第八章 二、姉妹会議(二)
第八章 二、姉妹会議(二)
私を覗き込むエラも、一糸まとわぬ姿だった。
「な、なんで居るの……?」
「私もお風呂に入ろうと思ったんです。居てはいけませんか?」
エラはニコニコと答えているけど、たぶんこれは、何か言いに来たに違いない。
でも、ほとんど毎晩一緒に寝ているし、二人の時間は作っているはずなのに。
「そんなことないけど……。それより、胸くらい隠しなさい」
膝に手をついて屈んだままのエラは、大きくて白い胸を堂々と見せている状態だ。
むしろ、その両腕に挟まれる形になっていて、より強調されている。
長い銀髪が垂れてそれなりに隠れてはいるけど……下に居る私には丸見えだった。
「女同士なんですから、いいじゃないですか。それより、おねえ様の方がだらしない恰好ですけど」
「うっ……」
私は大の字でお湯に浸っていたのを、慌てて座り直した。
「フフ。本気にしなくてもいいですのに。ほんとは、おねえ様がずっと緊張していてお辛そうだから、お話しに来たんです」
妙なことを言う。
「私、今はかなりくつろいでると思うけど……」
「いいえ? そんなことはありません」
エラはそう言いながら、掛け湯を始めた。
少し低めの身長は、座るとさらに小さく見える。
手足は細くてすらりと長い上に、胴が短いから余計にそうなるのだろう。
それなのに、胸は私よりも大きい。
「相変わらずおっきい……」
しばらくはエラの体に入っていたのに、こんな風に他人として見ていると、なんだか急に恥ずかしくなってしまった。
「ご自分で言っておきながら、どうして照れているんですか。それに、見慣れたはずでしょう?」
「そ、そう思ったんだけどね。やっぱり、エラはほんとに可愛いから」
「フフ。妹にお世辞を言うなんて」
そう言いながら、エラは嬉しそうにはにかんだ。
「お世辞じゃないよ。ほんとに可愛い。赤い瞳も……すごく魅力的」
「エヘヘ。おねえ様には魅了が効かないですけどね。ざんねん」
この子は私を魅了したとして、何をさせるつもりなんだろう。
「ふふん。すごいでしょ」
「……はい。でも――」
「でも?」
そこで話を止めたまま、エラは私の横に入ってきた。
そして、当たり前のようにするりと腕を絡めて、胸をムニムニと押し付けてくる。
「こ~ら。そんなことしないの」
「どうしてですか? おねえ様には必要なことなのに」
どういう意味だろう。
女同士のスキンシップにしては、少し度が過ぎるのではと思うけど。
「……私にも、エラほどじゃないけど付いてるし」
なぜか大きさを比べてしまうのは、シロエが自慢気にしていたのを印象的に覚えているせいだろうか。
「もう。そういうことじゃありません。おねえ様、ずっと緊張が取れていないでしょう?」
「そういえば、さっきも言ってたね」
「はい。だって、匂いもしなくなってるでしょう。今、ここはお花の香りでいっぱいなんですよ? なのに、分かっていないでしょう?」
――花の香り?
「エラの好きな花?」
「そうです。赤い花びらがとても綺麗な、ルイシスの香りです」
ルイシスは、幾重にも重なった薄い花びらが、真っ赤な炎が広がったような形に咲く大きな花だ。
一枚一枚は透けているのに、その重なり具合で中央が真っ赤に、そして外の花びらほど淡い色合いをしている。
甘く優しい香りなのに、割と鼻に残るので咲いているとすぐに分かるほどだ。
「その香りで、いっぱいなの? ほんとに?」
何の匂いもしない。
「たくさん入れておいてってお願いしたから、好きな私でもクラクラするくらいです」
探して見ると、湯船にお湯が注がれているところの近くで、束ねられて浮いている。
「分からなかった……」
「そうでしょう? それだけ神経を尖らせて、疲弊なさっているんですよ? 夜中にうなされているのも、知らないでしょう」
エラはじろりと、強い目つきで私を見上げた。
「……うん、ほんとに?」
オートドールでも、うなされたりするのだろうかと半信半疑だけど。
でも確かに、眠らなくてもいい体のはずなのに、しっかりと何時間も寝ている時が増えている。
でもそれは、エラが隣で寝ていると落ち着くからだろうと、そんな風に考えていた。
「森に出て、敵の集落を殲滅して帰った時から、ずっとです」
「そんなに前から?」
「特にひどいのは、遺跡を見つけたと皆が浮かれて帰ってきた日からですけどね。おねえ様だけは浮かない顔をしていました。それはパパも分かっていますよ?」
「パパも……」
「あの日は、お風呂に入られたはずなのに血の匂いが物凄かったんです。きっと、とても大変な日だったのだろうと思いましたけど……それからず~っと、おねえ様は変なんです。心配もするというものでしょう?」
直接斬ったのは、数匹程度だったはずだけど……。
でも、私が光線で斬った獣達の死臭が、森中に漂っていたのかもしれない。
遺跡の中で消毒もされたのに……その後、帰る時に血の匂いが付いたのだろうか。
何にしても、その時から血の匂いさえ感じなくなっていたのか。
オートドールの機能は、どこも損傷していないはずなのに。
「んと……どんな風に変なの?」
「おねえ様の心は……ずっと苦しんでいます」
あまり、そこまでとは思っていないつもりだけど……。
「側に居るから、分かるの?」
「というより、おねえ様と私は、ゴーストが繋がったままなんですよ? それも気付いていないのですか?」
「――え?」
「もう。そこからですか? まったくおねえ様ときたら……そのお強い体を手に入れて、浮かれたままかと思ったら一人傷付いて帰ってきて。お側で一緒に眠れば少しはマシになるかと思ったら、もっと苦しみを抱えてきて。一体おねえ様は、どれだけ私に心配をかけていると……」
私の腕をぎゅっと強く掴んで、そして目を吊り上げて怒っている。
そんなエラを初めて見た。
「って、エラ?」
その掴まれた腕から、急にふわりと力を感じなくなった。
「ちょっと。顔が真っ赤じゃない! のぼせたんじゃないのよ!」
エラを急いで抱え上げ、すぐに脱衣所まで移動してバスタオルをかけた。
そして侍女を呼んで、水と扇ぐ物を部屋まで運ぶように指示をして――。
**
「……エラも心配かけたから、これでおあいこ。……には、ならないかぁ」
私のベッドで、今は静かに眠るエラ。
アメリアが運んでくれた食事を食べながら、目が覚めるのを待っている。
言われて初めて気が付いたけれど、食事の匂いさえ分からない状態だ。
澄んだスープも、やわらかいパンも、卵やベーコンも、何も匂いがしない。
道理で最近の食事が、味気ない気がしていたわけだ。
野宿中だからだとか、忙しかったからだとか、それで味気ない気がしているだけかと思っていた。
「……心配かけてごめんね。エラ」
何日かお休みだから、その間は一緒に居よう。




