第八章 六、国王命令(一)
第八章 六、国王命令(一)
「仕事というのはな……」
執務室に入ると、私が離した腕を名残惜しそうに眺めながら、おとう様は苦い顔をして切り出した。
「国王命令なのだが……ある人物とその部下達を、王都に呼び戻してもらいたいのだ」
――ある人物、だけではなくて、その部下達もというと……まさかと思った。
けれど、思い当たる話というと、私の中ではひとつしかない。
「元、近衛騎士団の第二部隊を率いていた男……ルナバルト・オルレインと、その部下達を」
やっぱり、そうだった。
「パパ……行って欲しくないの?」
いつもは、「ならん」「だめだ」などと言いながらも、その表情には余裕があった。
だけど今は、本当に嫌そうな顔をして眉間に寄せた強いシワが取れない。
代案や後の手、その他諸々のフォローが思いつかないからなのかもしれない。
「……行かせたくないが、成功させるならお前しかおらん」
おとう様よりも私が行く方が良いということは……女好きなのだろうか。
「色仕掛けでもすれば良いのですか?」
「ばっ! 馬鹿な事を言うんじゃない! 絶対にならんぞ!」
意外なほどの剣幕で怒鳴るものだから、一歩後ずさってしまった。
「お、怒らないでください。パパが変な含みを持たせるから、聞いてみただけなんですから」
「そ、そうか……すまん」
なんとも歯切れの悪いおとう様を見るのは、珍しいなと思いながらも、からかいたくなった。
もう怒鳴られたくないから……しないけれど。
「それで、どんな方なんですか? 私の方が良い理由も教えてください」
おとう様はため息をついてから、とりあえず座れとソファを顎で指した。
お互いに向かい合って座ったものの、ここでからかってやろうと思って、私はおとう様の隣に座り直した。
不思議そうに見られはしたものの、口の端が少し緩んだのを見逃してはいない。
「あ~っと……どういうやつかだな」
事件のことは知っているなと聞かれ、そこから話が始まった。
――ルナバルト近衛騎士団第二部隊長の、妻子がその部下に殺された事件。
部下は、絶世の美女と謳われたルナバルト夫人を慕うあまり、ルナバルトが長期不在の隙を狙って関係を迫った。
もちろん断られるのだが、その腹いせに幼い子供諸共、婦人を殺害した。
本当に痛ましい事件で、その後は捕らえられた犯人ごと、ルナバルトと彼を慕う部下数十名が姿を消したという話だけど……。
どうやら、所在不明ということにしていただけで、どこに居るかは分かっていたらしい。
――今は放棄した辺境領。北東にある、寒さ厳しい雪の森。
気候は、北の山脈から降りる山風のせいで冬が長い。
真夏でも真っ白な山脈の、雪解け水が地下水になった水が美味しい、ということくらいしか良いところが無い。
そこまで言われるくらいに、王都とは比較にならない場所。
以前は、ノイシュ領に向かって北から密航船が来ていた。
それをいち早く見つけ、沿岸部――と言っても高い絶壁が続く天然要塞から、なんとか接岸しようとする密航船を攻撃していた。
少しでも数を減らし、ノイシュ領の負担を軽くするために。
崖上からの投石機で届くのは、潮の流れのお陰らしい。
つまりは、山風も潮の流れも過酷で、住む者にも来る者にも苛烈な環境なのだそうだ。
今ではノイシュ領が力をつけたことと、あまりにも不利な潮の流れだとその国が思い知ったことで、何も来なくなった。
見張りを立てる意味がなくなってからも警戒を続けたけれど、本当に何も来ないので辺境領そのものを破棄することになった。
砦もあるし簡素な町もあった。
そのくらいの規模にはしていたけれど、住むためだけであるなら維持するデメリットが大き過ぎる。
そういう場所に、ルナバルト以下数十名が居るのだという。
――聞いているだけで肌寒くなったので、いつの間にかおとう様の腕を抱きしめていた。
「そんなところに、何十年も隠れ住んでいるのですか?」
「ああ。だがそれだけではなくてな。調べによると、噂を聞いた者達が彼らを追って、一緒に住み着いているのだ」
「……それじゃあ今は、町の形態に近いか、完全に隠れ里のような機能を持っていると」
「そういう事だ」
でも、それだけなら私でなくても、誰かが行けば済みそうなものだけど。
「なぜ、私でしか連れ戻せないのでしょう?」
「う~ん……」
説明してくれるはずが、この流れになると唸っただけで答えてくれなくなってしまった。
……沈黙から数分。
急かす理由もないし、このまましがみついた腕に甘える練習をしようと思い、頭をこつんと寄せた。
ただ……このままじっとしているだけで甘えていることになるのか、大いに疑問ではあったけれど。
さらに数分経っても、おとう様は向かいのソファを睨みつけたまま動かない。
(たいくつだわ……)
無反応な相手に引っ付いているというのも、自分の行動を苛ませるものだな、などと考えてしまう。
一体私は、今なにをしているのだろう……と。
それでもおとう様は、まだ動かない――。




