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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第七章 二十、攫われた娘達

   第七章 二十、攫われた娘達




 女性は、そこには二人居た。


 木に寄りかかっている女性と、住居から出て来た女性。


 二人とも容姿は美しいはずだけれど、目の下にクマが染みついている。


 よく見ればぼろぼろというか、満身創痍だった。


 ……いや、それはそうだろうと、その古い傷口を見て私は言葉を失ってしまった。


 目の前の人は右手首と、左の足首を落とされている。


 その後ろの人も、右手首を落とされているのが分かった。



「ルネ様。救出は我々にお任せください。こういうのは、体の大きな我々の方が多く連れて行けますから」


 隊員がかけてくれたその提案に、助かったと思ってしまった。


 私は、彼女達二人にかける言葉さえ見つけられなかったから。


 それにきっと、痛々しいものを勝手に見てしまったという、お詫びとも何とも言えない顔をしてしまっていた。


 助けが到底……間に合うも何も、残酷な時間を()く(・)経験させてしまった後なのだという、そのやるせなさに私が絶望してしまった。


 それでもその人は、私に優しい微笑みを浮かべてくれていたのに。


「ま……任せます」


 私は下を向いて、ごめんなさいと小さく言った。


 助けてあげられなくて、辛い思いをさせて――。


「あなたは何も悪くないでしょう? 女騎士様」


 木に寄りかかっている女性の、その優しい声に――私が救われてしまってどうするんだと、涙がこぼれた。


 そして私は、何も出来ないまま、その場に背を向けた。




「さあ、もう大丈夫です。我々王国騎士が、皆さんを助けに来ました」


 隊員が女性に、そう声をかけてくれたのを聞いて、ほっとした時だった。


「騎士様方! 助けるのではなく、もうここで殺してください! どうか、私達を楽にしてください!」


 私に気を遣ったのだろう、小さな声で、だけどはっきりとそう叫んでいた。


「何を言う。きちんと保護をするし、その保護もずっと続くのだ」


 彼らが説得をするも、彼女達は首を横に振ったようだった。


 私は、恐ろしくて振り返れなかった。


 ただそこに立ち尽くして、そのやり取りに聞き耳を立てるしか出来ない。


「いいえ。もう、十分です。お願いですから、せめて騎士様の手で、楽にしてください」


 女性は二人とも、そう懇願して跪いたような気配がした。


 ……というよりは、どさりと倒れ込んだのかもしれない。


 前に居た人は、片方の足を落とされていたから。




「……後悔は無いのだな」


「ありえません。騎士様の手で楽にしてもらえるなら、本望でございます」


 聞きたくない会話が、恐ろしい会話が、私の後ろで交わされている。


「そうか……。二人の名は?」


「リーサと申します」


「シビーです」


「リーサに、シビー。その名、確かに心に刻んだ」


 そしてカチャリという音が二つ鳴った。


 彼らが剣に力を込めたか、それを振り上げたのだろう。




「あなた達には多大な苦労をかけてしまった。国王に代わって、心からお詫びする。……助けられず、本当にすまなかった」


「もったいない。でも、そのお言葉だけで十分です」


「今こうして、忘れずに来てくださいました」


「……お二人は、苦境と戦い続けた立派な戦士だ。その戦士達に……最大の敬意を込めて、この剣を捧げる!」


 彼の言葉は、途中から涙声になっていた。


「私達が、戦士……。――ありがとうございます」


「えぇ……戦いましたとも……。嬉しいです」


「お二人を……あなた達を決して忘れない。……我等が誉れ高き二人の戦士よ、安らかに……安らかに眠りたまえ――!」


 その会話を、私は止めることが出来なかった。


 その流れを止めて、共に生きようと言えなかった。


 迷う事さえ出来ないまま、二人の本望であるならばと、私はその言葉に逃げた。


 そんな情けない私の後ろで、剣が振り下ろされた風切り音が二つ、迷いのない真っ直ぐな音が聞こえた。




「……お二人の亡骸をお包みしよう」


「……ああ」


 彼ら騎士達は、なんと強いのだろう。


 彼女達のその命を、その最後を背負うことが、どれほど重いか知っているはずなのに。


 私にはきっと、一生かかっても出来ない。


 ……彼女達が、どんなことをされてきたのかは想像を絶することだろう。


 それが恐ろしくて、私はすくみ上がってしまった。


 彼女達は、逃げようとして手首を落とされたのだと思う。


 足首を落とされたのは、二度も逃げようと試みた結果だろう。


 その上でさらに、凄惨な仕打ちを受け続けてきたのだ。


 ほんの少し想像しただけで、気が触れそうになる。


 その苦痛を、騎士達は瞬時に受け止め、そして安らかな最後を贈った……。




「……何も出来ず…………すみません」


 声を振り絞って、私はようやく小さなお詫びを言えた。


 それは、彼女達に向けてなのか、彼らに向けてなのか、自分でも分からなかった。


「ルネ様……我々がついていながら苦しい思いをさせてしまい、申し訳ございません」


 ――なぜ!


