第七章 十九、戦闘の極意
第七章 十九、戦闘の極意
敵集落への突撃に関して、懸念していたことをベリード隊長に確認した。
それは、攫われ売られてきた娘や子ども達の救助を、どのように行うのかだ。
打ち合わせが全く無かったから。
すると、私に説明するのを失念していたと言う。
彼の部隊では、要人救出作戦でもない限りは、捕らわれた人員の救出よりも、主たる作戦を最優先すると決まっているらしい。
「だから、聞くまで何の説明もなかったのね」
「すみません。ルネ様の事ですから、きっと集落の敵兵殲滅よりも、救出の方が主体になっておられたのですよね。本来は、そうあるべきなのですが……」
全員を助けられるかは、分からない。
それは、人質に取られた場合も含めて、こちらの兵力がいくらあっても足りなくなるからだ。
特に今回は、救出すべき人が多すぎる。
そこに注視し過ぎると、部隊に多大な損害が出てしまうから。
この作戦の最優先事項は、集落の殲滅と主導者の捕獲。
そもそもが当初は、売られた娘達が、正直生きているとは思っていなかったのだ。
だから、敵と共に生活をして、その中に紛れてしまっているとあっては、全員救出は望んでも期待してはいけない。
事情を飲み込んだ後は、私も納得した上で作戦行動を取らなくてはいけない。
――そういう約束をした。
**
朝まで交代で仮眠を取り、突入の準備を始めた。
納得したはずの約束について、一晩中考えていたけれど……。
考える程に、そもそもの懸念事項が多過ぎた。
売られた娘達は本来なら、ゲルドバから聞き出した情報では娘が十五人だったはずなのに、この集落には四十人近い非戦闘員が居たという。
それは、ここで産まされて増えたのか、例えばファルミノからも攫ってきていたのか。
もしくは、やつらが自国から何人か連れて来ていたのか。
分からないことが多い。
そして逆に、戦闘員が予想よりも少ない。
百は越える規模だろうという予測から、二割以上少ないのだから。
獣に襲われて死んだとも、集落を作ったとはいえ過酷な森林生活で、病気や怪我で急死したとも考えられる。
そんな曖昧な把握状態で、実際に誰が救出すべき人なのか、分からない。
だから、ベリード隊長との約束、その作戦行動がどうしようもなく正しい。
決められた人員で、自分達よりも多かった数を相手に、いわば攻城戦をする。
慣れない森林踏破と過酷な野宿で、隊員達のストレスも限界かもしれない。
そこに作戦行動以外の、しかも最難関の救出作戦をねじ込むなど……自殺行為に近い。
それでも、心理的には弱者を護りたくなるのが、この王国騎士達だ。
その葛藤を断ち切るために、ベリード部隊は『決まり事』を作ったのだろう。
――そこまで考えて、私も心底から納得した。
納得せざるを得なかった。
……オートドールの力を手に入れて、私は無謀で尊大な愚か者になっていたらしい。
**
「そろそろ参りましょう。ルネ様。心の準備はよろしいですか?」
昼前に差し掛かり、雲の無い空を少し恨んだ。
曇天であれば、ギリギリまで見つかりにくいのに。
「……はい。私はここから、かなり上空まで上がって、急降下で突撃します。タイミングは……」
「そうですね。目視でルネ様を追えない場合、少しだけ遅れるかもしれませんが。その程度であれば問題のない突入をご覧に入れますよ」
「ふふ。頼もしいです。……あっ、そうだ。雷が……合図だと思ってください。きっと今日、私が降下するタイミングで落ちるはずですから」
「雲ひとつありませんよ?」
「晴天の霹靂というやつです。私には分かります。もうすぐですので、急ぎましょう」
本当は、髪の毛で作る放電だけれど。
敵にも急襲だと思われなくて、そしてあると言えばある自然現象。
これを使わない手はない。
「ま、まあ……目視と共に、雷も頭に置いておきましょう」
「よろしくお願いします。では、先に上がっておきます」
大きな集落と言っても、せいぜいが外周で一キロもないらしい。
獣の襲撃を考えたら、ある程度まとまっている方が良いから当然だろうけど。
ベリード部隊が四方から、遠巻きに集落を囲むのに五分弱。
私はかなり高度を上げて、ほぼ真上にある太陽の光に身を隠した。
――もうすぐ、五分。
軽く束ねた髪の毛に、電気を集めて放電の準備を始めた。
頭のすぐ側でバチバチと、鈍く重い音が聞こえる。
自分で怖くなるほどの電流。
集落付近に飛ばしてしまうと、味方に被害が出る可能性がある。
「かなり離れた場所に落とそう」
私の急襲が、上手くいきますように。
――そう祈りを込めて、稲妻を放つ。
その瞬間、空気を無理矢理引き裂いたかのような禍々しい光柱が明滅し、爆裂の雷轟が響き渡った。
「耳から脳が裂けるかと思った!」
これだけの雷光と音なら、集落の人間は度肝を抜かれた上に気を取られたはずだ。
味方への合図と共に、敵の時間まで奪えた。
この数秒は、どんな戦闘においても貴重どころではない、重い数秒になる。
でも、人が耳元で聞いて良い音ではない。
ドールでなければ、その振動だけで死んでいたかもしれない。
