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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第二章 一、再生の時(二)



 今日を休みにしてもらえていて、良かった。感情や自分の気持ちを言語化するのは、オレには向いていない。


 それをお茶の時間だけとはいえ、ずっと考えさせられてしまった事は、頭だけではなく全身の疲労へと変わった。


(グッタリだよ)



 日頃の疲れが出たようだと言って、オレは寝室で横になりたいと申し出た。


 リリアナの部屋の三人用ベッドでひとり、昼食まで仮眠時間を頂戴している。


(貴族令嬢の身分になった今は、勉強だけじゃなくてお茶会もあるのか……)



 領主になるための教育には、この一年で慣れてきた。


 だが、お茶会についてはまだ教わっていなかった。


 社交界デビューまでには一通り教えると言われていたが、こんなものは教わってどうこう出来るのだろうか。


 心理戦や舌戦に、コツがあるなら教わりたいが……。


(今は出来る気がしない――)



 貴族の、それも公爵令嬢になった事を少しだけ後悔した。


 そんな事を考えていると、全身を後ろから包み込むようなフカフカのベッドのお陰で、意識はいつのまにか、落ちていた。





 ――皆に愛されて、美味しい食事にその後のお茶。


 フカフカのベッドで安眠出来るなんて、夢のようだ。


 貴族教育は大変だが、いつか皆の力になれると思えば苦ではない。


 結婚は……する頃には、もう少し気持ちの整理もつくだろう。


 元の名を捨てた時に、この身を受け入れようと決心したのだ。女々しい事は言っていられない。



 それに――この可愛い容姿でなければ、この世界では生きて行けなかったかもしれない。


 男のままだったら、あの街道で、警戒していたガラディオに斬られていたかもしれない。


「――エラ。エラ!」


 リリアナの声だ。



「いつまで寝ているつもり? 早く起きて私の手伝いをして頂戴」


 なんだかいつもと調子が違う。


 少し冷たく突き放した口調が、昔を思い出させる。


 あの忌々しい昔の家族の、ヒステリックな声。



「エラ様、ご自分で起きてくださらないと。私の仕事が増えるじゃないですか」


 シロエもどうしたんだ。オレは何かしでかしたのだろうか。仮眠を取ってはいけなかったのか。


「す、すみません。すぐに起きます」


 起こした体は、予想よりものろく、頭の中に重しを入れられたかのようにグラグラとした。



「それで、お手伝いは何をすれば……」


 何か約束していただろうか。


 仮眠を取る前は、楽しくお茶会をしていただけだったはずだ。


「もう。忘れてしまったの? あれほど確認をしたのに。エラはやる気があるのかしら」


 何の事だろう。それに、この嫌な感じは何だ。


 約束を思い出せないし、二人の様子は今まで見た事がないほど不機嫌だ。




「すみません、忘れてしまったようです。もう一度だけ教えてください」


「あらあら。エラ様はいくら可愛くても、これでは先が思いやられますね」


 どうしてしまったんだ。こんなに居づらいようにするなら、はっきりと追い出してくれ。


 二人のこんな姿は、見たくない。


(あんなに大切にしてくれていたのは、一体何だったんだ……!)





 ――エラ!


「エラ! 起きて! エラってば!」


 ひどく体をゆすられて、重い頭が振られて気持ち悪くなった。


(――いや、これが、今起こされたんだ)


「エラ! 大丈夫? 目が覚めた? ほら、お水を飲んで」


 心配そうなリリアナと、その隣にシロエも不安そうな顔をしてこちらを見ている。



「ものすごくうなされてたわよ? 酷い夢を見たのね? 大丈夫?」


 体を起こすのを手伝ってくれながら、リリアナはふわりと抱きしめてくれた。


「私よ。リリアナ。わかるかしら? 私が本物よ」


 ぎゅ。っと手を握るのはシロエだろう。



「エラ様、私の事も分かりますか? エラ様を愛しているシロエですよ?」


(……いつもの……二人、だ)


「私とシロエの名前を呼びながら、もうやめてください。って。一体どんな夢を見ていたの?」


(あまりに辛い夢だった……はずなのに……)



