第七章 三十三、遺跡(九)
第七章 三十三、遺跡(九)
遺跡の中には、先ずは私と隊長が二人で入ることにした。
入り口から十メートルくらいまでは、隊員達が茎やら何やらを根こそぎ取り出すために入っている。
その先に進むのだけど、暗いので松明を持たされた。
通路は広くて、二人が両手を広げて歩いても十分に余裕があり、隊長が手を伸ばしても届かないくらいの高さだ。
色は天井も、壁も床も真っ黒に見える。
金属だろうことしか分からないけれど、コンコンと叩いた感じでは、比較的軽い物のように思う。
でも、堆積した土の中にあっても分解されず、汚れている程度で物質としては綺麗なまま残っているというのは、とても興味深い。
と言っても、何をどう検査すれば経過年数が分かるだとかの、そういう知識は無いけれど。
――私が想像し得る、宇宙船の中。
繋ぎ目が幾何学的で、だけど分厚い一枚板のように強固な材質の……。
これは、これまで過ごしてきたオロレアの文明イメージとは、随分とかけ離れたものだ。
でも、それが現実として、古代の科学技術が現存している。
――いや、それを言うなら私の装備、私の体も、異物の中の異物だった。
(感覚がおかしくなりそう)
二極化した文明が、共存しているなんて。
回遊都市は鎖国状態で残っていたのだろうけど、この滅びかけた大陸の中に、こういうものが使えそうな状態で存在する気持ちの悪さ。
掘り起こして良いのだろうかと、ずっと胸の中がざわざわとしている。
そんなことを考えながら壁を見ていると、隊員達が処理してくれたはずの植物の集合物が目に入った。
「ひゃっ!」
「どうされました!」
左に居た隊長が咄嗟に、私の肩を抱いてその場から庇ってくれた。
「ちょっと隊長! これ、このままなんですか?」
松明を近付けてしっかり見れば、壊れた扉の縁があるのが見える。
その扉も外れて、朽ちていない一枚板の金属が足元に倒れていた。
でもそれよりも――その部屋らしき所にはまだ、茎やら根やらがみっちりとある。
「ええ、きりが無いのでとりあえずは、通路の確保だけにとどめました」
「そ、そうですか……」
私は例えば、畑のように管理された植物ならばともかく……もう本当に、行き場を無くした茎や根が、みっっっちりと詰まった集合物は、無理だ。
「こういうのは苦手ですか」
顔が近いまま、耳元で聞かれた。
「ええ……はい」
「ハッハッハ。歴戦の騎士さえ躊躇するクマやトラには果敢に挑まれるのに、植物がダメとは可愛らしいですな」
隊長は何とも嬉しそうに笑っているものだから、未だ抱かれている肩から、その手を払った。
「イヤなものでからかうのは、あまり良くないです」
「おっと、これは失礼しました」
ムッとした私は、いつの間にかまた、頬を膨らませていた。
すぐにやめたけれど、なぜこれがクセになっているのだろう。
……無性に腹立たしいと感じた時や、何とも腑に落ちない時。
かといって怒る程のことではあるまいと、自分に我慢を強いた時だろうか。
(……本気で怒れないから、それが頬に出てしまうのかな)
遺跡の探索に集中した方がいいはずなのに、こんなくだらないことを自問しているとは、私も変な状況下というものに随分慣れてしまったものだ。
そんなことを思った瞬間、『侵入者用の罠』があるのではと、予感めいたものがふと頭に過った。
「隊長、気を付けてください!」
「何事ですか」
「侵入者用の罠や、警備システムがあるかもしれません」
「罠ですか……承知しました」
植物の集合物の部屋を素通りして、直進するしかないその先は行き止まりに見える。
「あそこに壁がありますね」
私がそう言った瞬間だった。
その壁の十二時の辺りと、三時の辺りが赤い光を放った。
――光線かもしれない。
「あぶない!」
私は慌てて隊長の前に立ちふさがり、両手を広げて、出来る限り隊長の壁になった。
「ルネ様! あの光がルネ様の放つものと同じなら、あなたがお逃げください!」
お互いに壁になろうとして、力負けしない私に隊長が意地になっている時だった。
『……認証。管理者ルネ・ファルミノ様を確認』
「――え?」
(やらかした)
「ルネ様の名を呼びました! ――中に誰か居るのか!」
隊長は『人』を警戒して、誰も居ない壁に向かって叫んだ。
「違うんです隊長。あれは機械です」
「キカイ?」
説明するのが面倒臭い。
「とにかく、古代遺跡のことですから。大丈夫なので私にお任せください」
「しかし! ルネ様に危険があっては!」
「もう……。えっとですね、あれは機械と言って……自動で喋ったり、物を動かしたりと色々してくれる便利なものなんです。危害を加えたりしません。……私には」
一応、他の人に対する防犯システムが無いとは言い切れないから。
「ルネ様の名を呼んだのはなぜです? ここは一体……ルネ様も何者なのですか」
「あぁ……そうなるわよねぇ……」
これはもう、腰を据えて話すしかない。
余計な嘘や誤魔化しは後々のために良くなさそうだし、そもそも私は、ごちゃごちゃとしたことを考えるのが苦手なのだ。
「いいですか? ベリード隊長。よく聞いてください――」
そして私は、彼にざっくりと……あの嘘をつくことにした。
エラの姉として養女に迎えてもらう前は、神隠しに遭っていたこと。
その神隠しの時間の中で、特殊な能力を得たこと。
それは、遺跡や古代文明に触れることが出来て、そしてある程度扱えるものであるということ。