そんなことを思いながらも、私はすでに集落――その中空に超音速で降りた。
この耳をつんざくソニックブームでも、合図になったなと思いながら。
この集落、上部の枝葉で上手く囲んでいたようで、中は思った以上に開けていた。
中央は森の空洞のように広がっていた。
そこから放射線状に数メートル幅で木が刈られていて、四方にも開けている。
お陰で、ここからは見通しがとても良い。
直径で三十メートルほどの広場。
丸太製のテーブルや椅子があったり、切りかけの原木が並んでいる場所などがある。
ある程度の管理はしているけれど、雑然としていて足場が悪い。
切り開いたと言っても、木の根まで抜き取ることをしていないからだ。
私は中空にとどまりながら、彼らを瞬時に捕捉して左右同時に二射ずつ。
指先から光線を放って、その頭や心臓を貫いた。
命中力の不安など、まさしく杞憂だった。
しかも私は、意識を集中すれば赤外線で温度探知が出来る。
その恩恵にあやかり、木の中腹に潜む敵を易々と見つけては、ほぼ同時に数人ずつ仕留めていった。
――その間、何秒くらいだっただろうか。
四方に六人ずつ、予想よりも多い二十四人の弓部隊を倒しきった。
ひとりとして声を出させなかった。
初撃としては、上々の結果だろう。
これで、戦闘員の残りは五十弱になったはず。
続けて私は、このまま集落の中央部に降り立ち敵を倒していく。
ここからは、光線で味方まで貫通してしまわないように、剣のみで戦う。
エルトアに打ってもらった、七キロ以上の肉厚の刀。
ただ振り下ろすだけ、横に薙ぐだけで、人は武器ごと千切れ飛ぶ。
慣れた戦い方である上に、私は刃物程度では傷を負わない。
こんなに気楽な仕事があるだろうかと、敵陣での戦闘中であるにも関わらず、ありえないほどに落ち着いている。
――戦神の神経というのは、こういうものなのだろうか。
私に気付いた敵が、「誰だお前は! どこから入った!」と言いながら武器も抜かずに詰め寄るのを、黙って首を刎ねた。
続いて、彼の隣で見ていた二人の男が咄嗟に剣を抜き、私に何かを叫びながら斬りかかってくるのを、私はじっと冷静に見つめた。
――半歩横にずれれば、横薙ぎで二人まとめて斬れる。
死ぬ心配が無いせいで、極限まで相手の動きを見ていられる。
それが良い方に働いて、最小の動きで制する「体の運び」が見える。
そして、その通りに彼らは絶命した。
……きっと、達人の中の達人は、こういう世界でものを見ているのだろう。
死の恐怖の、先の先。
恐怖を踏み越えた、言うなれば「ぶっ飛んだ精神」の状態。
そこに、練武の果てに辿り着き、体に染み込んだ動きを冷静に放つ。
微塵でも緊張していたら、絶対に出来ない。
捨て身の心境とも、全く違う。
絶対に勝てるという慢心でもない。
武の極みに心を預けた、戦闘にのみ集中した世界。
――楽しいとすら思える。
人を斬ることが、ではなく。
理想の動きを体現出来ることが、ただただ嬉しい。
そしてこの世界では、音なのか勘なのか、真後ろの動きさえ手に取るように分かる。
背後から無言で斬りつけてきた男に対して、私は振り向きつつ半歩だけ距離を取った。
つい今しがたまで「そこ」に居た私を斬るために、彼は剣を振り下ろす。
その手首を横に薙ぎ、返す刀で首も刎ねた。
――当たらない。
当たる気がしない。
でも、私は人の身のままなら、この境地には至らなかっただろう。
凡人の域を超えられないままだっただろう。
そう思うと、胸の奥で痛みを覚えた。
「彼には、遠く及ばないんだ。私って」
――ガラディオ。
彼は間違いなく、この境地に至っている。
「凄いんだなぁ……」
ひと昔前なら、嫉妬や羨望で落ち込み続けたことだろう。
いつからか、女の身であることを受け入れたらしいその時から、そこまでの強い無念は感じなくなった。
「気付くのが今で良かった……」
そんなひとり言を吐き出したその時、少し離れた木の影に、女性が居るのが見えた。
切り出した木の板を張り合わせたような、簡易な住居もあった。
瞬時に、助けなくてはと思考が切り替わる。
気付けば四方から、仲間が突入している様子が耳に入っていた。
敵の怒号に紛れて、剣戟の音と、雪崩れ込む集団の足音。
各隊二十人近い数が、まとまって攻め入る気配は思っている以上に大きい。
「ルネ様!」
よほど近くまで来ている隊が居るようで、背後から声が聞こえた。
方角までは把握出来ていないけれど、とにかく、もう少しでほぼ制圧出来ることだろう。
――おっと、まだ居た。
左後方から飛び掛かるように来た敵の、その刺突の剣先を僅かに躱しては、カウンターで胸を貫き距離を取る。
戦闘中は、一度心臓を貫いたくらいでは動きを止めない輩が居るから。
確実に急所を刺し貫いたとしても、応戦しやすい距離を必ず取らなくてはいけない。
もしくは、その腕か首を制する。
ともかく、そんな私を見てハラハラしたのか、数人が隊を離れてまで私の所に駆け寄ってきた。
「ご、ご無事ですか!」
「私は無事です。それよりもあっちに女性が! 助けに行きましょう」




