第七章 三十、遺跡(六)
第七章 三十、遺跡(六)
「皆さん。決して、私を覗きに来てはなりませんよ?」
そう言って私は皆に、微笑んだつもりだった。
けれど、それはとても冷たい笑みだったのかもしれない。
「厳冬将軍の、あの顔と同じだ……」
「容赦しない時の厳冬将軍……。さすがはご息女だ……」
皆が口にした言葉を、私は聞き逃さなかった。
そんなに怖い顔をしただろうかと、少しだけ頬を膨らませて上に飛んだ。
枝葉を被ろうと気にしない。
そのまま、遺跡があるだろう方角に――獣どもの気配がする方に進路を決めて――超音速で翔け抜けた。
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私は枝葉を粉砕してまき散らしながら、ひと息もしないうちに獣どもが集まっている場所を見つけた。
その上を一旦通過してしまったので、引き返すついでに、獣どもがうごめく中心部へと突撃した。
地面一体に集まり、何かを貪っているオオカミやクマの群れを、超音速のまま吹き飛ばす。
空気を割くような爆発音と共に、三十近い獣が弾けた。
それもそのはずで、抜刀して振り抜いただけではなく、放電も同時に行ったからだ。
ソニックブームと放電の連撃。
特に雷は、直下ではなく周囲にまき散らすように放ってやった。
お陰で私の半径二十数メートルほどは、焦げている。
地面も、獣達も。
そして雷の余韻が、まだ私の体と地面をバチバチと跳ねている。
「無理に刀を使う必要、無いのよね」
若干、心残りのような気持ちが胸に広がった。
これでは、ただの虐殺のようだと思ってしまったから。
それでもとにかく今は、獣から遺跡を取り戻さなくてはならない。
取りこぼした獣は居ないかと見渡していると、広範囲から別の獣どもが集まってきているのが分かった。
彼らの縄張りに、恐れ多くも侵入した私を食い破るためだろう。
「でも、今は本気だから……ごめんね」
あまりに力量差があると、ごめんねの言葉が無意識に出てしまう。
別に煽っているわけでも、調子に乗っているわけでもない。
無慈悲な手段を取ってしまうことに、せめてものお詫びなのだと思う。
……あるいは、このドールの力を試すためというのが、心に引っかかるのかもしれない。
どちらにしても理不尽なことをするし、結局は、破壊兵器を駆使するのだけど。
(ほんとにこんな姿、皆には見せたくない)
せっかくの可憐で美しい容姿だから、そのまま人形のように振舞っていたい。
最近はなぜか、そんな気持ちが湧き上がる。
武力を手にした余裕から……という気はするけれど。
「さて……。指先からの光線も、最大出力でいかせてもいます」
刀を鞘に納め、自動照準機能を起動した。
光線は視野角内に絞って、それ以外は、電撃の自動反射を使う。
様子を見ている獣どものうち、ベリード隊長達に近い群れから対処することにした。
万が一でも、彼らに獣どもの危害が及ばないように。
光線の射出も自動。
あとは、身体が動くままに任せるだけ。
すると、両手が勝手に、「おいで」と優しく手を伸ばすような形になった。
その瞬間――。
指が小さく角度を変えながら、まるで何かを慈しむ様な手つきでありながら……おびただしい数の光線を放ち続けた。
一回で十本の光線を――全弾当てたのではなく避けられたか、外れたか――ともかく七、八回は斉射した。
視線を変えると体ごと向き直って、また同じように手を前に差し出した。
細くて白い指が、何かに向かって滑らかな手つきで「おいで」と、……誘うように。
でも、それは死の誘惑で、決して真に受けてはいけない。
――生物に用いるような力ではない。
何の感情もなく、ただ理不尽に物質を断つ光の刃は、手応えも残さず彼らを切ってしまう。
人に執着して、無慈悲に人を襲う獣どもであっても……憐れに思うほどに、残酷だ。
それを何度か繰り返しているうちに、数回、私に近寄り飛び掛かってきた獣が居た。
ばちっ、という放電の光と、生き物が焦げる独特の臭いが上がる。
その度に、自慢の金髪が青白の光に染まる。
肉眼だったなら、眩しくて開けていられないほどの強い光。
一撃で、三階建ての家ほどのクマを屠るのだから、その威力も光線に引けを取らない。
「生き物相手に使うのは、卑怯かしら」
でも、クマもトラも、人からすれば卑怯なほどの強靭な体と膂力、鋭利な爪と牙を持つ。
それ以上の力を手にしたからと言って、闇雲に襲うわけではないのだから……。
――問題は、ない。
「ないと思いたい」
そんな、くだらない自己肯定の理屈をこねている間に、戦闘は終わった。
自動照準は解除され、放電も止まった。
エネルギー残量が目の端に短く表示されたけれど、安全圏内のままだった。
……なんのことはない。
自分では何もしていない。
ドールが私の意を汲んで、獣だけを綺麗に片付けてくれた。
倒した実感もない。
ただただ、作業が終了したという、時間の経過に過ぎなかった。
「……残酷なことをした割に、本当に実感がないわね」
むしろそれが、心に刺さるくらいに。
これ以外に方法が無かっただろうかと、意味のないことを考えてしまいそうになる。
それを考えるのは、意味が無い。
なぜなら、さっきまでは獣どもが密集していて、遺跡に近寄れなかったのだから。
人の食料不足の、その解決の糸口に……なるかもしれない遺跡に。
「……ふぅぅぅ。考えないようにしよう。私、こういうので病むタイプなんだきっと」
そして、身体が疼くことに気付いてしまう。
誰かに抱きしめてもらいたいと。
不安か、恐怖か、後悔か。
何かは分からないけれど、漫然と心を浸そうとする、モヤモヤとした気持ち。
これをどうにかして欲しくて、強く抱きしめて欲しいと感じている。
「……こんなに、弱かったっけ」
それとも、ドールの持つ特性か何かだろうか。
そう思うと、製作者のエルトアに対して無性に腹が立った。
(余計な機能をつけやがって)
ただ戦闘人形として作ってくれていれば、人の温もりなど欲さなかっただろうに。
「イライラする」
焦げた地面に八つ当たりをして、蹴りつけた。
それが意外と抉れ飛んだものだから、その爽快感で少しだけ溜飲を下げた。
「どうしよう。今、ベリード隊長を見たら抱きついてしまいそう」
お義父様以外の男の人に、そんなことをしたくないと思って時間を潰すことにした。
そうしてよく見回してみれば、地下がありますとばかりに、ぽっかりと口を開けた場所があるのを見つけた。
そこから植物の茎だか蔓だかが大量に伸びていて、その先の何らかの実に、草食動物らしき骨の塊と、雑食のクマ達の死骸が倒れている。
クマは初撃で絶命したのだろう。
そして、その入り口らしき場所は……土が堆積していて分かりにくいけれど、かなり広く、そして深そうだった。
「……今度はあれを探索するのね」
何というか、植物がうっそうとしている場所が苦手だ。
虫が嫌いだから、セットで彷彿とさせるからかもしれないけれど。
あの中は、間違いなく虫がいるだろうから。
「隊長達にしてもらおう……」
全身がゾッとしたところで、さっきまでの妙な気持ちは消し飛んでいた。
終わったことと、遺跡を発見したことを報告しに戻ろう。
私は手櫛で髪の毛をさっと整えて、皆のところに向かった。




