第七章 三十ニ、遺跡(八)
第七章 三十ニ、遺跡(八)
入口らしき穴の、植物の処理が終わったらしい。
かなり深く……高さにして三階分ほどを引き抜き、そして掘ったようだった。
土と茎、根が入り乱れ絡み合い、相当苦労していた。
でも一番は、その深さに苦戦したということだ。
「ルネ様。今は階段状に広く掘っていますので、終わり次第見てみてください」
伝達に来てくれた一人が、また後で呼びに来ると言って走って行った。
私の苦手な虫も出ていたらしいけれど、それと同じくらいに植物の束というのも、気味が悪いなと思っていた。
直径五メートルほどの大きな穴に、みっちりと詰まった茎と根。
何の植物かも分からないそれらが、抜いても掘っても、延々と出てくるのだから。
あれも夢に出てきそうだと、眺めていたことを後悔している。
よく出来ているなと思ったのは、木の生え方だった。
おそらくだけど、遺跡の上にはほとんど生えていない。
獣が密集していた場所がそれで、割と開けているなと思っていた。
学校の体育館くらい……。
周りから枝が入り込んで来ていて、ぱっと見た感じではもっと狭く感じるけれど。
木が生えていない広さとしては、この森林からすれば、かなり大きく開けている。
深さもそれなりだから、本当に体育館規模の建物が埋まっていても、おかしくなさそうだ。
「ルネ様。階段の準備も出来ました!」
呼びに来てくれたのは、この隊で一番若そうな人だった。
私を見て、照れている感じが初々しくて可愛い。
ただ、この猛者の集まりに所属しているのだから、腕は立つのだ。
「ありがとう。行きますね」
そして歩きながら、少し気後れしたままリンク機能を探った。
するとすぐに、視界の端に『リンク可能な施設』の文字が表示された。
ただ、何の施設かは表示されない。
機能としては使えます。という感じなのだろう。
「……ベリード隊長、中はどんな感じですか?」
皆が作った階段を、少し降りたところに彼は立っていた。
「ルネ様……これはまず間違いなく、遺跡に違いありません」
少し興奮した様子で、私を一瞥するとすぐ、階段下へと視線を戻した。
つられて見てみると、この文明ではありえないような扉が口を開けていた。
(エルトアの基地で見たような、触れると消えるタイプのやつだ)
それが壊れてしまったのか、つるりとした金属板が外れて、下に倒れている。
土がその奥まで入り込み、その先は見えなかった。
「奥も全て、植物で埋まっているようです。それも、これは芋や葉物野菜など、我々の食性に近そうなものばかりです!」
隊長は嬉しそうに語ってくれているけれど、私はこの集合物が肌に合わないのか、気持ち悪くてしょうがなかった。
「でもこれ……中で腐ったりしていませんか?」
芋や葉物だと聞いて、すぐに腐りそうなものばかりだと思った。
というか、数千年をずっと、生きた作物が存在し続けたのだろうかと、理解を超え過ぎていて何も答える気になれなかった。
「臭いは……特に気になるようなものはありませんね。奥に進みたいのですが、下手に全部抜いてこれらが採取出来なくなってはと思い、手が出せないのです」
「……たぶん、大丈夫ですから抜いてください。そうしなければ、今と何も変わりませんから……」
これは、単純に嫌だから抜いてくれと言ったわけではない。
おそらくはかなり広い建物だし、その奥に、本来手にすべき『生きた施設』があるのだから。
「……そうですか。そうですね。分かりました。またしばらくお待ち頂けますか」
そう言うなり、隊長は皆を呼び付けて引き抜く作業に移ってしまった。
私は……階段を上ると、遺跡の真ん中あたりであろう場所の、真上に立った。
ともすればただの地面で、土と草しかないけれど。
少しばかり躊躇した後で、私はリンク機能を起動させた。
視界に出た『リンク可能な施設』の表示が、『生産工場』『作物研究所』の二つに変わった。
どうやら、本当に当たりを引いたらしい。
これが正常に機能するなら、王国の食料事情が改善するかもしれない。
これらはリンクすることで、代表者・研究責任者・生産責任者などが一新されるらしい。
――全ての管理者が、私になってしまう。
もしかしてここに、ずっと勤めることになるのは……それはちょっと、嫌かもしれない。
でも、リンク機能を探っていると、色々と分かってきた。
管理権限は持ったままに、下に代理管理者などを付けられるようだ。
それもそうか、と思った。
大きなものを一人で全て管理するのは、どんな時代でも無理があるのだから。
ならば私に全権を持たせて、技術者のような人を見繕ってもらって、代理に置けばいい。
私が最終的な管理権限を担っておけば、誰かが独り占めしようとか、そういうことは出来なくなるはずだから。
――とりあえずそこまでを考えて、後は中身がどんなものかをチェックすることにした。
『全権委任……総管理者、ルネ・ファルミノ』
『詳細データ・リンク管理、アクセス設定……保存完了』
視界に表示される文字が、どんどんと流れていく。
(この体って……便利ねぇ)
覚えるのは全自動だし、引き出したい記憶は全てが完璧に出てくる。
一旦は頭に入ったので、難しいことは後で読んでおけばいい。
とはいえ、同時に困ったことも出てきてしまった。
『生産項目・生産可能品目一覧』
これを少しだけ頭で読んでみたけれど、知っている名前が無い。
その品目までは分かっても、例えば芋でもどういう芋かまでは分からない。
今とは呼び方も違っているらしく、この体にあるデータと参照出来ないらしい。
元々は戦闘がメインのドールだから、仕方がない。
ただ、もしかするとエルトアに聞けば……そういうデータを貰えるかもしれない。
もしくは、順番に全種類を作って、あとは王国の人に適当にしてもらうか……。
「ルネ様! ルネ様~!」
そうこうしている内に、中の植物も取り除いてくれたらしい。
さっきの若い隊員がまた、呼びに来てくれた。
「伸びて来ていたのは近くの部屋からだけで、とにかく、見たこともない構造で!」
息が上がっているというよりも、興奮し過ぎて支離滅裂だ。
「う、うん。ありがとう、今行きますね」
彼も、他の皆も食べ物が生産出来るのではと興奮している。
でも私は、それを軌道に乗せるまでが大変そうだなと、今から疲れてしまっていた。
降りかかる出来事が、この体になってから……大き過ぎるし多すぎる気がする。




