第八章 一、姉妹会議(一)
第八章 一、姉妹会議(一)
国を挙げての大事業は、着々と進んでいる。
ただ、森を開くのは容易なことではなかった。
木を切り倒すまでは、私の膂力を使えば割と早く出来る……とはいえ、一人だけ早くても何千、何万本とある膨大な数には敵わない。
しかも、切り倒した後の切り株を、伐根する作業に時間を取られてしまう。
良質な腐葉土だろうと、大木が根を下ろした土が柔らかいわけもない。
途方もない作業量に、人手不足という問題がのしかかる。
これに、それなりに倒したはずの獣が時折出没するのだから、なかなか手強い仕事になっている。
ただ、新しい畑は城壁の近くにも作るようで、そちらからも進めている。
とはいえこちらも、平原とはいえ真っ平ではないし、土が硬いらしい。
雑草の処理に硬い土。
全てが上手くいくわけではないのだなと、大事業の手伝いをしていると思い知らされる。
それでも、王国民の士気は高い。
どんなに重労働でも、笑顔が消えないのだ。
明るい未来が目に見えると、人はとても逞しくなる。
辛い肉体労働もはね返さんばかりの体力と、団結力を発揮している。
そんな人々の姿に、私も力を貰っているのを感じるのだ。
木の伐採も、そこにきりなく現れる獣の討伐も、心がすり減ろうと頑張れてしまうのだから。
そんな中、たまには休みなさいと言われて、お義父様から休日を貰った。
私の配置はイレギュラーで、基本は木の伐採だけど、獣を見たという声があれば探して倒す。
もしくは、巡回部隊に混ざって広範囲を警戒する。
どちらかで休みを貰っても、もう片方には参加していたので一カ月以上は、休みなしで働いていた。
それでも、色々と気が紛れるので、気持ちは楽だったから。
ただ……働き過ぎたらしく、お義父様に忠告を受けてしまった。
「ルネ。お前が休まないと他の者が休めんのだ。数日で良いから屋敷で寝ていなさい」
さすがにこう言われては、そして、逆に皆の休日を奪ってしまっているのでは、休むしかない。
仕方がないので、今こうして、お屋敷の前まで戻ってきたのだ。
城壁のごとき大きな塀は、いつ見ても圧巻だ。
門番もいち早く私に気付いていて、すでに門を開けてくれている。
「ルネ様! お帰りなさいませ! 今日はお早いですね!」
「ただいま。お義父様に休めって言われちゃった」
「ハッハッハ! 確かにそうです。ゆっくりお休みください!」
「ありがとう」
門を入った所で馬を預けて、先にエラの顔を見ようと思った。
お昼過ぎだから、エイシアのお腹でお昼寝をしているかなと庭に向かう。
土埃にまみれているから、いきなり抱きつきはしないだろう、なんて思いながら。
「あれ、居ない……」
晴れの日は、屋敷の名物と言われるくらい必ず居るはずなのに。
でも、ならばと、私は先にお風呂に入ることにした。
いつもは夜にしか戻らないから、こんな時間に突然帰ったら誰も出迎えはないだろうと思っていたけれど……。
アメリアがちゃんと、出迎えてくれた。
きっと見張りの人が、私の帰りを伝えたのだろう。
「ルネ様! お帰りなさい!」
アメリアはまた背も伸びたし、顔つきも大人びてきた。
それでも以前あげたネコの髪留めを、その金髪をまとめるのに使ってくれている。
「ただいまアメリア。また今度髪留めあげるね。それはもう、少し幼いでしょう?」
目も大きくて顔つきもネコっぽいから、似合ってはいるのだけど。
今はもう、どちらかというと美人ネコさんだから、それなりの物をあげたい。
「いいえ。お気に入りなんです。だから、まだ使っていたいんです」
「もう。それじゃ、付け替え用に。ね?」
そう言うと、はにかんだ笑顔で「ありがとうございます。嬉しいです」と、お礼を言ってくれた。
笑うとまだ、少しあどけなさが残る。
「先にお風呂に入りたいんだけど……エラはお部屋?」
「かしこまりました! エラ様は……そうですね。たぶん、お部屋です……」
「呼ばなくていいからね?」
あの子が来るとお風呂が長くなるから、出来ればこっそり入りたいのだ。
「承知しました。それでは、お着替えをお持ちします」
アメリアは礼をして、室内着か何かを取りに行ってくれた。
所作も言葉遣いも、侍女として品格のあるものになっているので、その姿に少し見惚れてしまった。
「立派になったなぁ……」
……なんだか、お休みだと思うと思考が緩慢になっている気がする。
早くお風呂に入ろう。
そう思って脱衣所で服を脱いでいると、アメリアがもう来てしまった。
「お背中流します!」
「え、いいよいいよ。一人でゆっくり入るから。気にしないで」
その表情を見ると少し残念そうだけど、いつも流してもらうのも悪いような気がしてしまうのだ。
夜遅くに帰っても、健気に身の回りのお世話をしてくれるのだから、私のお付きとはいえアメリアも、ゆっくり過ごしてほしい。
「……では、お食事はどうなさいますか?」
「あ、それじゃあ軽いものを、お部屋に運んでほしい。のんびり食べたいな」
「はい! それでは後でお持ちいたしますね」
食事をお願いして、気分良く湯殿で髪をまとめた後になって、うっかり頼みごとをしてしまったじゃないのよと、自分に呆れてしまった。
「だって、聞き上手っていうか……」
掛け湯をして、広い湯船にゆっくりと足を差し入れながら、誰にともなく言い訳をした。
「アメリアも休んでもらわなきゃ……」
私が休まないせいで、アメリアも休まずお世話をしてくれている。
「ごめん……」
などと謝りながらも、すでに湯浴みを楽しんでしまっている自分がいた。
――この体は、お湯の温もりも感じられるから本当によく出来ている。
足から伝わる程良い熱と、お湯の心地良さ。
少し冷えた体がじわりとしびれるような、生身の感触まで感じられるのだから。
それが不思議なのと、その感覚が楽しくて、腰まで浸かるのを焦らしてしまう。
「はぁぁぁ……」
ため息ともつかぬ気の抜けた声を、誰も居ないからとお風呂場に響かせた。
そこでようやく、心から緊張が解けたような気持ちになった。
私の他にも沢山の護衛騎士が居るとはいえ、私がうっかり討ち漏らせば誰かが怪我をするかもしれない。
それはやはり、常にどこかで緊張を強いられる。
それがやっと、心の奥底からだらけた状態になった。
湯船に肩まで浸かり、頭を縁に置いて、湯気で曇った天井を見上げる。
そうしていると、座りながら眠りそうなる。
眠らなくても大丈夫なこの体でも、心地よいと眠くなるのかもしれない。
もしくは、ゴーストに刻まれた記憶がそうさせるのだろうか。
両の手足を大の字に開いて、胸も隠さず足もだらしなく、もう一度気の抜けた声を漏らした。
「ふぁぁぁ……」
本当に心地良い――。
「あら、随分とご機嫌なお姿ですわね。おねえ様?」
誰も居ないはずの頭上から、聞き慣れた声がした。
「えっ――?」
――視線をもう少し上げると……。
私を覗き込むように、屈んだエラが微笑んでいた。




