第七章 三十一、遺跡(七)
第七章 三十一、遺跡(七)
皆の所に歩いて戻っていると、私の姿が見えたのだろう、ワッと歓声が上がった。
私の名を呼ぶ声や、ご無事ですかと叫ぶ声。
そして、焦れたのか待ち遠しくなったのか、ついには全員が私の元に駆け寄ってくれた。
「ルネ様!」
ベリード隊長が、やはり一番に話しかける権利を持っているらしい。
「お怪我はないようですね」
彼は私をじっと見て、そして満足したようにそう言った。
「はい。この通り大丈夫ですよ? それよりも約束通り、覗きに来たりは……しなかったみたいですね」
じっくりと皆を見渡してから、誰も約束を違えてはいないらしいと感じたので、そう答えた。
「あのルネ様のお顔を見ては、誰も命令には逆らわないでしょう。私も含めてですが」
隊長は、また私をからかっているらしい笑みを浮かべた。
でも、彼も皆も、安堵した表情で「違いない!」などと言いながら笑っている。
からかったり冗談を言ったりするのは、彼らの中では信頼の証なのだろう。
嫌な気分にさせるものではなく、絶妙に微笑ましいところを突いてくるのが憎い。
それはどこか、お義父様を彷彿とさせるのだから、元凶が誰なのか分かるというもの。
なぜなら、お義父様が集めて、お義父様が育てた部隊だから。
教え子達が指導者に似るのも、よくあることだ。
「フフ。でも、あまり私をからかい過ぎると、お空のお散歩に行く事になりますよ? 帰りは自由落下になるかもしれませんが……」
ここまで言ったところで、静かなどよめきが起きた。
「……冗談ですよ?」
『ぉお……』
これも皆して笑ってくれるかと思ったのだけど、この手の匙加減が分からないので、やり過ぎたのかもしれない。
「あの。笑うところでした……」
スベった上に引かれた後で、正直に言うのは少々キツいものがある。
かといって、愛想笑いも胸に刺さるので難しいなと思った。
私はもう、何もなかったことにして報告を済ませることにした。
「こほん。えっと……あのですね。遺跡の入り口らしきものを見つけたので、皆で掘ってください。私は……休憩しますね?」
あのうっそうとした植物の塊を、あれを除去するのを私は手伝いたくない。
どうせ、皆で掘り返そうにも、あの場所だけで言えば十人くらいしか作業出来ないだろうし。
私は適当に、何もなさそうな地面をこつこつと掘ればいい。
「掘る……のですか?」
誰かが言った言葉に、そういえば状況説明を何もしていなかったのだと気が付いた。
少し昂ったままなのか、落ち込んだままなのか、どちらのせいかは分からないけれどうっかりとしていた。
「えっと。入り口らしき場所から植物の茎みたいなのがわ~っと生えているので、それの除去と……たぶん、かなりの年月が経ったせいで、土が堆積しているのです。なので、遺跡を掘り起こす必要があるんです」
遺跡の大きさがどのくらいの規模なのかは分からないけれど、もしも巨大なものならば、一旦帰投するしかない……かもしれない。
「なるほど……規模も分からない状況なのですね。分かりました」
隊長はすぐさま私の意図を汲んでくれると、隊員達に指示を出し始めた。
とりあえずは向かって、植物の処理をしてみるとのこと。
そしてそこを掘ってみて、遺跡だろうと判別出来たら、当たりを付けてあちこちを掘ってみる。
という流れだった。
ベリード隊長は、私が討伐した場所に行く道々で、その先の展開も聞かせてくれた。
遺跡だったとしたら、後は国を挙げての大工事になるだろう、と。
そうなれば、ここまでの途中で止まっている道の整備。
それから、遺跡周りの木の伐採。
そしてようやく、遺跡を掘り返す工事に移れるだろう。とのこと。
けれど私達は、入り口の調査を終えたら、どちらにしても帰還することになる、と。
「ただ、まずはともかく、入り口の調査ですね」
そこまで聞いたところで、私は肝心なことをもう一つ、伝え忘れていたことを思い出した。
「あの……隊長。すみません」
もしかすると彼は、すでに気付いているかもしれないけれど。
「おや、どうされました?」
なぜなら、少し歩けば獣の死骸が、至る所に転がっているから。
「蹴散らした獣達が、そこら中に飛び散っているんです」
「あぁ……この辺にも落ちていますしね」
その中心部ともなれば、爆散したとはいえ、かなりの巨体がそこら中に落ちている。
「放置すれば腐りますし……集めて焼きますか?」
火葬しか頭にない私は、森の中とはいえそのように聞いた。
「そうですね……見てから考えますが、何頭くらいでしたか?」
……たぶん、私が答える前にもう到着するだろう。
そう思って指を差して、「あのくらいです……」と呟いた。
ちょうど、茂みが邪魔になって見えにくい位置だったけれど、それを抜けたところで隊長が軽い悲鳴をあげた。
