第八章 三、姉妹会議(三)
第八章 三、姉妹会議(三)
食事を終えてしばらくした頃、エラが目を覚ました。
うっすらと目を開き、ベッドの端に腰かけている私をチラと見てはまた、視線を戻して天蓋を見つめた。
「おねえ様……」
「……うん。気分はどう?」
のぼせて倒れた拍子に、私に怒っていたのを忘れてくれていないかなという、淡い期待でいた。
「そんなに都合のいいこと、あるわけないじゃないですか」
「えっ?」
今言った言葉ではなく、心で思っていた方に返事をされたのが感覚的に分かった。
「ゴーストが繋がっていると言ったでしょう? これだけ近いと、少しくらい考えていることも分かります」
少し冷たい、そして落ち着いた口調は、まるでエラの方がお姉さんであるように感じさせる。
「そんなの、知らなかったもの。私は気付きもしてないから、エラにしか分からないんじゃないかなぁ」
「そんなことありません。今はおねえ様が、まだ極度に緊張しているから……。でも、そうですか。たくさん殺してしまったせい……というよりは、その力の差に、罪悪感を持ってしまったんですね」
全てを見透かすエラに、私は「繋がっている」という言葉をこの一瞬で信じてしまった。
そして、私が極度に緊張しているという言葉も。
今でもその自覚はないし、随分と落ち着いているつもりだけど……エラには、私の深層心理でも見えているのかもしれない。
「私とエラは、ずっと繋がったままなの?」
それが嫌なのではなくて……。
距離によって、もしもどちらかが片方に引っ張られるような、物理的な繋がりに近いものがあるとしたら――。
抜けてしまう可能性や、それがどちらであれ、もしも戦闘中だったとしたら致命的なことだ。
それに、十中八九私が抜ける側だろうと思う。
体もゴーストもエラが本来の主で、私はその中に、どうにか上手く入れたというだけだから。
「ほらまた……。おねえ様はすぐに、怖いことを考えてしまう。いつまでも……かどうかは分かりませんが少なくとも……遠く離れたからといって、繋がりが切れるようなことはないと思います」
そう言うとエラは、私を見た。
赤い瞳は、私を慕ういつもの優しい眼差しをしている。
それにその答えは、私の足りない言葉も補って、時間と距離の二つとも大丈夫だと言ってくれた。
「……怒ったままなのかと思ってた」
いつになく淡々と話すものだから、そう思っていたのだけど……私を見るエラの瞳が、思いのほか優しくてほっとした。
「もう……。おねえ様には、ほんとはもっと怒りたかったんですけどね。傷付いているそんな姿を見ていると、怒る気が削がれてしまいました」
エラには、私が傷付いているように見えるらしい。
自分では、言われてもピンとこないくらいだったのに。
でも、エラに言われると腑に落ちる。
たくさん殺してしまったからというよりも、この力を使うのは卑怯なことで、私は卑怯な殺し方をしたのではないかと。
それがずっと心に刺さっていて、じくじくと痛んでいた。
小さな痛みなのに、力を使えば使うほど、奥の方まで刺さるような気がしていた。
「どうしたら、いいと思う?」
この体だけでも戦えるから、光線や電撃は、使わないようにしようか。
確かにずっと、そんなことを考えていた。
「おねえ様は、馬鹿です。おバカさんです。その力を使わずに、どうやって獣から人々を護るつもりですか? そんなことではいつか、リリアナを目の前で失ってしまいますよ?」
「でも……人間はともかく、獣達は……ただ生きているだけなのにと思うし……」
遺跡を探したのも、それで森に入ったのも、人間の都合だから。
「はぁ……。おねえ様、パパに教わったことをお忘れですか? 獣達は、古代戦争の兵器のせいで、人を見ただけで襲うようになったのです。獣化病で脳が犯された人間と同じで、見境なく襲ってくるのです。情けをかけるなら、その病原というものをどうにかするべきであって、今ここで迷っている場合ではないのです」
――忘れていた。
すっかりと。
ただ驚異としてしか、見なくなっていた。
「……そうだった」
「強くなって、浮かれてばかりですね。おねえ様。まぁ……ゴーストが繋がっているせいで、本来の私の、精神の影響を受けているから仕方がありませんが」
「……うん?」
言っている意味が、よく分からなかった。
「今、どちらかというと幼い私の精神がおねえ様に、おねえ様の冷静で思慮深い部分が私に、という感じで混ざってしまっているのです」
「……どういうこと?」
「つまり、おねえ様は精神年齢が低下した上に物事の根本を見失いがちで、私は心が成長したようになっている。ということです」
……それはつまり、とても問題なのではないだろうか。
「戻せないの?」
なんだか、私一人が苦労しているような気がした。
考えてみれば、戦場で心を乱す様なことは、私には無かったはずなのに最近はものすごく乱れている。
「……戻し方が分かりません」
「そんな……」
冗談じゃない。
こんなに感受性の強いままだと、いつか戦えなくなってしまう。
「ただ……これにはおねえ様の願望が、強く出ているのだと思います」
「私の願望?」
私に、願望なんて特にない。
ただ強くなることで自分を支えてきたのだから。
それが手に入って、本当なら満たされただけのはずなのに。
「こほん。……とても、言いにくいのですが」
「いいから。教えてくれたら、戻せるかもしれないじゃない」
「えっと……その……。甘えたいと思ってましたよ? おねえ様」
「……え?」
そんなはずは……ない。
「私の中に入って、パパにもリリアナにも、シロエにも甘やかされたじゃないですか。おねえ様は初めてのこと過ぎて、戸惑っていたみたいですけど。でも、どうもそれが忘れられなくて、ものすごく甘えたいと思ってるみたいですよ?」
「うそ……」
「うそなんてつきません……。だから、その体になって、元のカミサマみたいに振舞おうとしつつも、気持ちが追い付かなかったんじゃないですか?」
「そんな……私が……? うそだ……」
でも、確かに最近、思い当たる節がある。
オートドールの機能のせいだろうと、そう思っていたのに。
「今思ったんですけど……。素直に甘えれば、元に戻ると思うんです」
「なんでよ……」
「私が甘えんぼなのはご存知のとおりですけど。私みたいにしたいと、そう思ってるんですおねえ様は。だから、素直になるしかないんです」
「い……嫌だ。嫌よそんなの」
脳が……オートドールの演算機能が、破壊されそうだ。
「まぁ……。ゆっくり考えてください。私は、おねえ様みたいに落ち着いた自分も好きですから」
「頭がおかしくなりそう」
私は頭を抱えて、本当にそのまま潰してやろうかと思うくらい、気が変になりそうだった。
「お、落ち着いてください。甘えるのなんて何も悪いことじゃないですし、今のお姿なら私と同じくらい、絶対に似合いますから」
「……嬉しくない。エラのばか」
「うふふ。おねえ様、そういうのも可愛くていいですよ?」
……信じられない。
私は頭を抱えながら、強く首を横に振った。
――私に、本当にそんな願望が……生まれてしまっていたなんて。
最悪の気分だ。




