第七章 二十八、遺跡(四)
第七章 二十八、遺跡(四)
姿を現したのは、進行方向から三頭のトラ。
奴らは互いに絶妙な距離を開いていて、いわば囲まれたような形になっている。
中央と左右、そのどれもが、木々に身を隠したり出てきたりとしながら、徐々に詰めてきている。
まるで飛び道具を警戒するような動きだ。
「ルネ様。見えている三頭だけとは限りません。ご注意を」
「はい」
私は返事と共に刀を抜き、いつでも光線を撃てるように意識を込めた。
ただ、隊長らと合わせる様な動きが出来ないから、私が先に出なくてはいけない。
「隊長。私のタイミングで行きます」
「ええ、合わせてみせます」
その言葉に安心して、私はオートドールの持つ膂力を全て出し切るつもりで集中した。
中央のトラが、一瞬こちらから視線を外して、そっぽを向いたのを見逃さない。
私は一気に間合いを詰めて、トラの懐――その首元へと踏み込んだ。
トラが前足を振るうよりも早く、牙を突き立てる一瞬の動きさえ躱して、上段に担いだ刀を振り下ろした。
――と同時に、左右のトラめがけて光線を、斬り上げの動きに混ぜて放つ。
半円を描いた刀の軌跡は、後ろの隊員達からすれば、巨大な扇のように光ったことだろう。
それは木々の枝ごと、辺り一面を切断した。
ばらばらと落ちる枝や葉は、他の枝に引っかかりながら雨のように降り注いでいる。
(斬った手応えが無い――)
直接相対したトラは、本当なら目の前で倒れ伏しているはずだったのに。
よく見ると、奴の懐に入ってなお、この刀は首を掠めただけだった。
黄色と黒の毛が、少しだけ散っている。
ただ、それだけ。
そいつは悠然と、こちらの間合いから外れたところに居る。
「あれを躱された……」
ネコ科の動体視力と反射神経が、ここまでとは――。
それに、牽制した他の二体も、木を上手く使って余裕で光線を躱していた。
(私の反応速度じゃ、追い付けないってこと?)
ガラディオは八体を同時に倒したというのに!
「――しまった!」
私は彼への嫉妬に悶えながらも、木を使った回避を目にして、不覚を取ったことを悟った。
「――全員、上に注意してください!」
そう叫んだ瞬間だった。
隊員達の叫び声が聞こえた。
『うああああああ!』
『ぬぅぅおおおおお!』
ガシャガチャと、金属鎧が激しく擦れる音も聞こえる。
(間に合わなかった?)
「上からトラ二体! 五メートル級!」
――合計五体。
そして隊員の、大声での報告には隊長が即座に反応した。
「総員守護陣形! 守護陣形を取れ! 槍を正面構え! 槍を正面!」
一瞬で、ばらけてしまった隊員達が亀の甲羅のように集まった。
およそ半数ずつの二つの塊。
盾を持つ隊員が、弓隊や槍だけの隊員を囲み、そしてトラを正面に槍だけを出すように密集して構えた。
まるで甲羅を持つ一角獣だ。
集団で、ひとつの生き物のように動く様は感動さえ覚える。
そしてどうやら、深手を負った隊員はいないように見えた。
少しばかりの安堵と、それとは逆に、仕留めそこなった――当てられなかった焦りが体を熱くしている。
「ルネ様、一声のお陰で助かりました」
指揮を執りながら、私のサポートに駆け寄ってくれた隊長はそう言った。
「良かった。私は斬れなかったけど……」
「トラにはフェイントが必要です。一本斬りでは当てられません」
「――なるほど」
心のどこかで、獣相手だと油断があったらしい。
確かに、達人が相手ならあんな……馬鹿正直な太刀筋など見せない。
そしてそれとは別に、隊長はあの密集陣形の中に入っていないことに、今更ながら気が付いた。
「次に私が飛び出したら、隊長はどうなさるんですか?」
「大丈夫です。邪魔にはなりませんから」
……信じて良いのだろうか。
生身で、一人でトラの相手が出来るということなのか、上手く躱せるということなのか。
彼の装備は、小ぶりな盾と剣という動きやすいものだけど。
薄めの金属鎧は爪の薙ぎ払いを防いでくれても、牙は通してしまうだろう。
(隊長の力量を知らない……)
「守って頂くほどではありませんよ。ご安心ください」
私の不安そうな顔を見てのことだろう。
「……分かりました。さっきみたいに、勝手に突っ込むことを許してくださいね」
私の答えに満足したのか、隊長はニッと笑った。
――私が断ち切った枝葉が落ちきった頃。
三頭のトラは二組に分かれていた。
中央から私に二頭、左から隊長に一頭。
互いに十メートルも無い距離で、奴らは緩やかに左右に動いて威圧感を出している。
そして後ろでは、隊員達がそれぞれの陣形で一頭ずつ、相対している。
森の深奥で、この立ち並ぶ木々は今、トラの味方をする足場だ。
……機動性の高さで、トラと同等なのは私だけ。
ならば、やはり私がもっと迅速に倒せないことには、この先には今以上に獣どもがひしめいているというのに。
(――私が来た意味が無い)
気持ちを落ち着かせて、達人が相手なのだと頭を切り替えた。
五人の達人……そう考えれば、かなり厄介な状況だとはっきりと分かる。
明らかな油断だった。
私のせいで、隊員達を危険な目に遭わせてしまった。
「……行きます」
小さくつぶやくと、隊長は私に背を預けた。
了解の合図――。
私は目の前の二頭に集中して、閉じ込めていた殺気を放った。
意表を突いた不意の一撃ではない――正面突破の、ただ殺すための剣技を振るう。