「……もう、覚えていないみたいです」


 だが、動悸はまだ治まっていない。全身で脈打つように、ドクドクと頭まで響いている。


「……怖かったです。とっても」


 首を横に振りながら、忘れてしまった悪夢を払いきりたかった。



「お可哀想に……やはり、疲れが溜まっているのでしょう」


「そうね。毎日ずっと、休みなしで一年も根を詰めていたもの。後でおじい様に文句を言ってやるわ」


(本当に、恐ろしかった……)



 嫌な感覚だけがまだ、胸にも頭にも残っていた。


 何度か深呼吸をして、リリアナとシロエの温もりを感じて、それでもなお残る嫌な夢の残滓。


 その残滓が、不意に記憶をくすぐった。悪夢の記憶を。



「……お二人とも……私のこと、嫌いに……ならないでくださいね」


 そうだ。オレは夢の中で、二人に嫌われた態度を取られて、ものすごく辛かったのだ。


「嫌いになんて、ならないわ」


「嫌ってくれと言われても、なってあげませんよ」



(……やっぱり二人は優しい。いつもの愛情を感じる)


 これが失われるなんて、考えたくもない。


 ――失いたくない。



「嫌われてしまったら、きっともう、生きていけません」


 なんて、弱い言葉だろう。自分で口にしたのに、実感が無い。


(オレが言ったのか……?)



 でも、もしも悪夢のようになってしまったら……屋敷を飛び出して、それから……一人で生きていくだろう。


 野垂れ死ぬかもしれなくても。


(オレは、弱くなってしまったのか。昔は一人で居ようと、何も苦ではなかったのに。誰に何を言われようと、何も感じなかったのに)



「……エラが私を嫌いになっても、私とシロエは、エラをずっと愛してるわよ」


 リリアナはオレの頭を撫でながら、諭すように言った。


 そのままその言葉を、頭に刷り込んでくれと、本気で思った。



「エラ様……もしよろしければ、エラ様の昔の話を、お聞かせくださいませんか?」


 昔の事なんて何も面白いものはないのだが、シロエはそんなものに興味を持つのか。


「……聞いても、つまらないですよ?」


「いいえ。でも、お辛いなら無理にとは言いません」


 普段のつかみどころのない態度ではなく、シロエは真剣な様子だった。



「そうね。私も聞きたいわ。興味本位ではなくて、きっと今聞いておかないといけない気がする。


エラのその、常に数歩下がって逃げたがっているのは何故なのかを」


(――オレが、逃げている?)




「それは、どういう……?」


 いや、確かに仲の良い人達の、輪の中に入るのは苦手だ。


 お義父様とこの二人の、仲睦まじい関係の中には、オレは入ってはいけない気がする。


「今だってそうじゃない。普通なら私を抱きしめ返すと思うのだけど、遠慮がちに身をよじるだけだし」


 ずっと抱きしめてくれているリリアナは、不服そうに言った。


 横に顔があるので、表情は見えないが。



「私の手も、握り返してくれませんものね。こんなに愛情を送っても、なにも返してくれないのではちょっと寂しいです」


 いつものシロエのように、少しからかうように言っているが違うのかもしれない。先程は真剣だった。



「……すみません。どうすれば良いのか、分からなくて……」


 嫌われてしまうだろうか。自ら輪の中に入るのは、怖い。


 オレは、この弱くなってしまった自分に、どう向き合えばいいのだろうか。


 今貰っている愛情を、失う事を恐れて身動き出来ない自分に。


 昔は失う事が当たり前で、失う恐怖など無かったのだが。


 嫌われる事が恐ろしいなど、考えた事も無かった。



「もう。まどろっこしいわね」


 そう言うとリリアナは、シロエに合図を送ったようだった。


 すると、シロエは握っていたオレの手をリリアナの背に持っていき、もう片方の手も同じようにした。


 シロエもベッドに乗ったので、その反動で三人がフワフワと揺られた。



「ほら、エラも私を抱きしめるのよ」


 昨夜、お義父様にしてしまった事を、リリアナにもして良いのだろうか。


「あら。エラ様はお嬢様の事はお嫌いのようですね。お嬢様、私が変わりましょうか?」


(そういう事を言わないでくれ……)



