第七章 二十二、世界の調整者
第七章 二十二、世界の調整者
複雑な気持ちのまま、私は隊列の最後尾についていた。
昨日と同じく救助者達を挟んで、前後は部隊が護っている。
その最後尾に。
ちなみに、捉えた敵の二人はぐるぐる巻きのまま、長い棒に括り付けて運ばれている。
前後二人ずつが肩に担いで、絶対に逃げられないように。
それはまるで、捉えた獲物のように見える。
生きたまま捌かれてしまえと、私はこっそりと思った。
半時も進んだ時だっただろうか、いつの間にかエイシアが私の後ろに来て、同じ速度でゆっくりとついて来ていた。
何か意図があるのか、それとも、機嫌の悪い私をからかいたいだけなのか。
最初から今まで、ずっと異質な存在だ。
だから……この子を戦闘に参加させるようなことはしなかった。
私よりも異端だから。
そもそも、頼んだところで手伝ってくれるとも思わない。
そんなことよりも……今は、私を刺激しないでほしいのにと思った。
私は、昨夜からずっと、とりとめのないことを考えていた。
こんな事をしたやつらを、ゲルドバを、今すぐ八つ裂きにしてやりたいと。
……それだけじゃ足りない。
何千回も、何万回も、死ぬほどの苦痛を味合わせてやりたい。
それでもこの怒りは、憎しみは、消えないくらいなのだから。
これは考え事というよりは、湧き上がる怒りを処理しきれなくて、意味のない妄想を繰り返しては、またさらに怒りが収まらないという状態だ。
――(貴様。よもやこんな事で、憎悪に沈むつもりではないだろうな)
面倒臭い絡み方を、今はされたくないのに。
やはりエイシアは、空気を読まずに念話を飛ばしてきた。
――(今、あなたに構っている気分じゃないの)
――(そのような形相で、可愛い妹の元に帰るつもりか?)
――(うるさい。少しくらい怒った顔にもなるわよ!)
そう言ったものの、まさかエイシアにここまで言われるとはどんな顔なのかと、手荷物から鏡を探した。
――(貴様の殺気にあてられて、前をゆく兵士どもが休まらんではないか)
…………本当に、私は酷い顔をしていた。
青黒く血の気の無い肌。
落ちくぼんだ目。
眉間と眉下に寄ったしわは、これから人でも呪い殺すのかという程に、醜く歪んでいる。
――(ほんとうに、酷い顔ね)
――(言ったであろう。そのままで居れば、お前は拘泥に落ちるだろうな。そうなればお前は世界の敵よ)
――(拘泥……? ひとつのことにこだわり過ぎて、固執しているって?)
少しだけ、分かるような気がする。
このオートドールの力を使って、悪人と思った者達を殺し続けてやろうと、そんなことを少しだけ……思ってしまったから。
そうすれば世の中を、良く出来るのではと。
――(構わんぞ? 刺し違えたとしても、お前を世界から排除するだけだからな)
――(刺し違えるって……私と心中するつもり?)
……この憎たらしいエイシアが、私の力を見定めた上で本気で言っている?
でも、そんなことよりも……こいつにはエラを見守っていて欲しいのに。
……心中は駄目だ。
それに私もまだ、こいつにやられるわけにはいかない。
――(覚悟は決まったか? 世界の敵に限りなく近い者よ)
「ふぅぅ…………」
私は息を、めいっぱいまで吐ききった。
――(ならない。世界の敵になんか)
――(ほお?)
――(ごめん。ありがとう。こんなの、この世界じゃごまんとある話なのよね)
――(五万どころではない。それに、我は仕事をしただけだ。調整者であるからな)
……微妙にかみ合っていない気がするけれど、それも全て計算だったとしたら、恐ろしくもある。
こんなやつに、知能で負けたくない。
だけど本当に、こいつみたいに……何かどこか、割り切れたら楽なんだろうか。
人を、『人族』みたいに。
虫がどこで何をしていようと、こちらに害をなさなければ気に留めることもない。
それと同じように……私も。
……こいつは、私達をそんな風に見ているんだろうか。
有象無象が営む世界を、それが他の害になり過ぎないかを無機質に観察している。
そんな風に、人間に接しているのだろうか。
エラには、それなりに優しいクセに。
――(私にも、エラにするみたいに優しくしなさいよ)
――(寝言を。貴様が我にした事を忘れたのか)
――(別に何もしてないじゃない)
――(初見で二度も、我を殺そうとしただろうが。鳥頭なのか?)
そう言われると、リリアナ達と最初に会った時に一回と……この数日前にも別個体だと思って、斬りかかったっけ。
――(んーっと……。エへへ、ごめんね?)
――(貴様……それで謝ったつもりか)
――(どっちもあなたの方が一枚上手だったんだし、いいじゃないのよ)
この体でさえ、ダメージ警告が出たほどの強さなのだから。
――(そういう所だ。貴様が気に食わんのは)
――(私だって、色々と護らなくちゃって、必死なのよ)
――(そうか。必死ならば何をしても良いのだな?)
そう言われると、私が悪い気もしてきた。
――(ご……。ごめんってば)
――(チッ)
エイシアに、舌打ちされてしまった。
しかも、その後はすぐにどこかに消えて、結局王都に戻るまで、その姿を見ることはなかった。
その時は、「何がしたかったのよ」と、無下にされたことに少し腹を立てていただけだった。
どこか憎めないから、本気で怒ったりはしないけれど。
でも、その時抱えていた消えない怒りが、どこにも居なくなっていた。
厳密に言えば……あるにはある。
だけど、この力を使って悪人を滅ぼしたいという、無謀なことは考えなくなっていた。
悔しいことに……エイシアに、なだめられてしまったらしい。
それも調整者としての仕事のうちで、舌打ちは面倒なことに時間を使ったからという、そういうことかもしれないけれど。