「うわぁ……。これは、ひどい数ですね」
なんだか、自分のしたことを「虐殺だ」と咎められたような気がして、涙ぐんでしまった。
「……すみません。酷いですよね。私…………」
調子に乗っていた部分は否定できないし、力を示すのが楽しいという一面も、厳密に言えば確かに、少しはあった。
こんなに強い体を手に入れたのだと、安心したし嬉しかった。
もう、誰からも襲われる心配はないのだと。
「ルネ様? なぜ泣いておられるのです。何か辛いことを……思い出されましたか?」
責められると思っていたので、上手く聞き取れなかった。
続けてくれた言葉さえ、泣いているせいか声が入ってこない。
「獣どもには、皆、何かしら恨みもあれば思い出したくないこともあります。ご無理させてしまい、申し訳ありません」
ベリード隊長は立ち止まり、私に深く頭を下げた。
「え? えっと、今、なんと? とにかく、頭を上げてください」
「ルネ様……何か気に病むことがあれば、私にでも将軍にでも、誰かにご相談ください。絶対に皆、ルネ様の味方ですから」
そう言った彼は、ハンカチを取り出して涙を拭ってくれた。
頬と目元に、そっと触れるように。
それは私を責めているわけではないのだと、ようやく理解出来た。
「ベリード隊長……。私がしたことは、虐殺だと思いませんか?」
これを、お義父様に聞くのは恐ろしい。
でも隊長なら、もしもそうだと言われても、これから先会わないようにすれば済む。
そういう姑息な計算をして、私は隊長に問いかけた。
「虐殺だなんて……それは、こいつらが我々にしたことにこそ向ける言葉であって、ルネ様がなさったことは、そんなものではありません」
「でも……たくさん殺したわ」
「ふむ。言うなれば、そうですね……これまで人間がされてきたことに対する、逆襲のようなものです。ルネ様に代われるのであれば、私が殲滅したかったくらいなんですよ? でも、私ではこの数、どうやっても返り討ちにされてしまいますから」
そう言いながら、隊長は近くにあった巨大なクマの亡骸を、かなり強く蹴飛ばした。
「ルネ様のお力、正しく使おうとされていること、獣であろうと情けをかけるそのご慈悲、十分に伝わっております。ここに居る皆、その深いお心に敬服しているのです。もっと胸を張ってください」
「胸を張るなんて……」
「私がルネ様のような力を持っていれば、もっと切り刻んでやったのですがね。この辺り一面、血の沼が出来て歩けない程に」
彼は剣を抜いて、足蹴にしたクマにざくざくと突き立てては、その剣を高々と掲げた。
「ルネ様は、我々が出来なかったことをしてくださったのです。英雄そのものですよ」
いつの間にか、周りの隊員も皆、剣を抜いて掲げていた。
私を囲むように。
「我等の英雄に、剣礼!」
『ルネ様! 万歳! ルネ様に、栄光あれ!』
急に始まったこれは一体何なのだろうと、その驚きで涙も止まってしまった。
「な、なんですか急に。そういうの……慣れてないから困ります……」
またからかったのかと、色々と混乱して冷たくしてしまった。
私は、少し情緒不安定なのかもしれない。
「ハハ。英雄様を困らせてしまったようだ。皆、直れ!」
隊長のその声で、皆一斉に剣を納めた。
「ルネ様はお優し過ぎるのですね。それなのに辛い役回りをさせてしまい、すみません」
ですが、と、隊長は続けた。
「尊敬の念を抱くのは、どうぞお許しください。それから――」
「後のことは我々に任せてください!」
「せめて少しの間ですが、ルネ様はお休みください!」
ベリード隊長が話終わる前に、皆が口々に声をかけてくれた。
誰も、私を咎めている人はいない。
「うん……ありがとう」
そして言われるままに、誰かの荷の上に座らされた。
また誰かは上着を掛けてくれて、そして二人の護衛がやや離れて付いてくれた。
「後ろを向いておりますので、適当にくつろいでください」
「何かあれば、遠慮なくお声がけください」
それぞれ、優しい言葉を残して。
――ひと心地ついて、私はようやく気持ちが落ち着いた。
……よく考えれば、咎められるはずがないのに。
皆の態度を見ても分かりそうなものなのに、自分の力に振り回されてしまった結果だろう。
力に対して、心が追い付いていない。
使うことに不安があるし、使った後は罪悪感が顔を覗かせる。
人のため、王国のためだと割り切っているつもりが、全然出来ていなかった。
(そう言えば、リリアナと随分会ってないなぁ……)
リリアナに救ってもらった恩を返すのだと、ずっとそう思っていたのに。
色々なことがあり過ぎて……随分、希望とはズレてしまった。
遺跡も、リリアナが見つけたがっていたのに。
一緒に探しに行こうと、誘ってくれていたのに。
リンク機能のことも、すっかり忘れていたのを今、思い出した。
(何してるんだろ、私……)




