第七章 十一、難しいお年頃
第七章 十一、難しいお年頃
ゲルドバ卿の件について報告があると、おとう様に呼ばれた。
エラは自分も関わったのだからと同席を譲らなかったので、おとう様が困った顔をしながらも、それを許可した。
きっとこのままズルズルと、他の事にも関わろうとするに違いない。
その責任は、おとう様にとってもらおう……。
執務室では、執務机で難しい顔をしているおとう様と、その横に尋問官が立っていた。
何だか、あまりよくない報告なのかと身構えながら、左右二つあるソファの左側に座った。
そしてエラも、当然のようにこちらに来た。
たぶん、家の中で外部の人も居ないなら、お仕事とはいえ甘えた姿でも構わないと決めてしまったのだろう。
おとう様も意に介さず、話を進めるつもりらしかった。
「ゲルドバが関与した全てについて、順に伝えよう」
目配せをされた尋問官が、頷いて後を引き継いだ。
「ルネ様、エラ様、特務官のメイローと申します。私からご報告いたします」
彼は尋問官だと思い込んでいたけれど、色々としている人らしい。
目にクマが出来ているから、今回の件で相当疲れているのかもしれない。
その彼が、分かり易く順に報告してくれた。
まず、誘拐した子や若い女性をどうしたのか……。
これは、九割以上がゲルドバ卿――もとい、ゲルドバが弄んだ挙句に惨殺した。
残りは商人と貴族に売られた。
商人へ八人。貴族へ十一人。
その内子供が八、若い女性や少女が十一。
身元は調査中だけれど、売られた先は判明した。
買った人間は皆すでに、牢に入れたという事だった。
被害者の総数は……百人を優に超えて正確な人数が分からないらしい。
――胸糞悪くて、怒りで手が震えている。
あの時に殺しておくべきだった。
……いや、こうして自供させたお陰で、せめて売られた人達だけでも判明したのだ。
その人達は、全員保護出来たらしいけれど……半数以上はやはり――尊厳を奪われ続けた者特有の、生気のない目をしていたという。
「この報告は、これで終わりません」
沈痛な面持ちで、特務官のメイローは続けた。
「ゲルドバが殺さなかった稀なケースがあります」
「……まだ、生きているの?」
どんな目に遭わされているのかと、胸が締め付けられる思いで聞いた。
「それが……彼が部下を連れて直々に、ファルミノに近い北部森林に連れて行ったというのです。もちろん、売っていたという事ですが」
それは、さっきまでの被害者の数に入れていないという。
別件扱いで、その数が十五人。
これは全て、若い女性であったと。
「目印のポイントに置いて終わり。その場に金の入った袋が置いてあるので、それを代わりに回収して帰っていたそうです」
「なぜ森に……獣が出るでしょう? それに、お金が置いてあるという事は、誰かが手引きしているのよね?」
「はい……相手はなんと……北の隣国の兵士らしいのです。金払いの良さからして、百人規模の部隊が動いているだろうと」
「北の隣国は……サールード王国。同盟国よね?」
「一応……という形ですが。国力も弱く、我が国の属国に近い同盟状態です」
「反感を買っている?」
「どんな程度であれ、他国には必ず反感を持つ者は居ますので、何とも……」
特に、周りから見れば豊かなこの国には、誰しも羨望の気持ちはあるかもしれない。
「今、問題なのは、国境の関所を素通りされているという事です。ゲルドバの部下が見張りの時に、通らせていると。その後は、さすがにゲルドバも追わせたらしいのですが……ファルミノへの道から逸れて、やはり森に入って行くらしく」
数人で森に入るのは、自殺行為だ。
サールードの兵も、一度に数人程度しか来ないので、追うだけ無駄だと踏んだ。という事らしい。
ゲルドバが、ここで最後まで追わせていれば……もっと何か分かっただろうに。
彼の部下も一人から数人程度での尾行だったという事だから、自分の命を優先したのだろうし、ゲルドバもそれを許したのだ。
でも、それはどうせ、手駒が減っては困るからだろう。
それにしても、それだけで国家反逆罪になるような重罪だというのに。
今回の件で、関所の見張りに彼の部下がどれだけ居るのかも、調査しなくてはいけなくなった。
考えるだけで大変なのが分かる。
ただ、この調査に私が入る意味は、ほとんどない。
「ということは、次は北部森林の調査ですか? 私なら上空から見れますから」
「そうだ。だが、一人では駄目だ。五十程を連れて森に入れ。上空から見てくれるのは助かるが、部隊がすぐに駆け付けられる距離までだ」
北部森林だけでかなりの広さがある。
ちなみに、その奥の奥のずっと奥には、高い山脈が連なっていてとても登れない。
「それでは上から見る利点がほとんど無くなってしまいます」
広大な森に、敵となり得る隣国の兵士が潜んでいるというのは、気持ちの悪いものだ。
上空から、早く見つけるに越したことはない。
「……むぅ。ならば、現場の判断はお前に任せよう。だがルネ、無茶をするんじゃないぞ?」
「大丈夫です」
「その軽い返事が、何も分かっておらんのではないか?」
おとう様は、かなり苦渋に満ちた顔になっている。
そういえば、執務室に入った時からこれに近い顔だったのは、このせいだったのだろう。
「この……コホン。ほんとに大丈夫ですよ?」
危うく、メイローが居る前でこの体のことを言いそうになってしまった。
翼のことはともかく、まさかオートドールなどという代物だなんて、知られるわけにはいかないのだから。
「……もうよい。とにかく無茶をするな。良いな?」
「――はい」
ここで、話は終わるものだと思っていた。
でも、エラが居るのを忘れていた。
私の隣で、ずっと大人しく、静かにしていたものだから。
「ではおとう様? 私はもう少し、ゲルドバ卿と、その部下の方々のお相手をするべきですね」
「なにっ?」
エラは自信に満ちた顔でおとう様をじっと見つめ、おとう様は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
「な、何を言っておるのだ」
「だって、私の力が一番、早くその悪い部下達を見つけられるじゃないですか」
「……お前というやつは」
「私だって、おとう様のお役に立ちたいんです」
それは本心だろう。
でも、この自信あふれる顔つきは、力を試したいという気持ちも含んでいるように見える。
この積極的な行動を否定できないけれど、エラにこそ、その力に溺れないよう気を付けてほしい。
「エラの手助けは……保留とする。少し考えさせてくれ」
「そんなぁ!」
「……無下にはせん。だが、ワシはおいそれとお前達を前に出したくないのだ。分かってくれ」
その悲痛な表情を見て、エラもそれ以上は言わなかった。
でも、この後のエラの気持ちを聞いて、おとう様はすでに揺らいでいるようだった。
「……パパも、無理しないでほしいの」
その言葉に、私の胸もちくりと痛んだ。
エラのことを大事にし過ぎているのかもしれないし、どこかで過小評価しているのかもしれない。
そう思ったから……。