 非常に困ってしまう。こんな事は、誰にもした事が無かったのだから。


「い、いえ。嫌いではありません。します。抱きしめます!」


 女性を抱きしめるには、まだ遠慮と言うか、葛藤がある。


 元とはいえ、男のオレがしてもいいのかと。



「はやく。ほんとはイヤなのかなって、不安になるわ」


「そ、それは違うんです。その、す、好きですので」


 悪夢から覚めて、こうなるとは思いもよらなかった。


 だが、いつまでも力を込めないでいると、次は本当に怒られそうだ。


 いや、傷付けてしまうのかもしれない。



「失礼しますね……」


 そう言って、オレはそっと腕に力を込めて、リリアナを抱きしめた。


 柔らかくて細い体が、ほんのりと温かい。



(オレも、こんな風に細いのかな)


 当然、まだ子供な上に華奢な体のオレは、もっと細いだろう。


 この体で焦ってもしょうがないと、この一年の間に、何度自分に言い聞かせてきただろう。


 そんな事を考えていると、耳元でリリアナが言った。



「愛情を受け取る事を、恐れなくてもいいのよ」


 ドキリとした。お義父様も同じような事を言っていた。


『無償の愛を知らねば、プレゼントほど恐ろしい物も無いだろうな』と。


 そうだ。オレは何かを貰う事が恐ろしい。


 なぜなら昔は、代償無しで何かを貰う事などあり得なかったからだ。



「無償の愛情ほど、怖いものはありません。私は……親に嫌われていましたから。


何かをくれる時というのは、何か代償を支払わなければならなかったんです。


親の機嫌の良い時ほど、後で手の平を返された時に、二度と信じないと。何度も自分に誓ったほどに」



 この星に来て、元の記憶はぼんやりとしていた。


 だが最近は、昔の嫌な記憶が戻ったりしている。


 思い出したくなどなかったのに。


(優しくされ過ぎて、怖くなったから呼び覚まされたのか……?)



「代償なんて、何もいらないのよ? これは、溢れて困っちゃうから、貰って欲しいだけのものなんだから。


愛情って、溢れて止まらないの。だからあげたくなるの。余り物だから、気にしなくていいのよ」


「そんなものが……あるんですね。まだ……少し信じられません」


 あの辛酸を舐め続けた事を、忘れてはいけないと魂に刻んだのだ。


 まさかそれを覆すような事を、すぐには受け入れ難い。



「ゆっくりで良いのですよ。エラ様の受けた傷は、かなり深いようですので。


エラ様が受け取っても良いと思う分だけ、受け取ってくださればそれで良いのです。


無理に全部受け止めようとしなくても、大丈夫なんですよ?」


 シロエも、オレに伝わるようにと優しく窘めてくれたようだった。


 少しだけ分かるような、だが本当に、そんなに都合の良いものがあるのかと。そう思った。



「……少し落ち着いたかしら? エラ。怖くなったら、いつでも直接確認して。何度でも答えるから。何度でも、愛してるって伝えるわ」


「私に聞いてくれても構いませんよ? お嬢様に負けないくらい、エラ様に愛をお伝えしましょう」


 そんな事を言われても。と、思ってしまうのかと思ったが、そうではなかった。


 不思議と、素直に聞けている自分が居る。


(そりゃあ、一年も愛情を注いでくれていたんだ。オレが頭で分からなくても、全部本当だった事くらいは身に染みて伝わっているんだよな)



