第七章 九、エラの力
第七章 九、エラの力
夜会で泣きついてきた相手とは違って、ゲルドバ卿の尋問は一筋縄ではいかないらしかった。
アドレー家屈指の尋問官でさえ、情報を吐かせることが出来ないという。
おとう様はその時点で、卿を殺すつもりだった。
そのまま生かしておくよりは見せしめに処刑をして、卿の下か横の繋がりの者にも、警告を与えておこうという算段だ。
悪人の上層部が居なくなれば、その下から次々に湧いてくるのは仕方がない。
だからといってのさばらせておくことは、民のためにならないから。
ゲルドバ卿に狙いをつけた時点で、最終的にどうするかまではもう決まっていたのだ。
――彼の悪事を公表するのも、彼をみせしめにするのも、筋書きは以前から決まっていた。
そのきっかけさえあれば……という所で詰まっていた。
エラ(の体)では、万が一ということがあるから使えなかった。
そこに、ようやく私という存在が現れたのだ。
誰が、こんな小娘に戦力があると思うだろう。
鍛えた男が数人居れば、容易く締め上げることが出来る。
誰もがそう考える。
例え、慎重で猜疑心の強いゲルドバ卿でさえも。
私というものに対する油断と、欲望。
私を贄に使うことが、アドレーへの切り札になる。
――そう踏むはずだという、おとう様の読み。
素直に、私を使ってくれて良かった。
お陰で私も、民のためにひとつ、力になれたのだから。
そして――。
「次は私の番ですよね。パパ? おねえ様?」
私は……すでに、エラに言いくるめられていたから、後はおとう様が首を縦に振るだけだ。
「お前という娘は……。いや、お前達というべきか」
私がエラの護衛になれば、文字通り盾にもなれる。
刃を通さないこの体なら……そして、本来なら一トン以上という質量があれば、エラを護るにも十分だ。
そもそも、いざとなればエラにも翼がある。
それ以前に、今回は魅了を使うのだから敵など存在しないのだ。
「……分かった。エラにも頼もう。だが無理は――」
「――パパは過保護過ぎるんですから。大丈夫ですよ?」
エラもアドレー家の娘。
自分に何が出来るのかを考えていたらしい。
むしろ私よりも、しっかりしているかもしれない。
「私だって、ただエイシアと遊んでばかりいたわけじゃありませんからね?」
自信あり気なのは、何か根拠があるのか分からないけれど……エラはおとう様に頼ってもらえたのが、私と同じように嬉しいみたいだった。
**
何か打ち合わせをするでもなく、エラはゲルドバ卿のところにすぐに向かった。
おとう様はそれを止めると思ったけれど、一度頭を傾げたきり何も言わなかった。
たぶん、エラが失敗したらすぐに、処刑して終わらせるつもりに切り替えたのだろう。
私は何が起きても対処出来るように、エラにぴったりと動きを合わせた。
エラを護るための動きとは、自分を盾にするための動きだ。
と言っても……地下牢に行くだけだし、牢の中で身動きの取れないゲルドバ卿から、脅威になることなどされるはずもないけれど。
「誰かと思えば、どでかい猫に乗って練り歩いていたエラお嬢様じゃないか」
ゲルドバ卿は、私達が視界に入るとすぐに絡んできた。
尋問用の椅子に縛り付けられ、散々に苦痛の責めを受けているはずなのに、減らず口がきけるのは異常だ。
「誰が喋って良いと言った!」
おとう様が牽制を入れても、卿は意に介さない。
尋問官に鞭で打たれても、チッと舌打ちをして、一度だけおとう様を睨みつけた。
「貴様のような小娘が何をしに来た!」
牢の鉄柵を挟んでいるというのに、その身から溢れる悪意で威嚇しているように見える。
見世物にされるのが余程気にくわないのだろうか。
私は念のために、エラのすぐ横に立った。
けれど、エラはそんなことなど意に介さないかのように、ゲルドバ卿を見下ろすようにして言う。
「私、実験をしなくてはいけないと思っていたの。でも、そんなの普通は出来ないでしょう? だから、丁度いいなって」
私がもし、唐突にこんなことを言われたら身がすくむ。
自己完結していることを「告げられる」のは……しかも、「丁度いい」という言葉の意味が、想像できなくて単純に怖い。
エラの不遜な態度は、その言葉とともに異質な風格を感じさせる。
現に、ゲルドバ卿は少し慎重になった様子だ。
「……拷問なら、いつか必ず、お前にも味合わせてやる」
「それだけ反抗的なのに、私を慕うようになるって、どんな感じなのかしらね」
かみ合っていないようなやり取りなのは、エラは最初から、卿の言葉を聞く気がないからだと分かった。
卿は強がっているけれど、エラとのかみ合わなさに少したじろいでいるように見える。
今まで、自分の言葉を無視されたことが無いのだろう。
「どのくらいの力で、従うようになるのかしら」
「貴様……何を言っている。どこを見ている!」
エラがわざと視線を外しているのは、まだ魅了を使っていない証だ。
「あなたが手を組んでいた人達は誰?」
「さぁな?」
まずは、普通に問いかけて素の反応を見ているのだろう。
「そのまま死んでもいいの? 私の質問に答えなければ、それで終わりになるのよ?」
