第七章 十五、森の探索(四)
第七章 十五、森の探索(四)
夜の見張りをして、初めて気付いたことがある。
(……私のこの目……赤外線も見てるみたい)
あえて機能一覧に記さないくらい、作成者エルトアの中では当たり前のものだったらしい。
焚火と松明で灯りはあるのだけど……それだけでは見えないはずの距離まで見通せている。
それも、白黒ではなくて色付きで。
もちろん、遠くの色合いは悪くて白黒に近いけれど。
当たり前に見えていたから、まったく気付いていなかった自分が恥ずかしい。
これだけ緊迫した状態にならないと、人間だった時との差が分からないだなんて。
ついでに言うと、望遠も可能だった。
ベリード隊長に、「向こうにも爪痕らしいものが見える」と言った時にようやく分かったのだから、間抜けな話だなと思う。
この深い森の中では、彼らは松明の灯り無しにほとんど何も見えないらしい。
なのに、私だけ見えていたのだから。
(でも、これだけ自然な感じで見えていたら気付けなくてもしょうがないと思う……)
遠くのものを見る時、そこに集中すればハッキリと見えるだけ。
拡大されたりとか、そういう機械的な見え方ではなくて、あくまで遠くが見えているというだけだから。
真っ暗だとは思っていなかったし、「よく見えるな」としか思っていなかった。
――ともかく、巨大なトラはこの辺には居ない。
けど……。
何か異様な雰囲気だというのが分かる。
ベリード隊長たちも、これまでの違和感と並んで、この辺りには何かが居ると踏んでいる。
その相手が、縄張りを抜けるまで見逃してくれたら良いのに。
もしもこちらを襲うつもりなら、きっと消耗するまで待つだろう。
だけど、その逆をついてすぐに襲ってくるだろうか。
こちらの数に恐れをなして、身を潜めてくれていたらいいのに。
「ルネ様、交代いたしましょう。必要以上の疲れは厳禁です」
さっきまで眠っていた一人が、ほとんど気配を立てずに横に来ていた。
これほどの技量の持ち主の集まりなのに、トラは脅威だと言う。
「……はい。今のところ異常無しです」
「了解です。しばしお休みください」
ありがとうと伝えて、皆が作ってくれた即席ツリーハウスに戻る。
(疲れ過ぎない程度に、ここから見張りを続けよう)
数メートル間隔に生い茂る太い木々が、低層の枝を枯らしながら高く高く伸びている。
上層で広げた枝葉が緑の空を作り、日中でさえ太陽の光を遮る。
夜ともなれば、月明かりなど期待できない真の闇。
その中で松明を灯したとしても……彼らが見える範囲は、その小さな範囲だけ。
(私が見ていないと、ぜんぜん見えていないのと同じ……)
かといって、私も全方向を見ることは出来ない。
特に、上なんて見上げることはほとんどない。
――上?
ふと思ったその方向には、皆もあまり意識が向いていないのでは?
時折見上げてはいるものの、真上を見る習慣がない。
それは、空がある時の警戒の仕方だ。
でも、ここは森の中。
仮定しているトラが、もしもずっと上層の幹を蹴って近付いていたとしたら……。
――背筋が凍る思いだった。
私は急いでツリーハウスから降りた。
嫌な予感がする。
すぐ側に、その獣……トラがすでに居るような気がして真上を見上げたものの――。
……居ない。
というか、枝葉が多すぎて、遮られた視界のその上が見えない。
(光線で枝を落とした方がいい?)
今すぐに判断しないといけない気がする。
でも、近くにベリード隊長は居ない。
どうしよう。
――どうしよう?
目立つことをして、本来の敵に居場所を教えてしまってはいけない。
でも、迷っている間に犠牲者が出たら?
かといって部隊の決定権を持つのは隊長で、私が独断で行動するわけにはいかない。
――急いで隊長のところに。
そう思うのが遅すぎたのか、ふと真上から視線を戻すとそこに、大きな塊が音もなく落ちて来た。
その塊は、松明の揺らめきが見せる影のようにぬるりと、違和感なくそこに降り立った。
本来目立つはずの白い塊は、その圧倒的な迫力さえも灯りの影に忍ばせている。
まるで、恐怖のあまりにそれを認識しないように、受け入れがたい現実を拒否したかのように……誰もが一瞬、気付かないふりをした。
白に青銀のトラ模様。
私も、それが事実なのを認めたくなかった。
(――もう一匹、居るというの?)
「てっ! 敵襲ぅぅ!」
ベリード隊長が振り絞った声で、皆と私の意識が正気に戻った。
「布陣中央、白いトラ! 守勢を取れっ!」
隊長は、私の言ったことをちゃんと冷静に守ってくれている。
(私も役目を果たさなければ!)
最初から全力で行かないと、魅了を使われては厄介だ。
――ルネ流、爪花繚乱!
オートドールの頑丈さに任せた、懐に飛び込んでの捨て身連続斬り。
この体でなければ出来ない、無造作に突っ込む嫌な技だ。
反撃が効かないことを前提にした、強者だけに出来る突貫。
が、その白いトラは事も無げに、私を前足で払った。
その前足ごと切り落としてやろうと思ったのに、上手く爪に弾かれて体ごともっていかれた。
「うっ!」
大木にめり込まされて、強打した背中に痛みに近い感覚が走る。
ダメージを受けた警告代わりだろう。
そして視界の端に、「破損する可能性」という黄色い警告文が表示されている。
(うそでしょ? この体、一トン以上あるのに!)
いくら巨体だからといって、私が本気で突撃した威力を弾き返せるだろうか。
――私の念動と発勁を合わせた力に似ている。
そう考えた時に、妙に冷静になった。
というよりも戦意が消えた。
どうして追撃してこないのか、そして、あのほくそ笑んだようなニヤついた目。
「エイシア!」
私の呼びかけに、横目でこちらを見ながら欠伸をするその不遜な態度。
「皆さん、こいつは敵ではありません!」
安心してとまで、言えなかったけれど。
それに、こんなところに居る理由が分からない。
でも……これはエイシアだ。
エラの事をほったらかして、こんなに遠くに居るなんて。
「エイシア。返事をしなさい」
ぐるる。
と、ネコなら本来は喜びで出す音を、唸るような威圧感を添えた上でエイシアは鳴いた。
「……何してるのよ。こんなところで」




