第七章 十四、森の探索(三)
第七章 十四、森の探索(三)
次の日からは、朝から行軍出来るので移動距離が伸びた。
昨日は十キロ超だったのに、十五キロまで。
皆も、森を開いていくのに慣れたらしい。
私も手伝えば、もっと早いのではないかと思ったけれど……そこは手伝わせてくれなかった。
私はあくまでも補助要員兼、上空からの偵察だからということだ。
今回に限定すれば非効率だけど、今後も似たような作戦の時に、この行軍が例として参考に出来るからだ。
私が参加したせいで、参考に出来る情報がありませんということになると、意味がない。
というのを、ベリード隊長から教わりながら進んだ。
四日目の午前中には、ゲルドバの言っていたポイントに到着した。
確かに少し、人が開いた痕跡がある。
木にも印が刻まれていて、そこに交換するものを置いておくのだろう。
そして、獣道のような移動跡も二本発見した。
一本は、森から出る方角に。
もう一本は……奥へと進む。
「獣に出くわさなかったのは、妙な違和感を覚えますが……とにかくこのまま進みましょう。そして、ここからは部隊を二つに分けます」
「えっ?」
こんな深い森で、しかも会敵する確率が上がるというのに、不安になることを言われて驚いてしまった。
「すみません。この数日の違和感を払拭するために、副隊長と相談して先日決めたのです」
ベリード隊長は、獣道があれば隊を分けることにしていたらしい。
ただ、獣道を追う部隊と、強引に直進する二つに分ける理由までは教えてくれなかった。
説明されたところで、その決定は変わらないのだから私も聞かないことにした。
「探索兵十名。戦闘兵二十名。副隊長に続いて獣道を追え。残りは私に続け」
探索兵は丁度半分。戦闘兵はこちらに少し多く残した。
「私の分、むしろ副隊長の方に分けた方が……」
差し出がましいかと思ったけれど、それだけは言っておきたかった。
「いいえ。本当なら探索兵だけで行かせたいくらいなのです。なるべく隠密行動に慣れた者を護衛にと分けたようなものなので、これ以上は……」
「そっか……ごめんなさい」
「いいえ。ルネ様のお気持ち、皆に代わって感謝申し上げます」
そうか、私が「全員が無事で帰るように」と伝えていたから。
すでに配慮してくれた上でのことだったのだ。
「ううん……。ありがとう」
ベリード隊長はそれに対して、敬礼で応えてくれた。
**
部隊を分けても、前日までと進行速度はほとんど変わらなかった。
その代わり、皆の疲労度は高いように見える。
伐採しながらの行軍を、交代しながら進んでいたその要員が減ったのだから当然だろう。
それに、警戒も高めているのが大きい。
立ち止まっては音を聞き、少し進んではまた音を聞く。
それでも、本日も十三キロ進んだのだ。
何か焦っているのか、それとも、体力を無視してでも早く進む理由があるのか。
「ベリード隊長。少し、急ぎ過ぎているのでは?」
この速度を維持すれば、三日もすれば全員バテてしまいそうだ。
「それは……その通りなのですが」
歯切れの悪い言葉に、私はさらに不安を覚えた。
「こちらの部隊は、獣の縄張りに入ったのを確認したのですが……出くわさないのです。こんな事は初めてです」
「なら、なおさら慎重にしないと」
「すぐに引き返す事が前提になっているなら、そうしたいのですが。我々は今、突き進む事が任務です。となると、縄張りを早く抜けた方が安全なのです」
「……トラの縄張りなのね?」
彼らは、クマが出ても安心してくれと言っていた。
けれど、トラの話はしなかった。
それはそうだろう。
ここでは、クマでさえトラの餌なのだから。
「はい。しかも、かなりの大型だと思います。偶然見つけた爪の跡が、我々の胴体分くらいありました」
……皆、胴体の横幅が優に七十センチを超えているムキムキなのに。
「それって、片足の爪の幅……ということなのね?」
「そうです。つまり、我々では無傷で討伐するのは難しいということです」
――片足が、彼らくらいの太さだということだ。
トラは、縄張りを自分の尿を撒くことで保持する。
爪の跡というのは、木を登る時に偶然付いただけの傷だろう。
クマのように木をひっかくことで見せるなら分かり易いけれど、トラは見た目では分からない。
それを発見しただけでも、かなり優秀だ。
「もしも見つけたら、すぐ私に教えてください」
「……悔しいですが、もちろんです。ですが、例え被害が出たとしても仕方のない事と思ってください。ここまで大型のトラは、想定外でしたから。こんな化け物はガラディオ団……隊長くらいしか対応できないでしょう」
隙を狙って、一人ずつ間引かれる可能性がある。
そういうことらしい。
獣で例えるなら、クマはただ力任せのケダモノ。
トラは……暗殺術を身に付けた素早いクマだ。
しかも、今回はクマよりも大きいかもしれない。
――王都を攻めて来た、あの黒いトラを思い出す。
(似たようなのが何匹も居るとか、この世界はどうかしてるわよ)
あの時は、ガラディオが仕留めてくれた。
今の私なら、問題ないはずだけど……。
皆を守りながら、このうっそうとした森の中で被害者を出さずに戦えるだろうか。
「……分けた方の部隊は、大丈夫かしら」
あちらに向かわれたら、全滅もありうる。
「おそらくですが……本来の敵達は、このトラの縄張りを避けたのでしょう。むしろ、あちらのほうが安全かもしれません」
そう聞いて、少しホッとした。
別れた部隊まで、護れるはずもないから。
けれど、皆を無傷で護りたいと思えば思う程、焦燥感が膨れ上がっていくのが分かる。
これは、重圧だ。
自分一人で戦うのと、何十人も守りながら戦うのでは……。
「もしもトラが出たら、全員護りに徹してください。私が……なんとかしてみせますから」
「それは……! いえ。分かりました。全員に伝えておきます」
私にもっと戦闘経験があれば、こんな失礼なことを言わなくても済んだはずだけど……。
この体で実戦をするのは、ほとんど初めてなのだ。
しかも、護衛戦となると難易度が跳ね上がる。
(ガラディオが、攻める方が好きだと言うのが本当によく分かるわね)
出来るだろうか、私に……。
そもそも、トラの縄張りを抜けたかどうか、確認の取りようがない。
この緊張感のまま、夜を過ごすなんて考えたくもない。
なのに、もうすでに日が暮れかけている。
「……私も、見張りをさせてください」
――赤外線モードが付いていればいいのに。
オートドールの体なら、ありそうなのにと悔しく思った。




