第二章 一、再生の時(一)
「ねぇ、それで昨日は、本当に何もなかったの?」
絶対に聞き出すのだという強い意志を感じるが、物言いは優しい。
リリアナはカップに少しだけ口を付けると、一息の間を置いて問いただしてきた。
朝食の後、お庭でお茶会の流れになったのだ。
侍女達によって庭に運ばれた小さな丸テーブルには、流れるようにテーブルクロスが敷かれた。
イスを引かれたので無意識的に席に着いた。
リリアナが最初に座り、オレが座ったのを確認してからシロエも席に着いた。
優美なティーセットが準備され、金で縁取られた四角い浅めのお皿には、数種類のお菓子が程よく盛られている。
少し手を伸ばせば、そっと届くだろう絶妙な配置だ。
食べたばかりで何もいらないと思っていたが、お洒落で綺麗なお菓子と紅茶の香りが目と鼻をくすぐり、もう少しだけ食べたいという欲求を刺激する。
「あの、本当に何もないですよ。例の……というか、あの黒い本はリリアナも読んだんですよね? あれを見せてもらって、それだけです」
「それは聞いたわ。その後よ。絶対に何かあったでしょう?」
(怖……)
静かな口調なのに、核心を持って追及する様子は、逆に恐怖を感じてしまう。
「その……そこまで信頼を置いてもらって、隠し事をしたままなのはダメだと思って、私の話を打ち明けました」
「うん、それで?」
笑顔は崩さないが、「核心を話さないなんて許さないわよ?」という圧を隠す気はないようだ。
「え~っと……」
助けてくれそうにないと思いつつも、シロエをちらりと見た。
「あら、エラ様。助けませんよ?」
にっこりと微笑むシロエの目の奥は、笑っていない。
(こっちも怖い……)
オレのお付きのフィナは、オレが休暇になったので一年ぶりくらいに休みを取っている。
この場で唯一の味方になってくれそうだったが、居ない人に助けを求めても仕方がない。
「えっとですね……その……」
昨日はなぜ、あんな事を言ってあんな事をしたのだろうか。自分でも分からない。
衝動のようなものだった。
親の愛情というものが、これがそうなのだろうかと確かめてみたかったのだ。
オレは、一度も感じた事がなかったから。
(でも、言葉にするには、どうにも恥ずかしい……!)
「いくらでも待つわよ? ゆっくり答えなさい?」
まるで精神的な拷問のようだ。
美味しそうなお菓子も、まるでおあずけを食らっているような状態で身動き出来ない。
話す事でしか、この状況は打破できないのだろう。
「は、恥ずかしいのですが……」
喉の奥に蓋でも出来たのかという詰まった胸の内から、意を決して言葉を紡ぐ。
リリアナとシロエは、笑顔を崩すことなくその美しい相貌でこちらを見ている。
状況がこんなではないなら、なんと幸せな空間だろうと思う。だが、今は逆に恐ろしい。
「コホン。その……おとう様のかけてくれた言葉が嬉しくて、これが親の愛情だろうかと確かめたくなって、その……」
「確かめたくなって?」
食い入るように、リリアナは少しだけ身を乗り出した。
「だ、抱きしめてみて欲しいと、お願いしました……」
オレの顔はもはや、真っ赤である。鏡を見なくても分かる。
耳まで赤いだろう。こんな辱めを受けた事はないだろうというくらいに、恥ずかしい。
「ええ~! シロエ聞いた? エラがこんな、こんな……!」
「ええ、ええ。エラ様、やるじゃないですか。見直しました」
二人はなぜか、大はしゃぎして手を取り合ってキャイキャイしている。
「はぁ~……ついにエラが……うん、うん」
「そうですねぇ……感慨深いです。お嬢様」
二人が何を喜んでいるのかが理解できないが、どうやら危機は去ったようだ。
ここに来て一番の赤面を晒した甲斐はあっただろうか。
「やっと、おじい様に心を開いたのね、エラ。良かったわね」
「ええ、本当に。エラ様が心を開けるお人が増えて、良かったです。それにウィンお爺様も、お喜びだったでしょうね」
二人は、以前に見せてくれていた慈しみ深い笑顔で、オレの話した事を喜んでくれている。
「だからなのね。エラがおじい様を見る目が、ハートだったもの。絶対に何かあったと思ったのよね~」
「一目瞭然でしたね。なぜ隠せるなどとお思いになったのやら」
(ハートだって? そういうのじゃないし、そんな目はしていないだろうさすがに!)
「ど、どいう事ですか? そんな目とかしてないですよ? そりゃあ、尊敬というだけじゃなくて、信頼と言うか、親愛というか……」
「かっっったーい! エラ、そいうのはね、『愛してる』でいいのよ?」
「そうですよエラ様。愛というのは、そういうものなのです」
「愛……」
オレがオレとして生きていた時は、『愛』という言葉だけが頭を通り過ぎていた。
でも今は、少し違うような気がする。心が、ほんのり温もりを感じるような。
「私もシロエも、エラの事を愛しているわよ?」
「愛しておりますよ、エラ様」
「ふぁっ?」
不意の告白に、ヘンな声が出てしまった。
「愛し……」
まだ馴染まないけれど、昔のような嫌悪感は感じない。
むずがゆいような、こそばゆいような。
「エラも言ってよ。私達の事、愛してるって」
「あ、あい……」
またもや顔が、真っ赤になっているのが分かる。
「ふふ。もう少しってところかしら。無理強いはしないけど、いつかぜひ、言って欲しいわ」
「もう言ったも同然のお顔をなさっていますけどね。お顔に書いてありますよ? 愛してます、って」
クスクスと、二人は少し涙を浮かべながら笑っている。
(オレは……この二人から、おとう様から、沢山の愛情を貰っているんだな)
もしかすると、今感じている以上の大きな愛情なのかもしれないが。
「それにしても、エラ様はウブ過ぎますね。お茶会やパーティに行ったら、完全にカモにされてしまいますよ?」
(なんて怖い事を言うんだ)
厚意ではなく、愛情を受けているのだという感動が、スッと抜き取られて寒気を吹き込まれたような気持ちになった。
「安心してください。そのうちに、お茶会のたしなみ方を伝授して差し上げますね」
「ふふふ、そうね。そうしてあげて。それじゃあお茶のおかわりを頂こうかしら。お菓子も頂きましょ」
(話の展開がめまぐるしい)
お菓子とお茶の事など、もはや目に入らなくなっていたのだが……改めて見ると、どっと疲れた頭に甘味を与えたくなった。
感情が追い付かなくて、単純な脳の疲労に置き換えられてしまったのだろう。
お菓子は別腹というのは、女子達がこういう頭脳戦を繰り広げているのだとすれば納得せざるを得ない。
甘いものが食べたいのではない。必要なのだ……。
――「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいか」
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
週に2~3回更新です。
『聖女と勇者の二人旅』も書いていますので、よろしくお願いします。
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