そんな話を真面目に、真剣に聞いてくれる隊長に、少しの罪悪感を覚えながら。
「……そうだったのですか…………。ご苦労なさったのですね。このベリード、ルネ様の秘密は絶対に他言致しません。そして必ず、どんな時でもルネ様をお護りするとちか――」
「――シッ。いいですから。よぉく分かっています。隊長のお気持ち。他言なさらないだけで十分ですから。ありがとうございます」
そう言いながら隊長の手を取り、胸の前に引き寄せてから両手でぎゅっと握った。
これできっと、完全に落ちた――もとい、絆が出来たはず。
「ルネ様……。分かりました。その信頼に必ず、お応え致します」
それを聞いて、私は静かに頷いた。
あとは、遺跡自身に案内してもらいながら調査の続きをすればいい。
そうこうしているうちに、頭の中に地図データまで送られたけれど、今は疲れているから見る気になれない。
むしろ、直接歩いて回った方が頭に入るはずだ。
「それじゃ隊長。遺跡に案内してもらいましょう」
「は、はい……!」
**
それからは、意外と早く終わった。
……というか、終わらせることにした。
行き止まりと思ったそれは扉で、中に入ると照明が付いた。
そこは消毒室だったようで、二人とも全身消毒された。
そして、消毒室を抜けた奥の扉が開くと、そこはモニターや操作盤の並ぶ部屋だった。
その先には扉が五つある。
どうやらここは、簡易の副中央管理室らしい。
本当の中央管理室は、すぐには入れない所にあると頭の中の地図データに示されている。
五つの扉の先は、種類別に行先が違うけれど、全て食性植物のようだ。
とりあえず右端の方を選ぶと、ここの扉は消えるものではなくて、上にスライドして開くものだった。
(あの消えるタイプのやつ、宇宙船ぽくて好きだったのにな……)
とにかく、ここの設備は全てが生きているらしい。
隊長は、消毒室の時点で騒いでいたけれど……。
少しうるさいのは、我慢しなければいけない。
でも、全てを見るには二日ほどかかりそうだから、途中でやめるとことにした。
早く終わった理由は、これだ。
一つめの扉の先を見学して、なんとなく要領は分かったから。
五つの扉は大きく分けて『葉物野菜』『豆類』『根菜』『穀物類』『その他』という感じだった。
言葉が自動翻訳なのと、今では失われた言葉が混じるので、厳密には間違っているかもしれないけれど。
ともかく、それでも数時間は費やした。
知らないことがどんどん頭に入ってくるのは、便利さとは別に疲労度が物凄い。
ただの機械の体なら疲れないのかもしれないけれど、たぶん私のゴーストが、生きている時の感覚を残してしまっているから。
寝なくても大丈夫なのに、心理的な疲労は生身と変わらない気がする。
そんな疲労を携えて入口に戻った頃には、隊員達が心配して、見張りを除いたほぼ全員が、急ごしらえの階段付近に集まっていた。
「皆、心配をかけた! この通り無事だし、ここはやはり……食物の生産施設で間違いない!」
隊長がすぐさま皆に報告すると、大歓声が上がった。
とても、七十人だけとは思えないくらいに、森に響き渡っている。
上着を脱ぎ捨てて、踊り出す人まで出てくるくらいのはしゃぎようだ。
(念願叶っての、本当に必要なものだったのね)
貴族の中でも特別な生活をさせてもらっている私には、本当の食糧事情は分からない。
騎士の皆が、我を忘れるくらいに大喜びするということは――もうすでに、危険な状況まで来ていたのかもしれないなと、そう思った。
それとは別に……とても不思議な縁を感じていた。
縁という言葉では、ぜんぜん足りないけれど。
というのも、私が、エルトアにこの体を貰わなければ……。
この遺跡の扉は開かなかったし、もしかすると防犯システムも生きていたから……皆、死んでいたかもしれない。
そもそも、私がこの星に連れて来られなければ、オートドールの中に入ることもなかった。
転移して、エラとして数年を過ごして……オロレア鉱の剣に入り、だからこそオートドールの体を貰えた。
科学者が、私のゴーストに何かしたのだとしても……普通ならありえないことだらけだ。
(――ただの偶然で出来ることじゃない……)
かといって、必然として導けるものでもなかった。
そのはずだ。
でも、あの科学者が私を選んで、私を飛ばしたことから、全てが始まったのも確かだ。
未だに意図は分からないけれど、その理由として今思うものは……。
――オロレアの……文明の再興。
このくらいしか思い付かない。
でも、それなら回遊都市が現存していることを知っていたか、期待していた?
期待していたとするなら、とんでもない幻想だ。
数千年の間に、とっくに滅んでいたかもしれない。
事実、人口の減少は滅びかねないところまで進んでいるようだった。
そんな、何もかもが綱渡りのような、偶然の世界に――。
一体、何をどう考えて計算すれば、私一人を送り込んだくらいで……再興出来ると思ったのだろう。
そんなものは、ただの願いだ。
願望、もしくは祈り……。
それがもしも叶うのなら、奇跡の中の奇跡……それ以上のものだ。
それとも、奇跡の始まり?
壮大な奇跡の中の、小さな歯車として回りだした、奇跡の渦。
そのきっかけの、小さな小さな歯車が、私だとしたら……?
(考えたくもない)
もしもそうだと考えてしまったら、重圧で心がすり潰されてしまいそうだ。
でも、すでに形になり始めているのだとしたら――。
私に、何が出来るだろう……。