「なぜ謝るの? 私は逃げて背を向けたのに。辛い決断を、あなた達に任せてしまったのに」


 優しく微笑む彼らに、これ以上甘えてはいけないのに。

「それは、それも含めて、我々の仕事なのですよ。ルネ様はお優しいから、きっと同じ真似は出来ないでしょう。でも、それで良いのです」


「良くないわよ! これからも、私はこの二人のような人を救えないのよ?」


 せめて罵倒してくれたら、間違った自分を責められるのに。




「救えたかどうかと言われたら、本当の意味で救うべきタイミングに、我々は見落としてしまっていたのです。つまり、何も出来なかった言い訳を、彼女達に呑んでもらっただけに過ぎません。……誰もが、救えなかった結果なのです」


 それは、ここに居る誰の責任でもない話だ。


 なのに、彼らはこれを自責に似た何かで、受け止めている。


「ですから、救われたのは結局、我々の方ではないかと。いつも思います。ですからルネ様のように、本気で救えなかったことを悔やみ、苦しんでおられる方が立派だと、私は思います」


「……どうしてそうなるのよ」


 一番辛い役回りを、瞬時にこなしたのはこの人達だというのに。




「我々には決め事があります。ただそれは、諦めた結果でしかありませんから。優先事項を決めているのも、諦めざるを得ない弱さや遅速、それらに言い訳しただけにすぎないのですよ」


 難しかっただろうその葛藤を、事も無げに言ってくれる。


 そもそも、この作戦自体がとんでもなく困難だった。


 それでも、第一目標は完遂しているというのに。


「言い訳なんかじゃない。皆、こんなに必死に、過酷な作戦に文句ひとつ言わず挑んでいるじゃない」


「ハッハ。ルネ様にそう言って頂けただけで、本当に救われた気持ちになります。さぁ、このお二人をお連れしましょう。戦果は上々のようですよ。今夜は祝杯……まあ、酒をあおりましょう」


 ……これ以上、この話を続けるのも酷なのだと気が付いた。


 これは、私のためにあえて話してくれたのだ。


 本当なら、彼らだけなら心に影を落としたことを隠さずとも、仲間同士で理解し合い、無言でそれを呑み込む時間を作れただろうに。


「……ごめんなさい。私のために。ありがとうございます」


 私はせめてもの気持ちで、深々と頭を下げた。


 心から敬意を払いたかった。


 こんな頭を下げたところで、何の気持ちを表せるのかは分からないけれど。




「ルネ様、頭をお上げください。そのお年でこんな過酷な作戦に同行している事だけでも、凄い事なのです。それ以上の心のご負担をおかけした事、こちらこそお詫びの仕様もない事。どうか……それ以上ご自身を責めないでください」


「そうですよルネ様。さぁ、他の隊も隊長も皆、合流出来たようです。ここを出てひと息つきましょう」


 そう言われて、私もこれ以上彼らの負担になりたくないので、「はい」と返事をして隊長の……皆の元へと進んだ。


 奇しくもそこは、私が上空から降り立った集落の中央部で、太陽の光がちょっとした広場を、集まった騎士達を照らしていた。


 皆のことを見回すと、全員無事だったようで表情は明るい。


 疲弊しきった顔なのに、まだ元気はある。


 そういう力のある目をしていた。



   **



 この作戦では、敵の殲滅だけではなく、敵将らしき男を二人、捕獲するのにも成功していた。


 目隠しと猿ぐつわに、足首から肩周りまで全身がっちりと縄で縛りつけられている。


 ……この二人にはこれから、洗いざらい吐いてもらうことになる。


 そして救助出来たのは、女性十一人と女児、合わせて十二人。


 当初織り込んでいた四十人という数から、激減してしまった。


 皆やつれていて、若めの人達だろうということしか分からなかった。


 それから、弔うために連れ帰るリーサとシビーを含めると十四人。


 その他の遺体は本来なら、敵兵と言えども埋葬して弔うということだったけれど、今回はそのままにしておくらしかった。


 保護した彼女らをこの場から、一秒でも早く遠ざけてあげたいという気持ちと、この彼女らへの残虐で身勝手な振舞いを踏まえた、恨みの結果だった。




「埋葬してもらえると思うな」


 騎士達は誰も口にはしなかったけれど、救助した彼女達は口々に罵っていた。


 そうして、死体となった敵兵の頭を次々に蹴り飛ばしている。


 女児でさえ、女性達の行動を真似た。


「おかあさんをかえせ!」


 そう言って、泣きながら蹴り続けているのだ。


 見るに見かねて、騎士の一人が抱え上げて「新しいおうちに帰ろう?」と、なだめてくれた。


 誰にも救いのない、最悪の結果しか生まなかった敵国の計画――。


 戦争の下準備に違いなく、これで本当の戦争ともなれば、もっと酷いことが現実となっていただろう。


 一旦はこれで終わりなのか、それとも他にも、こういう計画があるのだろうか。


 ともかく、ゲルドバの売国行為から始まった今回の件は、どうにか収まったのだと思いたい。




 ちなみに……非戦闘員だろうと見ていた四十人のうち、救助した以外の人は敵と共に戦わされていた。


 隊員達は、そうと知った上で討ったのではなく、討った後でそうだったと知ったらしい。


 速度重視の突撃の中、警戒していた敵は頭に鉄や木で作った兜姿なのに、誰が見分けられるだろうか。


 幸か不幸か、彼らは兵士として教育されたであろう少年だったことが、隊員達にとってはせめてもの救いだったかもしれない。


 その上、保護した女性たちがその彼らをも踏みつけていたのを見るに、男女間で相当な差があったのだろう……。



   **



 隊列を整え、救助者達を隊列の前後で挟んで帰路についた。


 といっても、じきに日が暮れて、高く深い枝葉のせいで真っ暗になる。


 最後にキャンプしていた場所まで戻り、そこで一夜を明かすことになった。


 私は、せめて食事を豪華なものにしようと、また王都まで買い出しに行った。


 ひとり夕日を背に受けて飛び、温かい食事と、少しの酒を手に提げて沈む太陽に向かった。


 飛んでいるその瞬間だけは、左右に広がる森と平原の緑、遠くの山脈にかかる雪化粧と、赤に染まる澄んだ空に目が奪われ、心が少しばかり現実から離れることができた。



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