きたくなるけれど。
「それでは……似ているから私が行く方が良いと、そういうことでしたか」
「……そういう事になる」
それがどうして、こんなに話を引き延ばす理由になるのだろうか。
「ならば適当に、お願いしますと言えば命令を達成できそうですね」
「……絶対に色目を使わんと約束してくれ」
本当に一体、何を危惧しているのだろう。
「今までもしたことありません」
「そうか……そうだな」
「もう。どうしちゃったんですか?」
そんなにカッコいい人なのだろうか。
逆に興味が湧いてしまった。
「いや……なんでもない」
なんでもなくはないと思うけれど……そう言われると行くのが不安になってきた。
「あっ……こういうことですか。夫人を想うあまり、犯人を憎み過ぎて人格が変わってしまったとか、そういうことですね?」
憎悪というものは、人を歪ませてしまうものだから。
「まぁ……心は強いやつだから、おかしくはなっとらんだろうが……見ておれんかったがな」
そう言うとおとう様は、ずっと揺れていたのだろう心の天秤が定まったらしい。
「いや――。妙な感じになってすまん。ともかく行ってきてくれ。後の事は……ワシが何とかしよう」
「ど、どういうことですか?」
結局はおとう様が動かざるを得ないような、そんな複雑な事態になるのだろうか。
(変なフラグを立てないでほしかった……)
聞いていると一途な人のように思うけど、惚れっぽいところがあるのだろうか。
何とも言えない心地の悪さを覚えながら、作戦の続きを聞いた。
――まず、距離があるから翼で飛んで行けということ。
ただし、道沿いに。
そしてついでに、帰りのために獣はなるべく狩りながら進めということ。
向こうに着いたら、期限を一週間に絞ること。
それ以内に返事をもらうか、渋られても期限を切って迷わず帰ること。
あとは、私の好きに動いて良いということだった。
何を言っても、何をしても、気に留める必要はないと。
それは、無礼を働かれた時に斬り捨てることも含まれていた。
「一体、どんな人が相手なのか分からなくなりました」
「……予想などせんでいい。面倒事を言い付けられてしまった、くらいの気持ちで行けば良い」
「……へんなパパ」
そう言うと、また頭を撫でられた。
知る人達からすれば、ややこしい命令なのだろう。
それを押し付けざるを得ないことに、何らかの覚悟でも決めたかのような……そういう撫で方に思えた。
私は一向に、意味が分からないままだけど。