 まっすぐな愛情を受け続けて、歪んでいたオレの心が、ここに来てさすがにびっくりしてしまったのかもしれない。そう思った。


「ありがとうございます。おとう様に続いて、お二人にも恥ずかしいところを見せてしまって……本当に、ゼロからスタートするみたいな気持ちです」




 元のオレ。元のオレ。と思うのは、もうやめにしよう。


 今の自分をきちんと見据えていかなくては、二人にもお義父様にも、何も返せない。


 与えてもらっているのに、それが恐ろしいなどと甘えているのは恥ずかしい事だと、今更ながらも気付けたように思う。



 そのような事を考えていると、何やらやる気が溢れてくるような気がした。


「私、明日からまた頑張ります」


 リリアナを少しだけ強く抱きしめ、そして体を離した。



「どうしたの?」


 完全に慰めモードだったリリアナは、急な立ち直りをみせたオレを、きょとんとして見ている。


「お陰で目が覚めました。と言っても、まだまだ未熟なままですけど……リリアナ、シロエ、これからも、よろしくお願いします」


 弱かったのは、昔のオレだったのだろう。失うばかりで諦めて、強がっていただけだった。


「……瞳から、陰りが消えたわ」


「あら、本当ですね」


「……え?」


 二人は順番にオレの瞳を覗き込むと、二人して肩をすくめた。



「エラの陰のある感じ、好きだったのに」


「私は今の、透明感のある瞳も好きですよ?」


「ちょっと! 一人だけずるいじゃないのよ!」


「お嬢様が悪い人なだけです」


 何を言い合っているのか分からないが、いつも通りな感じがオレには居心地が良かった。



「ちょっとぉ、何をニコニコ見てるのよ。エラの事、心配してたんだからね」


 リリアナはいつもより少し、距離が近くなったような気がした。


「あ、ですよね……すみません。ありがとうございます」


 オレ自身も、肩の力が抜けたような感覚だった。


 今まで無意識レベルで気を張り続けていたのが、ウソのように楽になった。


 以前はぎゅっと唇を閉じていたのに、今は気を入れないと少しだけ開いているかもしれない。



「かっっっるい! 軽いお詫びになっちゃってる。もう少し心を込めてもいいのよ?」


 屈託なく笑うリリアナは、オレの肩を人差し指でつつきながらそう言った。


「良いじゃありませんか。なんだか、初めて本当のエラ様に会えたような気がします」


 シロエはいつもより、慈愛に満ちたような微笑みを浮かべていた。


 優しい姉がいたら、こんな風に見守ってくれるのかもしれない。



「と、いうことで……私はまだ抱き合っていませんので、お嬢様そこどいてください」


 ……前言は撤回しておこう。


「ちょっと、何するのよ私だってもう一度ぎゅってするんだから。シロエの番はまだです~」


 二人はいつもより、自然な感じがした。



 オレに合わせて、何かを気遣ってくれていたのかもしれない。


 それとも、オレも二人の輪の中に、やっと入れたのだろうか。


(自分で勝手に、壁を作っていたんだろうな)


 二人はずっと、オレに寄り添ってくれていて……それは変わっていないのだ。



「エラ様の心もほぐれた事ですし、このまま三人で大人の階段を上りましょう」


「いや、シロエのそういうの、どこまで本気なのかちょっと怖いんだけど」


「あら。状況によりけりですよお嬢様。私はいつでも覚悟出来ておりますので、あとはお二人次第です」



 この星、いや、この国では、そういう感じの感覚なのだろうか。


 感慨に耽る間もなく、リリアナとシロエのやり取りはまた少し、実害を伴いそうな雰囲気を寄せてきていた。


「……ダメですよシロエ。そういう事をするなら、今日から私は一人で寝ますからね」


 ここらで釘を刺しておかないと、本当に何かされかねないような気がする。



「ふふ。もっと言ってやりなさいエラ。シロエに勝てるようになったら、社交界でも余裕よ」


「あら。私の本気、見てみますか? エラ様が泣いても知らないですよ?」


 いつもの二人とオレの、こういう時間がずっと続けばいいのにと思う。


 いや、この三人の、だ。


「え、ちょっと待ってください。泣かせるまではどうかと思う……」


 こうしたやり取りは、遅めの昼食までもう少し続いたのだった――。


――「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいか」


と思って頂けたらぜひ、この作品を推してくださると嬉しいです。



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どうぞよろしくお願い致します。  作者: 稲山 裕

週に2~3回更新です。



『聖女と勇者の二人旅』も書いていますので、よろしくお願いします。

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