第七章 二十六、遺跡(二)
第七章 二十六、遺跡(二)
また、森林へと一路。
今回もベリード隊長率いる七十人の部隊と、共に行く。
お互いに気心も知れていて、人見知りする私には助かる編成だった。
その彼らと、王都を正門から出て西へ。
馬で相当深い場所まで進めるらしく、部隊の後ろには、小型の馬車が五台もついて来ている。
それには食料や野営時の燃料などが積まれているお陰で、薪を拾いに行ったりという諸々の面倒臭いことをしなくてもいい。
これがまた、部隊の士気を高めていた。
皆の機嫌も良く、出発してからはひっきりなしに、隊員達が入れ代わり立ち代わり私に並んで、一言二言話をしてくれる。
まるで遠足にでも行くかのように。
だけど私も、つられて楽しく過ごしてしまった。
特に、今回は獣だけが相手ということで、私も本当に気が楽だったから。
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王都を出発してしばらく。
まずはファルミノ方面へと小高い丘を越え、森林を右手にまだ少し進んだ所に、新しく切り開いた道があった。
私の体が、オートドールのリンクリーダー機として、リンク出来る可能性のある遺跡。
森林の奥地、そこへ向かうための、当たりをつけた道だ。
……というか、見える所までは全て、土を打ち固めて簡易の舗装がすでにされている。
「仕事が早いのね……」
王国主導で行わなければ、こんな大事業がたったの二週間やそこらで、出来るわけがない。
その期待の高さに、妙な悪寒が走る。
「……行きたくなくなっちゃったわ」
ひとり言のつもりだったけれど、隣のベリード隊長がしっかりと聞いていた。
「ルネ様。もはや後には引けませんぞ」
重々しい言葉とは裏腹に、見れば彼は、ニカっと笑っている。
「もう。からかわないでください。行きますってば……」
総勢七十と私の、七十一騎。それに続く五台の馬車。
道中はほぼ安全で、遺跡の近くからが近寄れない。
クマやトラが、通常よりもかなり狭い縄張りの中でひしめいているらしいから。
ただ、それだけなら、きっと私の手に余ることはないだろう。
以前の黒いトラのように、獣どもを従えて指揮を執るような異端が居なければ。
……色々なことを経験したせいで、しなくてもいいだろう緊張を強いられてしまった。
「おや、ルネ様。初心を忘れぬ面持ち、素晴らしいですな」
またからかっているのだろう。
そう思ってじっとりと睨んでやると、真剣な顔つきだったので面食らってしまった。
「そ、そうかな……」
「そうですとも。我々は訓練して、わざと適度な緊張を維持しているのです。どうしても慣れてしまって、スイッチが入りにくくなりますので」
実戦でそれを言うとは、一体どれほどの数をこなしてきたのだろうかと、背すじの凍る思いがした。
「ですから、予め拾っておいた小石や枝を、時々投げ合うのです」
そう言っておもむろに、後ろの隊に数センチくらいの小石を鋭く投げた。
誰かの甲冑に当たることで、注意を促しているのかと思ったけれど……何の音もしない。
ただ少し、馬が小さく嘶いただけ。
「……どうやら、射線上の者は皆、避けられたらしいですな」
「えっ?」
高度な遊びがあったものだと、感心してしまった。
「馬に当てないために、ちょっと無理に移動させた時に嘶いたのでしょう」
当たっていれば、隊列を乱して暴れたかもしれないのに。
「隊長……たまには、のんびりした行軍でも良いじゃないですか。獣なら私も警戒していますから」
石や枝が飛び交う行軍は嫌だ。
「ハハ。すみません、気の抜けきった者がいましたので」
「そうなんですか? でも確かに、道もあって獣も居なくて……私も気が抜けそうです」
そんな、よく分からない会話をしていると、徐々に道が荒くなってきた。
馬で一時間ほど。
それなりの距離を進めたと思うけれど、目的地はまだまだ先だそうだ。
「ここからは少しペースが落ちますね。馬車の様子を伺いながら、適当なところで野営しましょう」
私達以外、誰も通らない道だからこそ、その真ん中で野営することが出来る。
王都を出て既に二十キロは移動しているから、荒い道を行くので進んでも後十キロくらいだろう。
それでもまだ、半分にも届かないという。
三分の一か、それ以下。
本当に広大で、深い森だ。
「迷子になったら……大変そうですね」
「ルネ様。大変どころか、遭難して下手をすれば死にますよ」
荒い道を進みながら、ベリード隊長は言った。
「ここでは夜、星を見ることが出来ません。つまり、航海に長けた者でも進むべき方角がわかりません。昼もおおよその方向のみ。雨や曇天ならば夜と同じ。さて、ルネ様が翼を失っていたら……どうされます」
高低差もあまりなく、遠くなど一切見えない。
「高そうな木に登って、山の位置を確認して反対方向に?」
そのくらいしか思いつかなかった。
「そうですね。でも、このうっそうとした森の中では……どの木も同じくらいの高さしかないでしょう」
「あ。それなら、いくつか切り倒しちゃえば!」
我ながら名案だなと思った。
「いいえ。木の一番先は細く、そこに立つ事は困難でしょう。仮に、切った木で梯子を作ったとして……先端を超えるように取り付けられたとしたら……見られるかもしれませんが」
そういいながら、隊長は指を上に指した。
つられて見上げると、随分と高いところまで枝葉がある。
「この高さを無事に登り切れるようになるまで、かなりの体力を使ってしまいます」
そうか、彼らはそれを想定して、色々とやってみたのだろう。
「……何も手立てがないのですか?」
「水と食料を確保できなければ、数日で動けなくなるでしょうね」
前回は、敵の拠点があるということは水源がある。という確信があったという。
今回は、補給用の馬車をつれている。
つまり……その馬車で兵站を繋がなければ、水の確保が難しいということだ。
「隊長でも無理ですか?」
「誰であっても、です」
……急に怖い話をする。
「お、おどかさないでください」
「一応、何をリスクとしているかを、お伝えしておこうと思いまして」
絶対に、皆と離れてはいけない。
……とはいえ、私の体ならエネルギー不足などありえないけれど。
なんとなく、皆と一緒にいなければ落ち着かないという、そういう心理を刻まれてしまった。
「隊長。私の手綱を握るの、上手ですね……」
別に、部隊を離れてやろうとは微塵も思っていない。
けれど隊長は、きっとお義父様に釘を刺されたのだろう。
『あれはじゃじゃ馬なところがあるから、絶対に一人にするな』とでも。
「お褒め頂き、光栄です」
「褒めてないから!」
そんな風にからかわれながら馬を進めていると、本日の野営となった。
まだ日が落ちるにはかなり早い。
でも、何も暗くなるのを待つ必要はないし、慣れてしまっただけで、日が傾きはじめた辺りから既に薄暗くはあった。
森の中というのは、時間感覚も研ぎ澄まさなければ、一気に夜に呑まれてしまうだろう。
彼らが居てくれて、適度な差配をしてくれるから、「まだ進めそう」と思えているだけだ。
隊長に聞かされた怖い話のお陰で、それがよく分かる気がした。