「だからどうした。だが、俺を殺せば、俺が抑え込んでいた悪党どもがわらわらと湧いて出るぞ。悪党には悪党の、役割があるという事だ。勉強になったか? 小娘」
「あら。役割があるような口ぶりをして命乞いですか。小娘にまですがるというのは、なかなかに情けない人ですこと」
エラは一体、どこでこんな言い回しを覚えたのだろう。
「生意気なガキが。また暗殺者を送ってやろうか?」
「フフ。可愛い命乞いは、まだ続くのですか? もう少し聞いて差し上げましょうか?」
「小癪な……」
舌戦では完全にエラが上回っている。
「さて、やはり話す気はないようですね。可哀そうに。最後の慈悲だったのですが、仕方がありませんね。嫌でも私を慕うように、なって頂きましょうか」
「お前を慕うだと? 戯言を。少し顔がいいからと調子に乗り過ぎだろう」
「それは、本当に私を見てそう思ったのかしら――」
エラの言葉に、重みが乗った。
「はぁ? 拷問を見に来るとはいい趣味をしていると思ったが、一体何をしに……」
「――あなたを尋問しに来たのよ? ゲルドバ卿」
その目に、声に、魔力を込めたのが分かった。
そう感じたのは私だけなのか、ゲルドバ卿はウザそうにエラを見ている。
……ただその目は――眉間にしわを寄せ続けていた険しい眼光は――一瞬にして見開き、食い入るような顔つきになった。
「あなたは……一体……」
エラへの呼びかけ方も、その態度も畏まったものへと変わった。
厳冬将軍と呼ばれるおとう様にさえ、悪態をついたままだったというのに。
「エラ様……たった今までのご無礼、お許し願えますでしょうか。一体俺は、いや私は、なんという不届きな真似を……」
卿は、椅子にがっちりと縛り付けられているのに、懸命に頭を下げようとしている。
「フフ。素直になったのね。えらいわね、ゲルドバ卿?」
「は、ははっ!」
この豹変ぶりのせいで、全身の皮膚をゾワリとなぞられたような悪寒がした。
「それで? 質問に答える気になったのかしら」
「もっ! もちろんでございます!」
「そう? でも私、あなたが邪険にしたせいで疲れてしまったの。そこの尋問官に、ちゃんと答えてくれるかしら」
「えっ! そ、そんな……エラ様はお側に居てくださらないのですか」
「誰のせい? 私、聞きに来たと言いましたよね?」
「ははっ! 申し訳ございません!」
「ちゃんと答えるのよ? 嘘偽りなく、全てを。そうしたら……また来てあげるかもしれないわ」
「かっ! か、感激です! 畏まりました! エラ様のために、私は全て、何もかもをお話いたします! ですから、何卒! 何卒またお目に掛かれますよう。お願い申し上げます!」
体ごと曲げて首を垂れたいのだろう。
さっきからしきりに、頭を小さく上げ下げ下げ下げして、不気味な動きを繰り返している。
「良い子にして、ちゃ~んとお話してくれたらね?」
「はっ! 仰せのままに!」
「では、私は休みます」
「はいっ! お休みなさいませエラ様!」
**
見事としか言いようがなかった。
その力を使いこなしていた。
隣のおとう様に、その魅了の力が掛かった様子はない。
エラの視界にいた尋問官にさえ。
「少し休みなさい」と、おとう様に言われて、自室のベッドでエラと二人くつろぎながらもまだ、その凄さに興奮が続いている。
「エラ。一体、どこで誰に練習したの? すごいわね」
「ふふっ。おねえ様には分かって頂けましたか?」
「もちろんよ!」
狙いを定めた相手にだけ――そんな器用な使い方が出来るなんて、思ってもみなかった。
その瞳に魔力を通わせた瞬間に、周囲の人間全てを魅了してしまうような力だったというのに。
「エイシアです。あの子にお願いして、人魔の力の扱いを教えてもらったんです」
「エイシアが? 私には教えてくれなかったのに……」
隣で横になっているエラの頭を、そっと撫でながら少しだけ複雑な気持ちになった。
「フフフ。おねえ様は強すぎて、警戒されていたんですよ?」
「私が?」
エイシアにはずっと、貶されて邪険にされた記憶しかないのに。
「ゴーストが違うと言っていました。よく分からないですけど、私にはいいだろうって」
「あとでもふもふしてやる……」
「えっ? 私も! 私もしたいです!」
地下牢では凛としていたのに、今はもう、普段の可愛いエラだ。
「ん~、じゃあ。一緒にエイシアのおなかをふもふしましょう」
「やったぁ! おねえ様と一緒が、一番嬉しいです」
あの威風堂々とした雰囲気はどうやって出していたのか、ただ甘えることに懸命なエラを見ていると、不思議でしょうがない。
でも……この可愛い笑顔の裏で、きっと尋常ではない努力をしたに違いない。
あれほど持て余していた力を、ああも繊細に操ってみせたのだから。
「エラがしてほしいこと、何かひとつ聞いてあげちゃおうかな~?」
「えっ? どうして? ほんとですか?」
「うん。頑張ったご褒美に」
「やった嬉しい! それじゃあ……」
――「面白い」
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
週に2~3回更新です。
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